第48話 比企能員、沈黙を破る
比企宗員が評定で自滅した翌朝。
鎌倉は、まるで嵐の後のように静かだった。
「宗員殿が……政子様に敗れたらしい」
「頼朝様の前で……完全に崩れたとか……」
「比企家は……どう動く……?」
(……空気が“次の揺れ”を待っている)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
比企能員様が……
“評定に参る”と……!」
私は静かに言った。
「ええ、来るわね」
侍女は震えた。
「政子様……
能員様は……
宗員様とは違います……
お気をつけませぬと……!」
私は微笑んだ。
「分かっているわ。
能員は“影の本体”。
宗員とは格が違う」
*
──評定の間。
御家人たちは緊張で固まっていた。
「能員殿が来る……」
「比企家の長老……」
「政子様とどうぶつかる……?」
その時──
評定の扉が静かに開いた。
比企能員が現れた。
宗員とは違う。
怒りも焦りも見せない。
ただ、静かに、重く、空気を変える。
(ああ……これが“本物の影”)
能員はゆっくりと歩み出た。
「政子殿。
昨日は……
我が甥が無礼を働いたようで」
私は静かに言った。
「ええ。
あなたの“影”としてね」
御家人たちがざわつく。
能員は微笑んだ。
「影……?
政子殿。
あなたは誤解している」
私は一歩近づいた。
「誤解しているのはあなたよ。
宗員は“あなたの命”で動いた」
能員は首を振った。
「宗員は……
私の甥である前に、
ひとりの御家人。
自分の意思で動いたのでしょう」
(ああ、この“逃げ方”。
老獪ね)
私は静かに言った。
「能員。
あなたは宗員を切り捨てるつもり?」
能員は微笑んだ。
「政子殿。
政治とは“切り捨てること”です」
評定の空気が凍りついた。
(……この男。
やっぱり“影の本体”)
能員は続けた。
「政子殿。
あなたは柱となった。
それは素晴らしい。
だが──
柱が高くなればなるほど、
影は濃くなる」
私は目を細めた。
「つまり……
あなたは“影として動く”と?」
能員は微笑んだ。
「影は光を恐れぬ。
光が強ければ強いほど、
影は形を持つ」
御家人たちが息を呑んだ。
(ああ……
この男は“正面から戦う気はない”。
影として、空気の裏側で揺らすつもり)
私は静かに言った。
「能員。
あなたは宗員とは違う。
あなたは“影の本体”。
でも──
影は光に勝てない」
能員は笑った。
「政子殿。
光が強すぎると、
人は眩んで転ぶものですよ」
(……挑発ね。
でも、乗らない)
私は背を向けた。
「能員。
あなたの影は、
ここで終わるわ」
能員は静かに言った。
「終わるかどうかは……
空気が決める」
(ああ、やっぱり“空気の戦い”を理解している)
*
──夜。政子の屋敷。
私は灯りの下で筆を取った。
(能員は宗員とは違う。
彼は“空気の裏側”を読む男)
筆が走る。
「……次は“公開戦”」
私は静かに笑った。
──悪女は、
影の本体を逃がさない。
そしてこの日、
**比企能員が沈黙を破り、
政子との“公開戦”が始まった。**




