第36話 御家人たち、“政子不在の評定”を企てる
比企能員が敗北を認めてから三日。
鎌倉は、嘘のように静かだった。
あれほど濁っていた空気は澄み、
御家人たちの声も落ち着きを取り戻している。
(……静かすぎるわね)
侍女が茶を運びながら言った。
「政子様……
鎌倉が、まるで別の町のようです……」
私は微笑んだ。
「空気が澄むと、人は優しくなるものよ」
(でも──
“澄んだ空気”は長く続かない)
*
──義時の屋敷。
義時は眉間に皺を寄せていた。
「姉上……
御家人たちが……
“政子様抜きの評定”を開こうとしております……!」
北条の家臣が続けた。
「比企家が沈黙したことで……
御家人たちが“自分たちの力を示すべきだ”と……
騒ぎ始めております……!」
義時は拳を握りしめた。
「姉上……
これは……
新たな争いの火種です……!」
(ああ、やっぱり来たわね)
*
──政子の屋敷。
義時が駆け込んできた。
「姉上……!
御家人たちが……
“政子様のいない評定”を……!」
私は静かに茶を置いた。
「ええ、知っているわ」
義時は固まった。
「ど、どうして……
そんなに落ち着いて……?」
私は微笑んだ。
「比企家が消えたら、
次は“御家人たち自身”が動くのは当然よ」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
では……どうされます……?」
私は立ち上がった。
「観察するわ」
義時は驚いた。
「か、観察……?」
「ええ。
“空気がどう動くか”を見極めるのが先よ。
動くのは、その後」
義時は震えた。
「姉上……
あなたは……
比企家の次に……
御家人たちを相手にするつもりなのですか……?」
私は微笑んだ。
「相手にするんじゃないわ。
“空気を整える”のよ」
(銀座でもよくあったわね。
“客同士が勝手に騒ぎ始める時”は、
まず観察して、空気の流れを読む)
*
──その頃、鎌倉の一角。
御家人たちが密かに集まっていた。
「比企殿が沈黙した今こそ……
我らが鎌倉を支えるべきだ」
「政子様は強すぎる……
鎌倉殿も政子様に頼りすぎている……」
「政子様抜きで評定を開き、
“我らの力”を示すべきだ!」
(ああ、始まったわね)
彼らの声は、
自信と不安が入り混じった“危うい空気”だった。
*
──夜。政子の屋敷。
私は灯りの下で静かに筆を取った。
(御家人たちは、
“自分たちの力を示したい”という欲を持っている。
でも──
その欲は、空気次第で暴走する)
筆が走る。
「……御家人たちの“利害のズレ”を見抜く」
(彼らは一枚岩じゃない。
そこが弱点)
私は静かに笑った。
──悪女は、
敵を倒すだけじゃない。
空気を“設計”する。
そしてこの日、
**政子は新たな敵──“御家人連合”の胎動を察し、
第二章の幕が静かに上がった。**
鎌倉は、
再び揺れ始める。




