第31話 比企家、“最後の策”を発動する
政子が比企能員を言葉で圧倒した翌朝。
比企能員の屋敷には、
異様な緊張が漂っていた。
能員は、昨夜の政子の言葉を思い返していた。
──「あなたが恐れているのは、私ではなく“鎌倉殿が私を選ぶこと”よ」
(……あの女……
私の心の底まで見抜いたというのか)
家臣が駆け込んできた。
「能員様……!
御家人たちの中に……
“政子様の言葉に心を動かされた”者が増えております……!」
能員は目を閉じた。
「……やはり、動いたか」
家臣は震えた声で続けた。
「このままでは……
政子殿が“鎌倉殿の唯一の味方”として……
御家人たちの心を掴んでしまいます……!」
能員はゆっくりと立ち上がった。
「ならば──
最後の策を使うしかあるまい」
家臣たちは息を呑んだ。
「最後の……策……?」
能員は静かに言った。
「“政子殿が鎌倉殿を操っている”という噂を、
“事実”にしてしまうのだ」
家臣たちは震えた。
「ど、どうやって……?」
能員は微笑んだ。
「簡単だ。
“政子殿が鎌倉殿に命じた”という形を作ればよい」
家臣たちは青ざめた。
「まさか……
鎌倉殿の名で……
偽の命を……?」
能員は頷いた。
「そうだ。
“政子殿が鎌倉殿を動かした”という証拠を作る。
御家人たちは恐れ、
鎌倉殿は疑い、
政子殿は孤立する」
(あら、そこまでやるのね)
能員は続けた。
「政子殿が“悪女”を名乗ったのなら──
その悪女像を、我らが完成させてやろう」
*
──鎌倉の町。
その日の午後、
御家人たちの間に奇妙な噂が広がり始めた。
「鎌倉殿が……
“比企家の領地を削れ”と命じたらしい……!」
「いや、それは……
政子様が命じたと……!」
「政子様が……
鎌倉殿を動かした……?」
(ああ、動いたわね。
比企家の“偽命令”)
空気が一気に濁り始めた。
*
──義時の屋敷。
義時は蒼白になっていた。
「姉上……!
比企家が……
“鎌倉殿の偽命令”を出しました……!」
北条の家臣が続けた。
「御家人たちは……
“政子様が鎌倉殿を操っている”と……
信じ始めています……!」
義時は拳を握りしめた。
「姉上……
どうか……どうか動いてください……!」
(義時、あなたは本当に真っ直ぐね)
*
──政子の屋敷。
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
比企家が……
“政子様が鎌倉殿に命じた”という噂を……
広めています……!」
私は静かに茶を置いた。
「ええ、知っているわ」
侍女は固まった。
「ど、どうして……
そんなに落ち着いて……?」
私は微笑んだ。
「比企家が“偽命令”を出したのなら──
私は“本物の命”を出させるだけよ」
侍女は息を呑んだ。
「本物の……命……?」
私は立ち上がった。
「頼朝さんを動かすわ。
“政子は悪女ではない”と、
鎌倉殿自身に言わせる」
侍女は震えた。
「政子様……
それは……
鎌倉殿の心を……
完全にこちらへ……?」
私は微笑んだ。
「ええ。
比企家が“偽の空気”を作るなら──
私は“本物の空気”で上書きする」
(銀座でもよくあったわ。
“嘘の噂”は、“本物の言葉”で消すのが一番早い)
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(比企家は最後の策を使った。
なら──
私も最後の一手を使う)
筆が走る。
「……頼朝さんを、前に出す」
私は静かに笑った。
──悪女は、
嘘に負けない。
嘘を“上書き”する。
そしてこの日、
**比企家は“偽命令”という最後の策を発動し、
政子は“鎌倉殿を動かす”という最終手段を選んだ。**
鎌倉は、
決戦の火蓋が落ちる音を聞いた。




