第3話 銀座ママ、亀の前と出会う
頼朝との対面から数日が経った。
私は、北条政子としての生活に少しずつ慣れ始めていた。
とはいえ、鎌倉の空気は銀座とはまるで違う。
銀座は、嘘と本音が入り混じる夜の街。
鎌倉は、権力と不安が渦巻く昼の街。
どちらも、人の心が揺れる場所だ。
「政子様、今日は鎌倉殿の御前に参られるとか……」
侍女の声が震えている。
私は微笑んだ。
「そんなに怖がらなくてもいいのよ」
「い、いえ……政子様が怖いのではなく……」
侍女は言い淀んだ。
「……鎌倉殿の“御寵愛の方”が、いらっしゃるとか」
ああ、そういうこと。
銀座でもよくあったわね。
“奥様”と“愛人”の関係。
私は深く息をついた。
「会えばいいじゃない。話せば、きっとわかるわ」
侍女たちは青ざめた。
「政子様……!
そんな、火に油を注ぐような……!」
(えっ、普通に話すだけなんだけど……?)
どうやらこの世界では、
**“話し合う”=“策略”**
と変換されるらしい。
*
頼朝の館に向かうと、
そこには一人の若い女性がいた。
白い肌。細い指。
どこか怯えたような、儚い雰囲気。
──亀の前。
歴史で“政子の怒りを買った女”として有名な女性。
だが、目の前の彼女は──
どう見ても、ただの優しい子だ。
「……あなたが、政子様……?」
震える声。
私は思わず、銀座ママの癖で微笑んでしまった。
「ええ。あなたが亀の前さんね」
亀の前は驚いたように目を見開いた。
「怒って……いらっしゃらないのですか……?」
「怒る? どうして?」
「わ、私が……鎌倉殿の……その……」
ああ、そういうこと。
私はそっと彼女の手を取った。
「あなたは悪くないわ」
亀の前は息を呑んだ。
「悪いのは、あなたを孤独にした世界よ」
銀座で何度も言ってきた言葉だった。
泣きそうな女性に、何度も。
亀の前の目に涙が浮かぶ。
「政子様……そんな……優しい……」
その瞬間だった。
背後で侍女たちがざわめいた。
「見ましたか……!
政子様が、亀の前を“手なずけて”おられる……!」
「なんという……恐ろしい策士……!」
(えっ!?)
私は慌てて手を離したが、もう遅かった。
侍女たちの視線は、
完全に“悪女を見る目”になっていた。
──善意が、悪意に変換される。
銀座でも誤解はあったけれど、
ここまでとは思わなかった。
私は小さく息をついた。
「……まあ、いいわ。誤解されるのは慣れてるもの」
亀の前は涙を拭いながら、
私の手をぎゅっと握った。
「政子様……ありがとうございます……」
その姿を見て、私は決めた。
**この子は、絶対に守る。**
たとえ、後世に“悪女”と呼ばれようとも。




