第26話 政子、“罠の構造”を見抜く
比企家が御家人たちを集め、
“政子は危険だ”という空気を作り始めてから二日。
鎌倉の町は、まるで霧に包まれたように視界が悪かった。
誰もが誰かを疑い、
誰もが誰かの顔色を伺っている。
(……空気が濁っている。
これは、ただの噂ではないわね)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
御家人たちが……
“政子様の屋敷に近づくな”と……
比企家に言われているようで……!」
(ああ、ついに“距離”を作り始めたのね)
私は静かに言った。
「侍女。
御家人たちの動きを、少し観察してきて」
侍女は驚いた。
「政子様……
危険では……?」
「大丈夫よ。
“悪女”はね、観察されるより観察する方が得意なの」
侍女は息を呑んだ。
*
──義時の屋敷。
義時は焦っていた。
「姉上が……孤立し始めている……!」
北条の家臣が言う。
「比企家は……
“政子様に怯える者たち”を集め……
“政子様に近づくな”と……」
義時は拳を握りしめた。
「姉上……
どうか……どうか動いてください……!」
(義時、あなたは本当に真っ直ぐね)
*
──政子の屋敷。
侍女が戻ってきた。
「政子様……
御家人たちは……
“政子様に近づくと比企家に睨まれる”と……
“政子様に逆らうと切り捨てられる”と……
両方を恐れております……!」
(両方を恐れている……
つまり──)
私は静かに笑った。
「なるほど。
比企家の罠は“二重構造”なのね」
侍女は固まった。
「に、二重……?」
私は指を二本立てた。
「一つ目は“政子を恐れさせる”こと。
二つ目は“政子に近づくことを恐れさせる”こと」
侍女は息を呑んだ。
「……!」
「この二つが揃うと、
御家人たちは“動けなくなる”。
比企家はその“動けない空気”を利用して、
鎌倉殿を孤立させるつもりよ」
侍女は震えた。
「政子様……
どうして……そこまで……?」
私は微笑んだ。
「銀座でもよくあったわ。
“恐怖”と“距離”を同時に作ると、
人は簡単に動けなくなるの」
侍女は完全に固まった。
(比企家は賢い。
でも──
私はもっと賢いわ)
*
──その日の夕方。
義時が駆け込んできた。
「姉上!
比企家が……
“政子様に近づく者は敵だ”と……
御家人たちに……!」
私は義時を見た。
「義時。
比企家の罠は“二重構造”よ」
義時は固まった。
「に、二重……?」
「ええ。
“政子を恐れさせる”
“政子に近づくことを恐れさせる”
この二つを同時に作ることで、
御家人たちを“動けない状態”にしているの」
義時は息を呑んだ。
「……姉上……
どうして……そこまで……」
私は静かに言った。
「義時。
比企家は“空気”を作っているのよ。
空気はね、
剣より強い時がある」
義時は震えた。
「姉上……
あなたは……本当に……」
「何?」
「……空気の読み方が……
化け物じみています……!」
(褒め言葉として受け取っておくわ)
*
──夜。
私は灯りの下で静かに考えていた。
(比企家は“恐怖”と“距離”で空気を作った。
なら──
私は“信頼”と“近さ”で空気を壊す)
私は筆を取った。
「……頼朝さんを動かす。
それが、比企家の罠を壊す最短の道」
筆が走る。
(頼朝さんが前に出れば、
御家人たちは動く。
空気は一瞬で変わる)
私は静かに笑った。
──悪女は、空気を読むだけじゃない。
空気を“作り替える”。
そしてこの日、
**政子は比企家の罠の“構造”を完全に見抜き、
反撃の準備を整えた。**
鎌倉の空気は、
いよいよ決戦の匂いを帯び始める。




