第24話 頼朝、政子の“悪女”に揺れる
政子の悪女文書が鎌倉を二分した翌日。
頼朝の館は、朝から重い空気に包まれていた。
御家人たちの声は小さく、
まるで“鎌倉殿の機嫌”を探っているようだった。
(……比企家の噂が効いているわね)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……
鎌倉殿がお呼びです……
“至急”とのことです……!」
(あら、珍しいわね。
頼朝さんが急ぐなんて)
*
──頼朝の館。
頼朝は、文を握りしめていた。
その手は、わずかに震えている。
「政子……
来てくれたか」
(声が硬い。迷っている顔ね)
私は静かに言った。
「どうされたの、頼朝さん」
頼朝は文を差し出した。
「これを……見た」
それは、政子が自ら書いた“悪女文書”だった。
「政子……
お前は……
なぜ……自分を悪女と名乗った」
(ああ、そこが刺さったのね)
私は微笑んだ。
「理由が必要?」
頼朝は息を呑んだ。
「……政子。
お前は……
私のために……
嫌われる道を選んだのか」
(この人、本当に真っ直ぐね)
私は首を振った。
「違うわ」
頼朝は驚いたように顔を上げた。
「……違う……?」
「私は“鎌倉のため”に悪女になったの。
あなた一人のためじゃない」
頼朝の目が揺れた。
(揺れてる。
でも、ここで甘やかすのは逆効果)
私は続けた。
「頼朝さん。
あなたは“私が悪女になった理由”を気にしているけれど──
本当に気にすべきは、
“あなたが何を選ぶか”よ」
頼朝は固まった。
「……私が……選ぶ……?」
「ええ。
比企家の噂に流されるのか。
それとも──
自分の目で見たものを信じるのか」
頼朝は息を呑んだ。
「政子……
私は……
お前を……信じたい」
(“信じる”じゃなくて“信じたい”なのね)
私は一歩近づいた。
「頼朝さん。
“信じたい”は迷いの言葉よ」
頼朝の目が揺れた。
「……政子……」
「あなたが迷うと、鎌倉が迷う。
あなたが揺れると、皆が揺れる。
だから──
私は悪女になったの」
頼朝は言葉を失った。
(ここが押しどころ)
私は静かに言った。
「頼朝さん。
あなたが決めるの。
“政子は悪女か、それとも味方か”を」
頼朝は拳を握りしめた。
「……政子……
私は……
お前を……」
言葉が喉で止まる。
(今日はそこまでね)
私は背を向けた。
「答えは急がなくていいわ。
でも──
迷っている間に、比企家は動く」
頼朝は息を呑んだ。
「政子……
お前は……
どこまで見えている……?」
私は振り返らずに言った。
「全部よ」
頼朝は完全に固まった。
(頼朝さん。
あなたが迷うなら、私が先に進むだけ)
*
──政子の屋敷。
義時が駆け込んできた。
「姉上!
鎌倉殿が……
“政子を信じたい”と……!」
(あら、言ったのね)
義時は続けた。
「姉上……
鎌倉殿は……
姉上の悪女化に……揺れております……!」
私は静かに言った。
「揺れるのは悪いことじゃないわ。
揺れた後に、何を掴むかが大事なの」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
あなたは……本当に……」
「何?」
「……鎌倉殿の“導き手”です……!」
(導き手、ね。
悪女にしては上等な肩書きだわ)
私は空を見上げた。
──頼朝さんが迷うなら、
私が先に進む。
そしてこの日、
**政子は“悪女”から“導く者”へと一歩進んだ。**
鎌倉の空気は、
さらに深く揺れ始める。




