第21話 政子、“悪女”を選ぶ
比企家の策が鎌倉殿の心を揺らし始めた翌朝。
鎌倉は、妙に静かだった。
人々は声を潜め、
まるで“誰かの決断”を待っているようだった。
(……空気が濁ってる。
このままでは、頼朝さんが飲み込まれる)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
比企家が……“鎌倉殿は政子様に依存している”と……
新しい文をばらまいております!」
(依存、ね。
言葉の選び方がいやらしいわ)
侍女は震えた声で続けた。
「御家人たちが……
“鎌倉殿は政子様なしでは判断できない”と……!」
(ああ、狙いが見えたわ)
私は静かに立ち上げた。
「……比企家は、私ではなく“頼朝さん”を孤立させたいのね」
侍女は息を呑んだ。
「政子様……どうされるのです……?」
私は微笑んだ。
「決まっているわ。
“悪女”になるのよ」
侍女は固まった。
「えっ……?」
「私が嫌われれば、頼朝さんは守られる。
それなら、喜んで嫌われるわ」
(銀座でもよくあったわね。
“守るために悪者になる”という役回り)
*
──頼朝の館。
頼朝は、広がる噂に眉をひそめていた。
「政子を信じていると言っただけで……
なぜ、私が疑われる……?」
(あなた、本当に不器用ね)
私は静かに言った。
「頼朝さん。
あなたが迷っているように見えるからよ」
頼朝は驚いたように私を見た。
「……政子。
私は……迷っているように見えるのか」
「ええ。
“誰を信じるか”を、まだ決めきれていない顔をしているわ」
頼朝は息を呑んだ。
「政子……
お前は……私の……支えだ」
(あら、今日は言い切ったのね)
私は首を振った。
「いいえ。
私は“支え”ではなく、“盾”になるわ」
頼朝は目を見開いた。
「盾……?」
「あなたが孤立しないように。
あなたが傷つかないように。
そのためなら、私は悪女と呼ばれて構わない」
頼朝は言葉を失った。
(あなたのために悪女になるのよ。
それくらい、私は覚悟している)
*
──その日の夕方。
義時が駆け込んできた。
「姉上!
比企家が……“政子様は鎌倉殿を操っている”と……
御家人たちを集めて話しているとか……!」
(操ってるなら、もっと楽よ)
義時は続けた。
「姉上……
どうか、私に止めさせてください……!」
私は首を振った。
「義時。
あなたが動くと、比企家は“北条が動いた”と騒ぐわ」
義時は固まった。
「……では、どうされるのです……?」
私は静かに言った。
「私が動くわ。
“悪女”としてね」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
あなたは……本当に……」
「何?」
「……鎌倉を守るためなら、
自分が嫌われることも厭わないのですね……」
(そうよ。
それが、私の生き方だから)
*
──夜。政子の屋敷。
私は文を広げ、筆を取った。
(比企家が“私が頼朝さんを操っている”と言うなら──
その噂を、逆に利用する)
筆が走る。
「……“政子は冷酷である”
“政子は鎌倉殿を動かす力を持つ”
“政子に逆らえば切り捨てられる”」
侍女が震えた声で言った。
「政子様……
そんな文を……本当に……?」
私は微笑んだ。
「ええ。
“悪女の噂”は、私が作るの」
侍女は息を呑んだ。
「政子様……
それでは……本当に嫌われてしまいます……!」
「構わないわ。
私が嫌われれば、頼朝さんは守られる」
(銀座でもそうだった。
“嫌われ役”が必要な時は、私が引き受けた)
私は文を折り、蝋で封をした。
「さあ、これを御家人たちに届けて」
侍女は震えた。
「政子様……
これは……何と書かれているのです……?」
私は静かに答えた。
「“政子は悪女である”とね」
侍女は完全に固まった。
(これでいいのよ。
私が悪女になれば、頼朝さんは守られる)
私は空を見上げた。
──守るために悪女になる。
それが、私の選んだ道。
そしてこの日、
**政子は自ら“悪女”を名乗った。
鎌倉の空気は、一気に動き始める。**




