第19話 政子、比企家の“次の一手”を逆手に取る
比企家が包囲網を整えてから二日後。
鎌倉の空気は、もはや“静か”ではなかった。
重い。
張りつめている。
まるで、誰かが息を潜めているような──そんな空気。
(……動くわね、比企)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
比企家が……“政子様は鎌倉殿を操っている”と……
正式な文を作り、御家人たちに配っております!」
(正式な文……本気ね)
侍女は震えた声で続けた。
「しかも……
“政子様は北条を使って比企家を排除しようとしている”と……!」
(使ってないわよ)
私は静かに息を吐いた。
*
義時が駆け込んできた。
「姉上!
比企家が……“政子様は危険”と……
鎌倉殿に直接訴えようとしています!」
(あら、ついに頼朝さんに行くのね)
義時は拳を握りしめた。
「姉上……
私が止めます。
比企家を……!」
「義時」
私は静かに言った。
「止めなくていいわ」
義時は固まった。
「……え?」
「比企家が頼朝さんに訴えるなら、
私は“頼朝さんの前で”動くべきよ」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
まさか……
比企家と鎌倉殿の前で……?」
「ええ。
“誤解を解く”のではなく──
“誤解を利用する”の」
義時は完全に固まった。
(この子、毎回驚いてる気がする)
*
その日の昼。
頼朝の館に呼ばれた。
比企能員がすでに座っていた。
その顔には、勝利を確信したような笑みが浮かんでいる。
(あら、嬉しそうね)
頼朝は険しい顔で言った。
「政子。
比企能員が……
“政子殿は鎌倉を乱している”と訴えている」
能員が口を開いた。
「鎌倉殿。
政子殿は、御家人たちを恐れさせ、
鎌倉殿の御心を乱しております。
このままでは鎌倉が危うい」
(危うくしてるのはあなたよ)
私は静かに言った。
「頼朝さん。
私は鎌倉を乱すつもりはないわ」
能員がすかさず言う。
「では、なぜ御家人たちは政子殿を恐れているのです!」
(恐れてるのはあなたの噂のせいよ)
私は能員を見た。
「比企殿。
あなたは“私が鎌倉殿を操っている”と言うけれど──」
能員の目が細くなる。
「……?」
「もし本当に操っているなら、
あなたは今ここに座っていないわ」
能員の顔が一瞬で固まった。
(あら、効いたわね)
頼朝は目を見開いた。
「……政子……」
私は続けた。
「比企殿。
あなたは“私が鎌倉殿を動かしている”と言う。
でも──
私は一度も頼朝さんに“命じた”ことはないわ」
能員は言葉を失った。
私は頼朝を見た。
「頼朝さん。
あなたは、私の言葉で動いたことがある?」
頼朝はしばらく黙っていたが、
やがて静かに首を振った。
「……ない。
私は……政子の言葉を“聞いている”だけだ」
(そう、それでいいのよ)
能員の顔色が変わった。
「鎌倉殿……!
しかし……!」
頼朝は能員を見た。
「能員。
政子は……私を操ってなどいない。
私は……政子を信じているだけだ」
能員は完全に固まった。
(あなた、頼朝さんを甘く見すぎよ)
*
その夜。
義時が駆け込んできた。
「姉上!
比企能員が……
“政子殿に敗れた”と……
屋敷で荒れております!」
(荒れてるのね)
義時は続けた。
「姉上……
今日のあれは……
“比企家の策を逆手に取った”のですか……?」
「ええ。
比企家が“私が頼朝さんを操っている”と言うなら──
“頼朝さん自身に否定してもらう”のが一番よ」
義時は息を呑んだ。
「……姉上……
あなたは……本当に……」
「何?」
「……鎌倉の“頭脳”です……!」
(また大げさね)
廊下の侍女たちは震え上がった。
「聞いた!?
政子様が比企家を“言葉だけで”退けた……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(もう好きに言って……)
私は空を見上げた。
──比企家が動くなら、
私は“その動きを利用する”。
それが、
銀座で学んだ“勝ち方”。
そしてこの日、
**政子は初めて“比企家の策を逆手に取った”。
鎌倉の盤面は、静かに政子の側へ傾き始めた。**




