第17話 比企家、“政子包囲網”を密かに整える**
政子が比企能員に“線を引いた”翌日。
鎌倉の空気は、昨日よりさらに重くなっていた。
だが、その重さの中心にいるのは──政子ではなかった。
*
──比企能員・屋敷。
能員は、静かに文を広げていた。
「……政子殿は侮れぬ」
昨日の政子の言葉が、まだ耳に残っている。
(あれは……怒りではない。
“覚悟”を持つ者の声だ)
能員は深く息を吐いた。
「……ならば、こちらも覚悟を決めねばなるまい」
比企家の家臣たちが集まる。
「能員様、どう動かれますか」
能員は文を机に置いた。
「政子殿は、正面からは崩れぬ。
ならば──
“周囲”から固める」
家臣たちが息を呑む。
「まずは……御家人たちの“恐れ”を利用する」
能員は淡々と指示を出した。
「“政子殿は筋を通す方だ”
“怒らせれば切り捨てられる”
“鎌倉殿でさえ気を遣っている”」
家臣が問う。
「……それは事実なので?」
能員は笑った。
「事実かどうかは関係ない。
“皆がそう思うこと”が大事なのだ」
(ああ、この人……銀座にもいたわね)
*
──その頃、鎌倉の町。
御家人たちがひそひそと話していた。
「政子様……昨日、比企能員を黙らせたらしいぞ」
「鎌倉殿も政子様の前では慎重だとか……」
「怒らせたら終わりだ……!」
(怒ってないわよ)
噂は、能員が意図した通りに広がっていく。
*
──義時の屋敷。
義時は、広がる噂を聞きながら、
胸の奥に小さな不安を覚えていた。
「……姉上は、何もしていないのに……
どうして、こんな……」
(義時、あなたは優しい子ね)
そこへ、北条の家臣が駆け込んできた。
「義時様!
比企家が御家人たちに“政子様は危険”と……!」
義時は拳を握りしめた。
「……比企家……!」
だが、義時は気づいていなかった。
比企家の狙いは、
政子ではなく──
**“鎌倉殿の心を揺らすこと”**
だということに。
*
──頼朝の館。
頼朝は、広がる噂に眉をひそめていた。
「政子が……恐れられている……?」
(恐れられてるのは、あなたのせいよ)
頼朝は深く息を吐いた。
「政子は……そんな女ではない。
だが……皆がそう思えば……
政子が孤立する……」
(そうね。あなたが動かない限りは)
頼朝は立ち上がった。
「政子に……会わねば」
*
──そして、政子の屋敷。
私は静かに茶を淹れていた。
(……空気が変わったわね)
侍女が慌てて駆け込んできた。
「政子様!
比企家が……政子様を……!」
「知っているわ」
侍女は固まった。
「ど、どうして……?」
私は静かに言った。
「比企能員の目を見ればわかるわ。
あの人は“正面からは来ない”」
侍女は震えた。
「政子様……
では、どうされるのです……?」
私は茶を置き、
ゆっくりと立ち上がった。
「簡単よ」
「……?」
「“動かない”こと」
侍女は目を丸くした。
「ど、動かない……?」
「ええ。
比企家は、私が動くのを待っている。
だから──
動かないのが一番効くわ」
(銀座でもよくあったわね。
“相手が仕掛けてくる時ほど、動かない”のが正解)
その瞬間、
廊下の侍女たちがざわめいた。
「見た!?
政子様……“動かない”と……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(いや、ただお茶飲んでただけよ)
私は空を見上げた。
──比企家が動くなら、
私は動かない。
それが、
“相手の策を崩す一番の方法”だと知っているから。
そしてこの日、
**比企家の包囲網は完成した。
だが、政子は一歩も動かなかった。**
その静けさこそが、
比企能員にとって最大の誤算となる。




