第14話 鎌倉殿、思わず“本音”をこぼす
比企能員が去った翌日。
鎌倉の空気は、どこか落ち着かない。
風向きが変わったような、そんな気配があった。
「政子様……鎌倉殿が、朝から落ち着かないご様子で……」
侍女が怯えた声で告げる。
(また何かあったのね)
私は静かに頷いた。
*
頼朝は、庭を歩きながら何度もため息をついていた。
「政子」
呼ばれて近づくと、頼朝は妙に真剣な顔をしていた。
「昨日の比企能員のことだが……
お前に、嫌な思いをさせたのではないか」
(あら、気にしてたのね)
「大丈夫よ。
あの方は、鎌倉を支えてきた人。
誇りがあるのは当然だわ」
頼朝は驚いたように目を見開いた。
「……政子。
お前は……本当に、強いな」
(強いというより、慣れてるだけよ)
頼朝はしばらく黙っていたが、
やがて、ぽつりと呟いた。
「……私は、お前がいてくれて……助かっている」
(あら、珍しく素直)
私は静かに言った。
「頼朝さん。
私は、あなたの力になりたいだけよ」
頼朝は完全に固まった。
「……政子。
お前は……私の……」
(ん?)
頼朝は言いかけて、慌てて口を閉じた。
「……いや、何でもない」
(何でもなくはないわね)
その瞬間、廊下の侍女たちがざわめいた。
「聞いた!?
鎌倉殿が政子様に“助かっている”と……!」
「やはり……政子様は恐ろしい……!」
(いや、普通の会話よ)
*
その日の昼。
義時が、妙に落ち着かない様子でやってきた。
「姉上……鎌倉殿が……
“政子の意見を聞け”と……
御家人たちに言い回っておられます……!」
(あら、また余計なことを)
義時は続けた。
「そのせいで……
御家人たちが皆、姉上を避けております……!」
(避けられる理由がまた増えたわね)
義時は深刻な顔で言った。
「姉上……
鎌倉殿は……
姉上を“特別に扱っている”ように見えます」
(まあ、そうでしょうね)
私は静かに言った。
「義時。
頼朝さんは、ただ……
誰かに頼りたいだけよ」
義時は息を呑んだ。
「……姉上……
あなたは……どうしてそこまで……」
「顔を見ればわかるわ」
義時はまた固まった。
(この子、毎回驚いてる気がする)
*
夕方。
頼朝が、妙に落ち着かない様子で部屋に入ってきた。
「政子。
その……今日は……
一緒に夕餉をどうかと思ってな」
(あら、珍しい)
「ええ、構いませんよ」
頼朝は一瞬で顔を赤くした。
「……っ……!」
(かわいいところあるじゃない)
その瞬間、廊下の侍女たちが震え上がった。
「見た!?
政子様が鎌倉殿を“誘いに乗せた”……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(いや、誘われたのは私よ)
頼朝は、侍女たちのざわめきに気づき、
少しだけ眉をひそめた。
「政子……
お前は……どうしてそんなに落ち着いていられる」
私は静かに答えた。
「あなたが、落ち着いてほしいと思っているからよ」
頼朝は息を呑んだ。
「……政子。
お前は……私の……」
また言いかけて、口を閉じた。
(またそれ)
私は微笑んだ。
「続きは、いつでも聞くわ」
頼朝は完全に固まった。
廊下の侍女たちは震え上がった。
「聞いた!?
政子様が鎌倉殿の“本音”を引き出そうとしている……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(もう好きに言って……)
私は空を見上げた。
──誤解されても、恐れられても、
私は今日も誰かの心を整える。
それが、私の生き方だから。
そしてこの日、
**頼朝の“本音”が初めて漏れた。
鎌倉の空気が、静かに変わり始めていた。**




