第12話 大姫、閉ざされた心に触れる
大姫は、庭の隅で一人座っていた。
冬の陽が差しているのに、
その小さな背中は、どこか影を落としている。
(……この子、ずっとこうなのね)
侍女たちは遠巻きに見守るだけで、
誰も近づこうとしない。
「政子様……大姫様は、誰とも話されません。
鎌倉殿でさえ……」
(頼朝さんでも、ね)
私はゆっくりと大姫のそばに歩み寄った。
「大姫」
呼びかけると、
彼女はびくりと肩を震わせた。
「……お母さま……?」
その声は、
まるで壊れそうな硝子のように細かった。
私は隣に座り、
少しだけ距離を空けた。
(いきなり近づくと、余計に閉じてしまう)
沈黙が流れる。
でも、逃げようとはしない。
それだけで十分だった。
「寒くない?」
「……平気です」
(平気じゃない声ね)
私は空を見上げた。
「冬の空って、寂しいわよね」
大姫の指が、かすかに動いた。
「……寂しい、です」
(やっと出たわね)
私は優しく言った。
「寂しいって言えるの、偉いわ」
大姫は驚いたように顔を上げた。
「……怒らないの?」
「どうして怒るの?」
「だって……
寂しいって言うと……
みんな困った顔をするから……」
(ああ、この子……
“気を遣わせたくない”って思ってるのね)
私はそっと、大姫の手に触れた。
「困った顔をするのはね、
あなたが大切だからよ」
大姫の目に涙が浮かんだ。
「……大切……?」
「ええ。
あなたが泣いたら、私も悲しいもの」
その瞬間、大姫は堰を切ったように泣き出した。
「お母さま……っ……!」
私は抱きしめた。
細い肩が震えている。
(大丈夫よ。
泣いていいのよ)
しばらくして、
大姫は涙を拭いながら言った。
「……お母さまは、怖くないの?」
「怖い?」
「だって……
みんな……
“政子様は恐ろしい”って……」
(またそれ……)
私は苦笑した。
「怖いのはね、
あなたが一人で泣いていることよ」
大姫は目を丸くした。
「……お母さま……」
その瞬間、
廊下の侍女たちが震え上がった。
「見た!?
政子様が大姫様を泣かせて……
そして懐かせておられる……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(いや、泣かせたのは感情の解放よ)
私はため息をついた。
*
その日の夕方。
頼朝が慌てて駆け込んできた。
「政子! 大姫が……
お前のところに行ったと聞いた!」
「ええ。泣いて、すっきりしたみたいよ」
頼朝は驚いたように固まった。
「……泣いたのか?
私の前では……
泣こうとしなかったのに……」
(あなたの前だと、気を遣うのよ)
私は静かに言った。
「大姫は、あなたが大好きよ。
だからこそ、弱いところを見せられないの」
頼朝は息を呑んだ。
「……政子。
お前は……どうして……
そんなふうに……」
「顔を見ればわかるわ」
頼朝は完全に固まった。
(また驚いてる)
廊下の侍女たちは震え上がった。
「聞いた!?
政子様、大姫様の心まで……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(もう好きに言って……)
私は空を見上げた。
──誤解されても、恐れられても、
私は今日も誰かの心を整える。
それが、私の生き方だから。
そしてこの日、
**大姫は初めて“母に甘える”ことを覚えた。
政子は、鎌倉で初めて“母”として認められた。**




