第118話 火の前に立つ者
三浦家の門前で、
和田の若者たちが怒号を上げた夜。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“炎の気配”は、
今日は“火事場の匂い”へと形を変えていた。
「三浦殿が怒鳴ったらしい」
「和田の若者たちは引かぬと聞く」
「これは……戦の前触れでは……?」
(鎌倉は今、
“誰が火を止めるか”を見ている)
*
──三浦家の門前。
和田の若者たちが叫んでいた。
「三浦を出せ!!」
「北条を討つべし!!」
「院宣が出たのだ!!」
その前に、
義村が立ちはだかった。
刀を抜いたまま、
静かに、しかし確かに怒りを宿して。
「……三浦を……
勝手に名乗るな」
若者たちがざわつく。
「殿……?」
「三浦殿が……出てきた……?」
義村は一歩、前へ出た。
「お前たちの暴れは……
誰のためだ?」
若者たちが口ごもる。
「京のためか?」
「和田のためか?」
「それとも……
“誰かに焚きつけられた”だけか?」
若者たちの顔が揺れた。
(義村……
あなたは今、
“怒り”でなく“見抜き”で立っている)
一人の若者が叫んだ。
「三浦殿!
京の密使が……
“北条を討てば恩賞を与える”と……!」
空気が凍った。
義村の目が細くなる。
「……京の密使……?」
若者は震えながら続けた。
「三浦殿が動けば……
鎌倉は割れる……
そう言われました……!」
義村の胸に、
冷たいものが落ちた。
(やはり……
京は……
私を“駒”として使うつもりか)
義村は刀を下ろし、
静かに言った。
「帰れ」
若者たちが息を呑む。
「三浦は……
京の駒にはならぬ」
その声は、
夜の空気を震わせた。
*
──政所。
政子は報せを聞き、
深く息を吐いた。
(やっぱり……
京の影が動いている)
銀座の店で、
外商が裏で客を焚きつけ、
店を揺らそうとする時の、
あの独特の“匂い”。
「義時。
これは……
“仕掛けられた火事”よ」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
では……
和田の若者たちは……?」
政子は静かに言った。
「彼らは……
“火をつけられた側”よ。
問題は──
誰が火をつけたか」
義時の顔が険しくなる。
(京……
お前たちか)
政子は続けた。
「義時。
この火事は……
まだ序の口よ。
でも──
ここで三浦を失えば、
鎌倉は本当に燃え尽きる」
義時は深く頷いた。
「三浦殿を……
守らねばならぬ」
政子は灯火を見つめながら呟いた。
「……銀座の修羅場より、
ずっと厄介ね」
*
──三浦義村の屋敷。
義村は刀を置き、
静かに座り込んだ。
胤義がそっと寄り添う。
「兄上……
よく……
怒りを抑えましたね」
義村は小さく笑った。
「抑えたのではない……
見えたのだ」
胤義が息を呑む。
「見えた……?」
義村は静かに言った。
「京の影が……
鎌倉を割ろうとしている。
そして……
私を使おうとしている」
胤義は拳を握った。
「兄上……
どうされますか……?」
義村は目を閉じた。
「……まだ決められぬ。
だが──
京の駒にはならぬ」
その言葉は、
三浦家の空気を変えた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




