第117話 義村、怒りの声
和田の若者たちが北条家の門前で暴れた翌朝。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“火種の匂い”は、
今日は“炎の気配”へと形を変えていた。
「和田の若者たちが……三浦の名を叫んだらしい」
「三浦殿は本当に関わっていないのか」
「北条殿は……どう動くのだ」
(鎌倉は今、
“誰が火をつけたのか”を探している)
政子は政所の縁側で、
静かに空気を吸い込んだ。
──この匂い、知っている。
銀座の店で、
スタッフ同士の不満が爆発する直前の、
あの独特の湿った空気。
「……嫌な方向に転がってるわね」
義時が振り返る。
「姉上?」
政子は低く言った。
「このままでは、
三浦と和田が“本当に”ぶつかるわ」
義時の顔が険しくなる。
(政子殿……
何を感じているのです……?)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
昨夜の乱闘の報せを聞いたまま、
まだ立ち尽くしていた。
そこへ、
若い家臣たちが怒鳴り込んできた。
「殿!
和田の若者たちが、
三浦の名を騙って暴れました!」
「これは……
我らを陥れる罠です!」
「殿が沈黙しているから、
三浦が利用されるのです!」
義村の胸に、
何かが突き刺さった。
(また……
私の沈黙が……
鎌倉を揺らしているのか……?)
家臣たちは止まらない。
「殿!
北条につくと宣言すべきです!」
「いや、京につくべきです!」
「殿が決めねば、三浦家は滅びます!」
義村の手が震えた。
(私は……
何を選べば……
誰を守れば……
正しいのだ……?)
その瞬間──
胤義が怒鳴った。
「黙れ!!」
家臣たちが息を呑む。
胤義は兄の前に立ち、
家臣たちを睨みつけた。
「兄上を追い詰めるな!
兄上は……
誰よりも三浦を思っている!」
家臣たちがざわつく。
「だが……」
「殿が決めねば……」
胤義は叫んだ。
「兄上は……
“揺れている”のだ!
それを支えるのが我らの役目だろう!」
義村の胸が熱くなった。
(胤義……
お前は……
私を……
まだ信じてくれるのか……)
だが──
その時だった。
外から怒号が響いた。
「三浦を出せ!!」
「裏切り者を討て!!」
義村の顔が青ざめた。
「……誰だ……?」
家臣が駆け込む。
「殿!
和田の若者たちが……
三浦家の門前に押し寄せています!」
空気が凍った。
義村の胸に、
初めて“怒り”が湧いた。
「……ふざけるな……」
家臣たちが息を呑む。
義村は立ち上がった。
「三浦を……
私を……
勝手に利用するな!!」
その声は、
これまでで最も強かった。
(義村……
あなたは今、
初めて“怒り”で立ち上がった)
*
──政所。
政子は報せを聞き、
静かに目を閉じた。
(来た……
義村が“怒った”)
銀座の店で、
普段は穏やかな常連が、
理不尽な誤解で怒りを爆発させる瞬間。
その怒りは、
時に“状況を動かす力”になる。
「義時。
三浦義村が……
ようやく立ち上がったわ」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
では……
鎌倉は……?」
政子は静かに言った。
「まだ燃え尽きてはいない。
でも──
ここからが本当の火事よ」
義時の顔が険しくなる。
(政子殿……
あなたは……
何を見ているのです……?)
政子は灯火を見つめながら呟いた。
「……銀座の修羅場より、
ずっと厄介ね」
*
──夜。
三浦家の門前で、
怒号と火の粉が舞っていた。
義村は刀を抜き、
和田の若者たちの前に立った。
「三浦を……
勝手に名乗るな!!」
その声は、
鎌倉の夜を震わせた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




