第111話 義村、沈黙の代償
政所の外で民衆が怒号を上げた翌朝。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“敵意”は、
今日は“静かな恐怖”へと形を変えていた。
「三浦殿は……沈黙したままか」
「胤義殿は潔白とされたが……」
「沈黙こそ、最も不気味だ……」
(鎌倉は今、
“三浦が何を考えているか分からない”ことを恐れている)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、これまでで最も険しい。
「姉上……
三浦殿が……
“屋敷に籠もったまま”だと」
私は息を吸った。
(来た……
義村が“沈黙”を選んだ段階)
「義時。
沈黙は、時に“裏切り”より重いのよ」
義時は拳を握った。
「姉上……
義村殿は……
壊れてしまうのでは……」
「壊れる前に、
あなたが行きなさい」
義時は頷いた。
(義時……
あなたは今、
“友を救う”のではなく、
“鎌倉を守るために友を抱きとめる”段階に入った)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
暗い部屋の中で膝を抱えていた。
外の怒号は消えた。
だが──
その静けさが、
義村をさらに追い詰めていた。
「……皆……
私を……
見放したのか……?」
そこへ、
弟の胤義が駆け込んできた。
「兄上!」
義村は顔を上げた。
「胤義……
私は……
鎌倉に……
必要とされているのか……?」
胤義は首を振った。
「兄上。
鎌倉が兄上を疑っているのではありません。
“京が鎌倉を揺らしている”のです!」
義村の目が揺れた。
「だが……
民は……
私を裏切り者と呼ぶ……
御家人たちも……
私を疑う……
私は……
何を信じれば……
よい……?」
胤義は義村の手を握った。
「兄上。
信じるものは一つでいい。
“兄上は鎌倉を裏切らぬ”という事実です」
義村の目に涙が浮かんだ。
(義村……
あなたは今、
“沈黙の代償”を背負っている)
そこへ──
義時が現れた。
「義村殿!」
義村は振り返った。
「義時殿……
私は……
どうすれば……
鎌倉を……
守れる……?」
義時は静かに言った。
「義村殿。
あなたが立ち続けること。
それだけで……
鎌倉は守られます」
義村は息を呑んだ。
「だが……
私は……
もう……
立てぬかもしれぬ……」
義時は義村の肩を掴んだ。
「立てます。
私が……
あなたを支えます」
義村の目に、
はっきりと涙が流れた。
(義村……
あなたは今、
“壊れる寸前”で踏みとどまっている)
*
──その頃、京。
後鳥羽院は報告を聞き、
静かに笑った。
「三浦義村は……
沈黙したか」
侍従が言った。
「しかし……
義時殿と政子様が支えております」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「ならば──
“支えを折る”」
行成は息を呑んだ。
(政子殿……
京は本気で“鎌倉の柱”を折りに来る)
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
義村は、
沈黙の中で揺れている。
筆を取る。
「……義村。
あなたの沈黙は、
鎌倉を揺らし、
京を喜ばせている。
だが──
あなたが立ち続ける限り、
鎌倉はまだ壊れない」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




