第110話 胤義、政所へ──裂ける三浦の絆
胤義が政所へ出頭することを決めた翌朝。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“ざわめき”は、
今日は“緊張”へと形を変えていた。
「胤義殿が政所へ向かわれるらしい」
「三浦殿は……どうするのだ」
「これは……鎌倉の分岐点では……?」
(鎌倉は今、
“誰がどちら側か”を見極めようとしている)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、決意と不安が入り混じっていた。
「姉上……
胤義殿が……
政所へ向かわれました」
私は静かに頷いた。
「義時。
ここからが本番よ」
義時は息を呑んだ。
「本番……?」
「ええ。
“出頭”は、
京にとっても、鎌倉にとっても、
“揺らすための舞台”なの」
義時の表情が強張った。
(義時……
あなたはまだ“公開の場での揺さぶり”の恐ろしさを知らない)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
胤義の背中を見送っていた。
「胤義……
すまぬ……
すまぬ……」
胤義は振り返り、微笑んだ。
「兄上。
私は兄上を信じております。
それだけで十分です」
義村の目が揺れた。
「胤義……
私は……
お前を守れぬかもしれぬ……」
胤義は首を振った。
「兄上。
守る必要などありません。
私は……
兄上の“誇り”でありたいのです」
義村は息を呑んだ。
(胤義……
お前は……
私より強い)
そこへ、
家臣が駆け込んできた。
「殿……!
鎌倉の町で……
“三浦は裏切り者だ”という声が……
さらに増えております!」
義村の顔が歪んだ。
「……なぜだ……
なぜ……
こうも簡単に……
人は疑う……!」
家臣は震える声で言った。
「殿。
“密書”が……
また見つかったと……」
義村の心が、
音を立てて崩れた。
(密書……
またか……
今度は……
誰を狙う……?)
*
──政所。
胤義が政所に入ると、
御家人たちの視線が一斉に向けられた。
「胤義殿……」
「本当に……京と通じていないのか……?」
「三浦家は……鎌倉につくのか……?」
胤義は一歩前に出た。
「皆。
私は裏切っておりません。
京とも通じておりません。
密書は……
“偽り”です」
御家人たちがざわつく。
義時が前に出た。
「皆。
胤義殿の言葉を信じてほしい。
京は鎌倉を割るために動いている。
和田の次は三浦。
そして今度は……
“三浦の弟”だ」
空気が変わった。
しかし──
その時だった。
政所の外から、
怒号が響いた。
「三浦を出せ!」
「裏切り者を裁け!」
「鎌倉を乱すな!」
御家人たちが顔を見合わせた。
「町の者たちが……?」
「なぜ政所に……?」
「これは……ただ事ではない……!」
義時が外を見て、
顔を青ざめさせた。
「姉上……
これは……
“京の仕掛け”です……!」
私は静かに言った。
「ええ。
京は……
“民の声”を使ってきたのよ」
(政子……
あなたは今、
“鎌倉の民意”という新たな敵と向き合う)
*
──政所の外。
黒衣の密使が、
群衆の中に紛れていた。
「三浦を疑え。
鎌倉を守れ。
裏切り者を許すな」
密使は囁き続けた。
「声は……
刃より鋭い」
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
胤義は政所へ出頭した。
だが──
京は“民の声”を使って鎌倉を揺らし始めた。
筆を取る。
「……鎌倉。
あなたは今、
“内側から崩れる音”を立てている」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




