第109話 義村、二つの忠義の狭間で
胤義が“京と通じている”という噂が広まって二日目。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“静けさ”は、
今日は“ざわめき”へと形を変えていた。
「今度は胤義殿が疑われているらしい」
「三浦家は……どうなっているのだ」
「義村殿は……どう動くのか」
(鎌倉は今、
“三浦家そのもの”を疑い始めている)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、これまでで最も険しい。
「姉上……
三浦殿が……
“政所に来られぬ”と……」
私は息を吸った。
(来た……
義村が“決断を迫られる段階”)
「義時。
義村は今、
“弟を守るか、鎌倉を守るか”
その二つの間で揺れているのよ」
義時は拳を握った。
「姉上……
義村殿は……
どちらを選ぶのでしょう」
「それは……
義村自身が決めるしかない」
義時は息を呑んだ。
(義時……
あなたはまだ“忠義の重さ”を知らない)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
胤義と向き合っていた。
「胤義……
お前は……
本当に京と通じていないのだな」
胤義は叫んだ。
「兄上!
私は裏切っておりません!」
義村の目が揺れた。
「だが……
密書は……
お前の筆跡に似ていたと……」
胤義は拳を握った。
「兄上。
筆跡など、いくらでも真似できます!
兄上が疑うなら……
私は……
どうすれば……!」
義村は震える声で言った。
「私は……
お前を疑いたくない……
だが……
鎌倉は……
お前を疑っている……」
胤義は息を呑んだ。
(義村……
あなたは今、
“弟”と“鎌倉”の間で裂かれている)
そこへ、
家臣が駆け込んできた。
「殿……!
政所から使者が……!」
義村は顔を上げた。
「何だ」
家臣は震える声で言った。
「“胤義殿を政所へ出頭させよ”
とのことです……!」
義村の心が、
音を立てて揺れた。
「……胤義を……
政所へ……?」
胤義は顔を青ざめさせた。
「兄上……
私は……
どうすれば……」
義村は言葉を失った。
(義村……
あなたは今、
“選ばされる側”に追い込まれている)
*
──政所。
御家人たちがざわついていた。
「胤義殿を呼び出すべきだ」
「いや、三浦殿を刺激するのは危険だ」
「だが……
このままでは鎌倉が揺れる……!」
義時が前に出た。
「皆。
胤義殿は裏切っていない。
だが……
“疑いを晴らす場”は必要だ」
御家人たちが頷いた。
私は前に出た。
「皆。
京は“鎌倉を割るために”動いている。
和田の次は三浦。
そして今度は……
“三浦の中の三浦”よ」
空気が止まった。
義時は続けた。
「三浦殿が来られぬなら、
私が三浦殿のもとへ行きます」
御家人たちが息を呑んだ。
(義時……
あなたは今、
“鎌倉の柱”として動き始めた)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
胤義の肩に手を置いた。
「胤義……
政所へ行け」
胤義は目を見開いた。
「兄上……!」
義村は震える声で言った。
「お前が行かねば……
三浦家が……
鎌倉の敵になる……」
胤義は拳を握った。
「兄上……
私は……
兄上のためなら……
どこへでも行きます」
義村の目に涙が浮かんだ。
(義村……
あなたは今、
“弟を信じる”という決断をした)
しかし──
その場にいた誰も気づいていなかった。
屋敷の外で、
密使が静かに呟いたことに。
「弟を差し出すか……
ならば──
“兄を壊す”」
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
義村は、
胤義を政所へ送る決断をした。
筆を取る。
「……義村。
あなたの忠義は、
今、最も痛ましい形を取ろうとしている」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




