第108話 京の刃、義村の胸に届く
義村が政所に姿を見せ、
義時と胤義に支えられて立ち直りかけた翌朝。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“重さ”は、
今日は“静けさ”へと形を変えていた。
だがその静けさは、
“嵐の前の静けさ”だった。
「三浦殿は……落ち着かれたらしい」
「義時殿が支えたと聞いた」
「ならば……鎌倉はまだ大丈夫だ」
(鎌倉は……
“戻った”と信じたいのだ)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔には、わずかな安堵があった。
「姉上。
三浦殿は……
昨日よりも落ち着いておられました」
私は頷いた。
「義村は……
“支えられれば立てる男”よ」
義時は少し笑った。
「ええ。
胤義殿も、よく支えておられます」
(義時……
あなたはまだ知らない。
京は“支え”そのものを狙ってくる)
*
──その頃、鎌倉の外れ。
黒衣の密使が、
新たな文を手にしていた。
「……三浦はまだ折れぬか。
ならば──
“折れる理由”を与えるまで」
男は文を開いた。
そこには、
三浦義村の弟・胤義の名があった。
「胤義を……
“裏切り者”に仕立てる」
密使は微笑んだ。
「義村は……
“自分のためには揺れぬが、
弟のためには揺れる男”」
(京は……
本気で義村を折りに来た)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
久しぶりに落ち着いた表情をしていた。
「胤義……
昨日は……
すまなかった」
胤義は笑った。
「兄上。
私は兄上を信じております。
それだけで十分です」
義村は目を細めた。
(胤義……
お前がいてくれるから……
私は立てる)
そこへ、
家臣が駆け込んできた。
「殿……!
大変です……!」
義村は顔を上げた。
「どうした」
家臣は震える声で言った。
「胤義殿が……
“京と通じている”という噂が……
鎌倉中に広まっております!」
義村の顔が凍りついた。
「……何だと……?」
胤義は目を見開いた。
「兄上……
私は……
そんなことは……!」
家臣が続けた。
「しかも……
“胤義殿の筆跡に似た密書”が……
町で見つかったと……!」
義村の心が、
音を立てて揺れた。
(密書……
またか……
今度は……
胤義……?)
義村は震える声で言った。
「胤義……
これは……
本当なのか……?」
胤義は叫んだ。
「兄上!
私は裏切っておりません!」
義村の目が揺れた。
(義村……
あなたの弱点は“自分”ではなく“弟”)
*
──政所。
御家人たちがざわついていた。
「今度は……胤義殿が……?」
「三浦家は……どうなっているのだ……」
「義村殿は……どう動く……?」
義時が前に出た。
「皆。
これは“京の罠”だ。
胤義殿が裏切るはずがない!」
しかし──
一人の御家人が言った。
「だが……
密書は“胤義殿の筆跡に似ていた”と……」
空気が揺れた。
私は前に出た。
「皆。
京は“鎌倉を割るために”動いている。
和田の次は三浦。
そして今度は……
“三浦の中の三浦”よ」
御家人たちが息を呑んだ。
義時は拳を握った。
「三浦殿のもとへ行きます。
義村殿を……
これ以上揺らさせぬために」
私は頷いた。
(義時……
あなたは今、
“鎌倉の柱”として動き始めた)
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
京は、
義村ではなく、
胤義を狙った。
筆を取る。
「……義村。
あなたの心は、
今、最も折れやすい場所にある」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




