第107話 義村、心の縁に立つ
三浦家の家臣同士の争いが起きた翌朝。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“乱れ”は、
今日は“重さ”へと形を変えていた。
「三浦殿は……本当に大丈夫なのか」
「義時殿が止めたらしいが……」
「京の影が……まだ鎌倉にいるのでは……?」
(鎌倉は今、
“見えない敵”に怯え始めている)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、これまでで最も沈んでいた。
「姉上……
三浦殿が……
屋敷に籠もったまま出てこないそうです」
私は息を吸った。
(来た……
義村の“心”が揺れ始めた)
「義時。
義村は今、
“自分を疑い始めている”のよ」
義時は目を見開いた。
「自分を……?」
「ええ。
“自分が鎌倉を乱しているのではないか”と」
義時は拳を握った。
「姉上……
義村殿は……
壊れてしまうのでしょうか」
「壊れる前に、
あなたが行きなさい」
義時は息を呑んだ。
(義時……
あなたは今、
“友を救う”のではなく、
“鎌倉を救うために友を支える”段階に入った)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
暗い部屋の中で膝を抱えていた。
「……私が……
鎌倉を乱したのか……」
家臣たちの疑い。
町の争い。
偽の密書。
(私は……
何をしている……?
私は……
鎌倉のために……
何を……)
そこへ、
弟の胤義が駆け込んできた。
「兄上!」
義村は顔を上げた。
「胤義……
私は……
鎌倉を乱したのか……?」
胤義は首を振った。
「兄上のせいではありません!
京の罠です!」
義村は震える声で言った。
「だが……
私が沈黙したから……
疑いが生まれた……
私が……
弱かったから……」
胤義は義村の肩を掴んだ。
「兄上。
弱さは罪ではありません。
罪なのは……
“弱さを利用する者”です!」
義村は息を呑んだ。
(胤義……
お前だけが……
私を“人”として見ている)
そこへ──
義時が現れた。
「義村殿!」
義村は驚いた。
「義時殿……
私は……
鎌倉を乱したのか……?」
義時は首を振った。
「違います。
乱したのは……
“京の影”です」
義村の目が揺れた。
義時は続けた。
「義村殿。
あなたは鎌倉を裏切っていない。
ただ……
“揺れている”だけだ」
義村は震える声で言った。
「揺れる者は……
鎌倉の柱にはなれぬ……」
義時は静かに言った。
「揺れる者こそ、
柱になれるのです」
義村は息を呑んだ。
「義時殿……
私は……
まだ……
鎌倉のために立てるのか……?」
義時は頷いた。
「立てます。
私が……
あなたを支えます」
義村の目に、
初めて涙が浮かんだ。
(義村……
あなたは今、
“壊れる”のではなく、
“立ち直る”道を選ぼうとしている)
*
──その頃、京。
後鳥羽院は報告を聞き、
静かに笑った。
「三浦が……
まだ折れぬか」
侍従が言った。
「鎌倉は政子様と義時殿が
三浦殿を支えております」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「ならば──
“支えを奪う”」
行成は息を呑んだ。
(政子殿……
京は本気で“鎌倉の柱”を折りに来る)
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
三浦義村は、
壊れかけていた。
だが──
義時と胤義が支えた。
筆を取る。
「……義村。
あなたが立ち続ける限り、
鎌倉はまだ壊れない」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




