第105話 揺れる三浦、裂ける家中
偽の密書が政所に持ち込まれた翌朝。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“疑い”は、
今日は“分裂”へと形を変えていた。
「三浦殿の筆跡に似ていたらしい」
「いや、政子様は偽書だと言っていた」
「だが……似ているのは事実だろう」
(鎌倉は今、
“真実”ではなく“印象”で動き始めている)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、昨夜よりもさらに険しい。
「姉上……
三浦家の家臣たちが……
“義村殿を疑い始めている”との報せが……」
私は息を吸った。
(来た……
京の狙い通り)
「義時。
三浦の揺れは、
“鎌倉の揺れ”ではなく、
“家中の揺れ”に変わったのよ」
義時は拳を握った。
「姉上……
三浦殿は……
大丈夫でしょうか」
「義村は強い。
でも──
“孤独”には弱い」
義時は息を呑んだ。
(義時……
あなたはまだ“家中の崩れ”の恐ろしさを知らない)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
家臣たちの視線に囲まれていた。
「殿……
昨日の密書は……
本当に偽のものなのですか」
「殿は……
京と通じておられぬのですか」
「殿が沈黙していたのは……
何か理由が……?」
義村の顔が歪んだ。
「黙れ……
私は裏切っていない!」
しかし──
家臣たちは止まらなかった。
「殿。
筆跡が似ていたのは事実にございます」
「鎌倉の者たちも疑っております」
「このままでは……
三浦家が危ういのです!」
義村は拳を震わせた。
「……お前たちまで……
私を疑うのか……?」
家臣の一人が言った。
「殿。
“沈黙”は……
家中を揺らします」
義村は言葉を失った。
(義村……
あなたは今、
“外”ではなく“内”から揺らされている)
そこへ──
弟の胤義が現れた。
「兄上!」
義村は振り返った。
「胤義……
お前まで……
私を疑うのか」
胤義は首を振った。
「兄上を疑う者など、
三浦には一人もおりません!」
家臣たちがざわついた。
「胤義殿……
しかし……」
「密書の件は……」
胤義は一喝した。
「黙れ!」
空気が止まった。
「兄上は裏切らぬ。
それを疑う者は……
三浦の名を汚す者だ!」
義村の目が揺れた。
(胤義……
お前だけが……
私を“信じている”のか)
胤義は続けた。
「兄上。
政所へ行きましょう。
“沈黙”が兄上を傷つけているのです」
義村はゆっくりと頷いた。
「……分かった。
行こう、胤義」
(よし……
三浦家の“内部崩壊”は、
胤義が止めた)
*
──政所。
義村が姿を見せると、
御家人たちの空気が揺れた。
「三浦殿……」
「本当に……裏切っていないのか……?」
「いや、政子様は偽書だと言っていた……」
義村は前に出た。
「皆。
私は裏切っていない。
京とも通じていない。
密書は……
“偽り”だ」
御家人たちが息を呑んだ。
義時が言った。
「三浦殿。
あなたが来てくれて……
私は嬉しい」
義村は小さく笑った。
「義時殿。
私は……
鎌倉を裏切らぬ」
(義村……
あなたは“戻る道”を選んだ)
しかし──
その場にいた誰も気づいていなかった。
政所の外で、
密使が静かに呟いたことに。
「戻る道を選んだか。
ならば──
“戻れぬ道”を作るまで」
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
三浦家の揺れは、
家中の裂け目にまで広がった。
筆を取る。
「……三浦義村。
あなたは今、
“疑いの渦”の中心にいる」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




