第103話 沈黙の波紋、鎌倉を覆う
三浦義村が政所に姿を見せなくなって二日目。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“探り合い”は、
今日は“疑心暗鬼”へと形を変えていた。
「三浦殿は……京につくのか」
「いや、まだ決めていないだけだ」
「だが沈黙は……裏切りの前触れでは……?」
(鎌倉は今、
“沈黙の意味”を勝手に作り始めている)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、昨日よりもさらに険しい。
「姉上……
御家人たちが……
“三浦殿を疑い始めている”との報せが……」
私は息を吸った。
(来た……
沈黙が“裏切り”として扱われる段階)
「義時。
三浦はまだ裏切っていない。
でも──
“空気”が三浦を裏切り者にしようとしている」
義時は拳を握った。
「姉上……
どうすれば……」
「義時。
あなたが三浦のもとへ行きなさい。
“疑いを晴らすため”ではなく、
“義村を孤独にしないため”に」
義時は息を呑んだ。
(義時……
あなたはまだ“孤独が裏切りを生む”ことを知らない)
*
──三浦義村の屋敷。
義村は、
密使の言葉が頭から離れずにいた。
「北条は鎌倉を滅ぼす」
「距離を置くだけでよい」
(本当に……
北条は鎌倉を滅ぼすのか)
そこへ、
三浦家の家臣が駆け込んできた。
「殿……!
鎌倉の町で、
“三浦殿は京につく”という噂が広まっております!」
義村は顔を上げた。
「誰がそんなことを……!」
「分かりませぬ。
しかし……
御家人たちが動揺しております」
義村は拳を握った。
(密使……
お前か……
お前が噂を流したのか)
家臣が続けた。
「殿。
このままでは……
三浦家は“疑われる側”に……」
義村は言葉を失った。
(義村……
あなたは“揺らされている”のではない。
“揺れるように仕向けられている”)
そこへ──
義時が現れた。
「義村殿!」
義村は驚いた。
「義時殿……
なぜここへ……」
義時は深く頭を下げた。
「三浦殿。
鎌倉は……
あなたを疑い始めています。
だからこそ、
私はあなたに会いに来た」
義村の目が揺れた。
「義時殿……
私は……
裏切っていない」
「分かっています。
だからこそ、
“沈黙があなたを裏切り者にする前に”
私は来たのです」
義村は息を呑んだ。
(義時……
お前は……
私を“仲間”として見ているのか)
義時は続けた。
「義村殿。
鎌倉はあなたを必要としている。
どうか……
政所へ戻ってほしい」
義村は拳を握りしめた。
「……私は……
考えたい。
だが……
政所へは戻る」
義時は深く頭を下げた。
(よし……
三浦の“沈黙”は、ひとまず止まった)
*
──その頃、京。
後鳥羽院は報告を聞き、
静かに笑った。
「三浦が政所へ戻るか。
だが……
沈黙の噂は消えぬ」
侍従が言った。
「鎌倉は政子様と義時殿が
三浦殿を支えております」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「ならば──
“噂を真実に変える”」
行成は息を呑んだ。
(政子殿……
京は本気で“三浦家”を壊しに来る)
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
和田家の揺れは収まった。
だが──
三浦家の揺れは、
鎌倉全体を巻き込み始めた。
筆を取る。
「……三浦義村。
あなたの沈黙が、
鎌倉の空気を変えている」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、
またひとつ鳴った。




