第100話 和田家、ついに一線を越える
和田家の家臣が勝手に兵を集め始めてから三日目。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“疑い”は、
今日は“恐れ”へと形を変えていた。
「和田家は……本当に動くのか」
「義時殿は……どうするつもりだ」
「政子様は……止められるのか」
(鎌倉は今、
“音のしない崩壊”の縁に立っている)
義時が政子の屋敷へ駆け込んできた。
「姉上……!
和田家の家臣が……
“鎌倉の兵を集めている”との報せが……!」
私は息を吸った。
(来た……
これはもう“暴走”ではない。
“行動”だ)
「義時。
和田家は、
ついに“一線”を越えたわ」
義時は顔を強張らせた。
「和田殿は……
まだ裏切っていないはずです」
「ええ。
でも──
“家臣が動けば、家が動いたのと同じ”
そう見なされる段階に入った」
義時は拳を握った。
「姉上……
どうすれば……」
「義時。
あなたが動くしかないわ」
義時の目が揺れた。
「和田殿のもとへ行きなさい。
“鎌倉の義時”としてではなく、
“政子の弟”として」
義時は息を呑んだ。
(義時……
あなたが“人として”向き合う時が来た)
*
──和田義盛の屋敷。
義盛は、
家臣たちの騒ぎを前に、
ただ立ち尽くしていた。
「殿!
鎌倉の兵を抑えるため、
我らは先に動くべきです!」
「義時殿は京に睨まれている!
鎌倉のためにも、
和田家が立たねば!」
義盛は怒鳴った。
「黙れ!
私はまだ決めていないと言っている!」
しかし──
家臣たちは止まらなかった。
「殿が決めぬなら、
我らが決めます!」
義盛の顔が青ざめた。
「お前たち……
私を差し置いて……
勝手に動く気か……!」
家臣の一人が言った。
「殿。
“迷う主”は、
家を滅ぼします」
義盛は拳を震わせた。
(義盛……
あなたはもう“選ばされる側”に追い込まれている)
そこへ──
義時が現れた。
「義盛殿!」
義盛は驚いた。
「義時殿……
なぜここへ……」
義時は深く頭を下げた。
「和田家を……
鎌倉の敵にしたくない。
どうか……
家臣たちを止めてほしい」
義盛の目が揺れた。
「義時殿……
私は……
どうすればいい……?」
義時は静かに言った。
「義盛殿。
あなたが決めるしかない。
“和田家は鎌倉につく”と」
義盛は拳を握りしめた。
家臣たちがざわつく。
「殿……
義時殿の言葉を信じるのですか……?」
義盛はゆっくりと立ち上がった。
「……私は……
政子様を信じる」
家臣たちが息を呑んだ。
「和田家は……
鎌倉につく!」
その瞬間──
空気が変わった。
(義盛……
あなたはようやく“主”として立った)
しかし、
その場にいた誰も気づいていなかった。
──屋敷の外で、
京の密使がその言葉を聞いていたことに。
*
──夜。
政子は灯火の揺れを見つめていた。
和田家は、
ついに“鎌倉につく”と決めた。
だが──
それは同時に、
京を本気で怒らせる選択でもあった。
筆を取る。
「……義盛。
あなたの決断は、
鎌倉を守る一歩であり、
戦を呼ぶ一歩でもある」
筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の空気が、
“戦の匂い”を帯び始めていた。




