第10話 鎌倉殿、気を遣いすぎて逆に怖がられる
翌朝。
屋敷の庭で、私は侍女たちと花の手入れをしていた。
冬の空気は冷たいが、土に触れると少しだけ心が落ち着く。
「政子」
背後から声がした。
振り返ると、頼朝が立っていた。
(あら、珍しい時間に)
「おはようございます、鎌倉殿」
頼朝はなぜか、少しだけ視線を逸らした。
「……昨日のことだが」
(まだ気にしてるのね)
私は静かに言った。
「もう済んだことです」
頼朝は一瞬で固まった。
「……怒っていないのか?」
「怒る理由がありませんもの」
頼朝は、何か言いかけてやめた。
その表情は、どこか安心したようで、どこか戸惑っている。
(この人、本当に不器用ね)
侍女たちは遠巻きに震えていた。
「見た……? 政子様、鎌倉殿を一言で黙らせた……」
「やはり……恐ろしい……」
(黙らせたんじゃなくて、落ち着いただけよ)
*
昼。
私は文を整理していた。
そこへ、頼朝が妙にそわそわした様子で入ってきた。
「政子。
その……何か困っていることはないか?」
「特には」
「そ、そうか……!」
(なにその反応)
頼朝は妙に嬉しそうに頷いた。
「では……何かあれば、すぐに申せ。
私は……お前の言葉を大切にしたい」
(あら、素直)
だが、廊下の御家人たちは青ざめていた。
「聞いたか!?
鎌倉殿が政子様の“ご機嫌伺い”を……!」
「政子様……どれほどの力を……」
(力なんて使ってないわよ)
*
夕方。
義時が深刻な顔でやってきた。
「姉上……鎌倉殿が……
“政子の負担にならぬように”と……
御家人たちに指示を出しておられます……!」
(えっ、そんなこと言ったの?)
義時は続けた。
「そのせいで……
御家人たちが皆、姉上を避けております……!」
(避けられる理由がまた増えたわね)
義時はさらに声を潜めた。
「……姉上。
あなたは……本当に……」
「何?」
「……鎌倉殿の“心の中心”におられるお方です……!」
(表現が重いわね)
私は静かに言った。
「義時。
頼朝さんは、ただ気まずいだけよ」
義時は完全に固まった。
「……姉上は……どうしてそこまで……」
「顔を見ればわかるわ」
義時はまた驚いた顔をした。
(この子、毎回驚いてる気がする)
*
夜。
頼朝が、妙に丁寧な声で言った。
「政子。
今日は……その……
ゆっくり休め」
(あら、気遣いが上手になってきたじゃない)
私は微笑んだ。
「ありがとうございます」
頼朝は一瞬で顔を赤くした。
「……っ……!」
その瞬間、廊下の侍女たちが震え上がった。
「見た!?
政子様が鎌倉殿を“照れさせた”……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(いや、ただお礼を言っただけよ)
私は空を見上げた。
──善意で普通に接しているだけなのに、
なぜか“悪女”扱いが止まらない。
でも、いい。
誤解されても、距離を置かれても、
私は今日も誰かの心を整える。
それが、私の生き方だから。
そしてこの日、
**鎌倉殿が政子に“気を遣いすぎている”という噂が、
鎌倉中に広がった。**
もちろん、本人は気づいていない。




