第六章:無風の地、鼓動の始まり
風がない世界で、人はどう走るのか。 この第六巻では、風見塾が“無風の地”に挑みます。風を読むことができない環境で、走る者は自分自身の鼓動を頼りに軌道を描いていきます。 風は、外にあるものではなく、内にあるもの。 そして今回も、少しだけ笑える場面を添えて。風がないと、みんなちょっと不安定。でも、それが人間らしさ。 風を“生む”走り――その始まりを、どうぞ見届けてください。
風が吹かない場所――それは、風見塾にとって未知の領域だった。 UAE・アブダビに建設された最新鋭のドーム型サーキット「ゼロ・エア・リンク」。完全密閉型の人工環境で、気流は制御され、風は存在しない。気温、湿度、気圧、すべてが一定。風を読む者にとっては、感覚が遮断される“無風の地獄”だった。
「風がないってことは、俺たちの走りが試されるってことだ。」
神谷悠人は、K-ZERO ORIGINのステアリングを握りながら呟いた。翔太が設計したこのマシンは、風の代わりに“鼓動”を読む。ドライバーの心拍、呼吸、筋肉の緊張――それらをセンサーで捉え、車体の挙動に反映する。
「風がないなら、俺が風になる。」
レースには、世界中のトップドライバーが集まった。AI制御マシンはさらに進化し、今や“感情模倣”まで搭載していた。人間らしく走る機械。だが、悠人は笑った。
「模倣じゃ、風は生まれない。」
レース開始。無音のスタート。風がないため、音の反響が異常に鋭い。タイヤの軋み、エンジンの唸り、ブレーキの摩擦――すべてが剥き出しの音として響く。第一コーナー、悠人はわずかに遅れる。風がないため、空気抵抗の変化が読めない。
「翔太、空力制御、手動に切り替える。」
「了解。鼓動モード、安定してる。心拍、上昇中。」
第二コーナー、悠人は呼吸を整える。風の代わりに、自分の鼓動を頼りにする。ステアリングがわずかに重くなる。車体が彼の緊張を感じ取っている。
「風がないなら、俺の心が風になる。」
中盤、AIマシンがペースを上げる。理想的なライン、完璧なブレーキング。だが、悠人は“揺らぎ”を選ぶ。あえてラインを外し、タイヤを滑らせる。無風の空間に、彼は“乱れ”を生み出す。
「風は、流れじゃない。変化だ。」
第六コーナー、蓮が並ぶ。彼は新型EV「L-ONE V」で挑んでいた。無風環境に最適化された設計。だが、彼もまた“風を感じたい”と願っていた。
「悠人、風がないと、走りが寂しいな。」
「だから、俺たちが風になるんだ。」
最終ラップ。心拍数は180を超える。呼吸は浅く、筋肉は限界に近い。だが、K-ZERO ORIGINは、悠人の“走りたい”という感情を捉えていた。最終コーナー、彼はブレーキを遅らせ、ステアリングを切り込む。タイヤが悲鳴を上げる。だが、車体は滑らず、鼓動に乗って旋回する。
ゴールラインを越えた瞬間、観客が立ち上がった。勝者は――神谷悠人。
ピットに戻った悠人は、剛志と抱き合った。
「父さん、風はなかった。でも、俺の中に吹いてた。」
「それが、走るってことだ。」
表彰式のあと、風見塾は新たな研究に着手する。風を“生む”技術。人工風流と感情応答の融合。翔太は「K-ZERO WIND」の開発を始め、美月は“風のない峠”を再現するシミュレーターを設計。リナは無風環境での自然再生プロジェクトに参加した。
そして、悠人は言った。
「次は、風を“届ける”走りをする。誰かの心に、風を吹かせるために。」
赤いスポーツカーは、今も走っている。風がなくても、魂は揺れる。 走ることは、風を生むこと。そして、誰かの心に届くこと。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 この巻では、風のない世界に挑みました。風がないと、走りは孤独になる。でも、孤独の中で生まれる“鼓動”こそが、風の源なのかもしれません。 書きながら何度も思いました。風って、外から吹くものじゃない。人の中から、湧き上がるものなんだと。 もしあなたの心にも、少しでも風が吹いたなら、それがこの物語のゴールです。 次巻では、風を“届ける”走りへ。風は、誰かの心に届くために、まだまだ走り続けます。




