第十四章:風の継承、鼓動の選定
風は、成熟していた。 灯の走りが風の沈黙を破り、音羽、蒼士、遥人の走りが風に記憶と旋律を与えた。風は再び語り始め、今では走者たちに問いかけるようになっていた。
「君は、なぜ走るの?」
風の問いに、走者たちは答えを探していた。かつては速さのため、勝利のため、記憶のために走っていた。だが今、風は“理由”を求めていた。走ることが、風を継ぐことになるなら、その理由は軽くてはならない。
風見塾では、継承の準備が始まっていた。翔太は「K-ZERO LEGACY」の設計を進めていた。これは、風の履歴・感情・共鳴・沈黙・再生――すべてを記録し、次の走者に“風の記憶”を渡すマシンだった。
「風は、記録じゃない。鼓動だ。」
悠人は、翔太の設計に敬意を示しながらも、走者の“心”がなければ風は渡らないと語った。
「風は、誰かの手に渡ることで、次の鼓動になる。でも、それは選ばれた者にしかできない。」
塾内では、誰が“風を継ぐか”を巡って静かな議論が始まっていた。音羽は風の旋律を理解していた。蒼士は風の履歴を再現できた。遥人は風の記憶を繋げていた。灯は風の沈黙に寄り添い、再生を導いた。
「誰が、風を受け取るべきなのか。」
悠人は、走者たちに“風との対話”を課した。サーキットではなく、風の吹く丘で、風と向き合う時間を持たせた。走らず、語らず、ただ風を感じる時間。風は、誰に語りかけるかを選ぶ。
音羽は、風の音に耳を澄ませた。「今日は、少し寂しそう。」
蒼士は、風の匂いに目を閉じた。「昨日の記憶が、まだ残ってる。」
遥人は、風の流れに手を伸ばした。「君は、誰かを待ってる。」
灯は、風に向かって静かに言った。「私は、君に触れた。でも、君が選ぶなら、私は待つ。」
その夜、風が強く吹いた。塾の屋根を鳴らし、木々を揺らし、空を震わせた。翔太のセンサーが反応した。
「風が、誰かを選んだ。」
だが、誰なのかはわからなかった。風は、まだ語らなかった。ただ、強く吹いた。
悠人は、走者たちを集めて言った。
「風は、誰かを選んだ。でも、それを知るのは、走った者だけだ。」
翌日、塾では“継承走行”が行われた。走者たちは順番にK-ZERO LEGACYに乗り、風に語りかけながら走った。順位はつけない。風が応えるかどうかだけが、評価だった。
音羽の走り。旋律は美しかった。だが、風は静かだった。
蒼士の走り。匂いは深かった。だが、風は揺れなかった。
遥人の走り。記憶は繋がっていた。だが、風は沈黙した。
灯の走り。静かで、優しく、問いかけるようだった。第三コーナーで、風が吹いた。
「君は、私を見てる。」
センサーが反応した。風の感情:選定。
翔太は、データを確認し、静かに言った。
「風が、灯を選んだ。」
悠人は、灯に近づき、ヘルメットを外させた。
「お前が、風を継ぐ者だ。」
灯は、涙を流した。
「でも、私には速さがない。」
「風は、速さを選ばない。鼓動を選ぶ。」
風見塾は、灯を“継承走者”として認定した。翔太はK-ZERO LEGACYを灯専用に再設計。美月は“継承峠”の理論を構築し、リナは風の継承を教育モデルに組み込む準備を始めた。
悠人は、塾の若者たちに語りかけた。
「風は、誰かの鼓動を受け取って、次の風になる。だから、走ることは、風を渡すことなんだ。」
赤いスポーツカーは、今も走っている。だが、ステアリングを握るのは灯。風は、彼女の鼓動を受け取り、次の風へと変わろうとしている。
走ることは、風の継承。そして、鼓動の選定。




