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6話

 僕たちの平穏な研究は、ある日、村にもたらされた一枚の羊皮紙によって、突如として終わりを告げた。


「――異端審問官、ヴァレリウス様が、巡察のため我が村へ」


 村長が読み上げたその名に、大人たちが息を呑んだ。

 異端審問官。王都の大聖堂に所属し、女神の教えに背く者を、ただその眼光だけで見抜き、断罪するという、教会の『絶対の目』。


「い、異端審問官……」セレーナが、血の気の引いた顔で呟いた。「教会で聞きました。その方の前では、どんな嘘も、どんな隠し事も、魂の奥底まで見抜かれてしまうって……」

「へ、へっちゃらだよ! 私たちのやってること、悪いことじゃないもん!」

 リリスは気丈に振る舞うが、その声は上ずっている。


 僕の脳内では、スキル『並列思考』が、最大効率で危険予測を弾き出していた。

 村の神官とは訳が違う。王都の中枢にいる人間ならば、高度な魔力探知の聖具や、人の精神に干渉する尋問の術も使うだろう。そうなれば、僕たちの秘密の実験場――あの廃墟の庭園は、一瞬で見抜かれる。

 無数のルーンが刻まれた石畳、非標準的な詠唱の残響、そして何より、僕たちの理論が詰まった羊皮紙の数々。それらは異端の動かぬ証拠だ。


「隠すだけでは駄目だ」

 僕は、震える二人に向き直り、断言した。

「相手はプロだ。『何か隠している』という事実そのものを見抜く。ならば、発想を逆転させる。見られても問題ない、完璧な『聖域サンクチュアリ』を、僕たちの手で構築するんだ」

「聖域を……作る?」


 これが、僕がその場で立案した「サンクチュアリ構築計画」。

 廃墟をただの隠れ家から、僕たちの研究を守るための、世界で最も進んだ技術要塞へと、機能拡張するのだ。


 ◇


 翌日から、僕たちのこれまでで最大規模の共同研究が始まった。

 テーマは『応用エーテル場工学』。僕がたった今、命名した新分野だ。


「まず、構造力学からだ」僕は、別荘の最も崩れかけた壁を指差した。「ただ魔法でくっつけるだけでは、エネルギー効率が悪すぎる。この壁にかかる応力ストレスを計算し、最小限の力で最大限の強度を得られるポイントに、**『応力テンソル・ルーン』**を打ち込む」

「お、応力……?」

「要は、見えない『力の柱』を、壁の中に作るんだ」


 僕が設計図を描き、セレーナが寸分の狂いもなくルーンを壁に刻む。そして、リリスがそのルーンに魔力を注ぎ込む。

「いくよ、アキラ! えいっ!」

 リリスの魔力が流れると、ルーンは淡い光を放ち、亀裂の入った石壁の内側に、目には見えない力場の「鉄筋」が形成された。指で叩くと、以前の脆い音とは違う、密度の高い硬質な音が返ってくる。


「すごい! カッチカチになった!」

「……美しいです。力の流れが、完璧に計算されているのですね」

 セレーナが、自らが刻んだルーンをうっとりと見つめている。


 次に着手したのは、光源の確保だ。

「**『閉ループ型・光子リアクター』**を構築する」

「な、なんかすごそうな名前!」

「仕組みは簡単だ」俺は、円環状の魔法陣の中心に水晶を置いた。「一度だけ励起用の魔力を与える。すると、この魔法陣が、水晶から放たれた光子のエネルギーを吸収し、再び励起エネルギーとして水晶に戻す。この永久機関に近い閉鎖ループを形成することで、半永久的に発光し続ける光源になる」


 それは、魔法という名の、自己完結型エネルギーシステムだった。

 リリスが一度だけ詠唱すると、手のひら大の水晶が太陽のように輝き始め、薄暗かった室内を、白く清浄な光で満たした。


 そして、最後の仕上げ。このサンクチュアリの心臓部を守るための、不可視の盾。

「これは、魔力探知に対するステルス技術。いわば**『空間迷彩』**だ」

 僕は、実験室として使う部屋の床と壁に、複雑な幾何学模様を描きながら説明した。

「これはただの防壁じゃない。エーテル場の屈折率を連続的に変化させる、メタマテリアル構造の結界だ。外部からの探知魔法は、この部屋に到達する前に、光が蜃気楼で曲がるように逸らされていく。探知する側から見れば、ここには『何もない』ようにしか見えない」


「く、空間を……曲げる……?」

「そんなこと、できるの!?」

「できるさ。法則ルールさえ知っていればな」


 設計は僕が、精密な描画はセレーナが、そして膨大な魔力を注ぎ込むのはリリスが。

 三人の力が合わさることで、廃墟は驚くべき速さでその姿を変えていった。

 崩れた屋根は塞がれ、壁は補強され、室内は清潔な光で満たされた。表面上は、ただの「少し綺麗になった廃墟」だ。だがその実態は、最新の魔法物理学の粋を集めた、難攻不落の研究所だった。


 審問官の到着予定日の前日、僕たちは生まれ変わったサンクチュアリの真ん中に立っていた。

「すごい……」セレーナが、自分たちの成し遂げた仕事に、感嘆の息を漏らす。「ここが、あのボロボロだった場所だなんて、信じられない」

「へへーん!」リリスが、腰に手を当てて胸を張った。「私の魔力と、アキラの頭脳と、セレーナの指先があれば、お城だって作れちゃうかもね!」


 そうだ。これは、僕たちの力の証明だ。

 神に与えられた奇跡をただ使うのではなく、その法則を解き明かし、応用し、自らの望む未来を構築する力。

 僕たちの準備は、整った。


 その日の夕暮れ、村の街道の向こうから、王都の紋章を掲げた豪奢な馬車の姿が見えた。

 いよいよだ。僕たちの理論が、この世界の権威と初めて接触する。


 僕は、生まれ変わったサンクチュアリの窓からその光景を眺めながら、静かに闘志を燃やしていた。

 君たちの神聖魔法とやらが、信仰と伝承の上に立つ砂上の楼閣なのか、あるいは真理の一端を掴んでいるのか。

 この僕が、試してやる。

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