4話
村の畑を救った一件で、僕たちの理論――『エーテル場力学』の有効性は証明された。
だが、それは同時に、僕に新たな課題を突きつけた。
(局所的な現象を修正するだけでは足りない。この世界のOS……その根幹を成す物理定数そのものを理解しなければ、本当の意味での法則ハッキングは不可能だ)
中でも、最も根源的で、この惑星のすべてを規定している力――重力。
この世界の重力加速度は、果たして地球と同じなのか?
「今日の実験は、地球の物理学者がやった有名な実験の追試だ」
僕たちのラボで、僕は庭園で一番高い木を指差した。その枝には、僕が設置した簡易な振り子装置が吊り下げられている。
「この星の『重さ』を、この振り子で測る」
「ええっ!? お星様の重さを、こんなので測れるの!?」
リリスが、目を丸くして驚く。
「正確には、星が物体を引く力――重力加速度gを測定する。そのためには、振り子の紐の長さLと、揺れる周期Tが、極限まで正確に計測されている必要がある」
「なるほど! 私の出番だね!」
リリスは、まるでリスのように身軽な動きで、あっという間に高い枝まで登っていく。彼女の身体能力は、こういう時に本当に頼りになる。
「セレーナは、周期の測定を頼む。君の集中力なら、僕が作った砂時計よりも正確なデータが取れるはずだ」
「はい、アキラくん。任せてください」
セレーナが、真剣な眼差しで振り子を見つめる。彼女の意識は、今やこの世界で最も精密なストップウォッチだ。
実験は、地道な作業の繰り返しだった。
リリスが紐の長さをミリ単位で調整し、僕が振り子を振らせ、セレーナがその周期を寸分の狂いもなく記録していく。
数時間に及ぶ試行と記録を経て、僕たちはついに、この惑星の重力加速度gの値を導き出した。
「g = 9.87 m/s²……か」
その数字を見て、僕は腕を組んだ。
地球の標準重力加速度、9.80665 m/s²と、ほぼ同じ値。
僕の予想通り、この世界でも重力は万有引力の法則に従っているらしい。
「ねえアキラ、その数字って、すごいの?」
リリスが、木からひょいと飛び降りながら尋ねる。
「いや、これだけでは何もわからない。この数字は、いわば方程式のピースの一つだ。惑星の質量Mを求めるには、もう一つ、決定的なピースが足りない」
「決定的な、ピース……?」
セレーナが、不思議そうに首を傾げる。
俺は、にやりと笑って見せた。
「ああ。この惑星の『半径R』だ」
惑星の半径など、どうやって知るのか。普通の人間なら、そう思うだろう。
だが、俺は知っている。いや――俺のスキルが、観測している。
(『世界の理』、起動。対象:この惑星の基礎物理定数。表示)
俺のユニークスキル『世界の理』は、俺という存在が属するシステム――この場合は、この惑星――の、根源的なパラメータを読み取る能力を持つ。
俺の網膜に、半透明のデータウィンドウが浮かび上がった。
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惑星基本情報
平均半径 R = 8,919.2 km
平均密度 ρ = 3.96 g/cm³
……etc
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「な、なんでアキラが、この星の大きさを知ってるの!?」
「僕のスキルの一つさ。この世界の法則を『読む』ことができる」
俺は、二人が見守る中、地面に数式を書き、最後の計算を始めた。
M = gR²/G
そして、導き出された結果に、俺は思わず目を見開いた。
「なんだと……?」
僕が記憶している地球の平均半径は約6,371km。それに対し、この惑星の半径は、9,000km近い。
地球のおよそ1.4倍。
つまり、表面積はほぼ2倍。体積と質量は2.7倍以上だ。
「アキラ、どうしたの? そんなに驚いて」
「……この星は」俺は、驚愕と興奮が入り混じった声で言った。「俺たちが思っていたより、遥かに、遥かに巨大だ!」
「えええええっ!?」
リリスとセレーナが、素っ頓狂な声を上げる。
「だって、神官様は、空に浮かぶ月も一つだし、地球っていう星と似たようなものだって……」
「その神官の知識は、神話レベルの稚拙なものだ。彼らは、自ら測ることをしない。ただ、古い本に書いてあることを信じるだけだ。だが、俺たちは違う。今、この手で、世界の本当の姿を暴いたんだ」
この惑星は、地球の2.7倍以上の質量を持ちながら、地表での重力はほぼ同じ。
それは、この惑星の平均密度が、地球よりも遥かに低いことを意味する。
考えられる可能性は二つ。
一つは、地殻やマントルの組成が、地球とは全く異なる軽い物質で出来ていること。
そして、もう一つは――
(この惑星の内部に、巨大な『空洞』が存在している……?)
なんという、知的好奇心を刺激する仮説だろう。
「ねえアキラ! 私たちの星がそんなに大きいってことは、私たちが知らない場所も、もーっと、もーっとたくさんあるってこと!?」
リリスが、冒険家の目でキラキラと輝かせている。
「ああ、その通りだ。僕たちはまだ、この星の、砂粒一つ分も知らないのかもしれない」
未知の領域が、地平線の遥か彼方まで広がっている。
『世界の理』というスキルが示す通り、俺はこの世界の真理の深奥に、今まさに触れようとしている。
俺たちの研究は、村という小さなスケールを終え、いよいよ、この巨大な惑星そのものを解き明かす、新たなフェーズへと突入したのだ。




