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雪に溶ける

作者: 夜の雲

「…約束、破っちゃったな」

繰り返す謝罪は、降る雪の中へと消えていく。

「最後に会いたかったな」


これは冷たい雪が舞い降る夜に起きた後悔の物語。

彼女が本当に伝えたかったこと、そして彼が伝えられなかった想い。

雪が溶けるように、二人の心が重なり合う瞬間を、ぜひ最後までお付き合いください。

六花は、冷たい川の流れを覗いていた。

「…約束、破っちゃったな」

「…ほんとごめんねー」

繰り返す謝罪は、降る雪の中へと消えていく。

「最後に会いたかったな」

そう呟いた声は誰にも届かないまま、雪と一緒に埋もれていく。


雪は冷たい水に流され溶けていく。


ーーー


時刻は20時。

机の上に置いたスマホの画面には、幼馴染みである、東雲六花からのLINEのメッセージ。


「久しぶりに散歩でもしない?」


高校が変わってから全然会わなくなったな。

保育園から中学校まで同じで、それなりに仲が良かった。

久しぶりに会うので少し緊張する。

でも少し会うのを前向きに思うボクもいた。

実際、ボクも最近元気にしてるか気になっていたとこだったからだ。

六花の家は徒歩1分もかからないとこにある。

ふと、窓の外を見ると、雪が降っている。

今年は、積もりそうだな。

約束の時間まであと5分。

そろそろでるか。


家を出ると、夕方頃から降っていたからだろうか、固いアスファルトの表面にうっすらと雪が積もっていた。

中学の時は、夜になると一緒に散歩にいっていた。

週に2.3回くらいだったかな。

そこでは最近の学校生活のことみたいな他愛のない話、時には真剣な相談だったり。

そんな懐かしさを感じて感傷に浸っていたら、六花の声が聞こえてきた。


東雲「待った?」


街灯に照らされた雪のなかで、どこか懐かしい声が聞こえた。

そこに立っていたのは、中学の時と何も変わらない笑顔を浮かべた東雲六花だった。

マフラーに顔をうずめて小さくなっている。


「いや、今きたとこだよ」

変なとこから声を出してしまい、少し裏返ってしまった。


東雲「そっか良かったー!」

東雲「予定時間より早くくるとこ変わってないね、こっちが焦っちゃうじゃん」


と予定時刻よりも5分ほど遅れた六花が不満をこぼす。

だったら集合時間を少し遅く俺に言えばいいんじゃ。

とも思ったけど、それでも、六花の遅れてくる姿が容易に想像できる。


東雲「それじゃあ、行こっか!」


行き場所は近所の公園。

その公園へ散歩へ行くのは、中学の時のナイトルーティンだった。


公園につくなり彼女は不思議そうな顔で疑問をこぼす。


東雲「この公園にあった滑り台、何か小さくなってない?」

東雲「前はもっと大きかったよね?」


ここの滑り台は、老朽化が進んでつい最近、新しく作り変えられたのだ。

その事を伝えると、彼女はへたりとベンチに腰を下ろす。


東雲「まじかー」

東雲「グルグルの滑り台好きだったのに…これは子供しか喜ばんわ」


この滑り台に不満を覚えるのは無理もない。

滑り台のサイズにも問題はあるが、それ以上に、小学校や中学校の時の思い出がたくさん詰まっていたのだ。

彼女が少しだけ恥ずかしそうに口を開く。


東雲「ねえ、覚えてる?」

彼女は期待に満ちた表情をボクに向けて話す。

東雲「中学の時、散歩でこの公園来て」

東雲「滑り台からみた景色、すごい綺麗だったよね!」


その時の景色をボクは鮮明に覚えていた。

白銀色に染まる世界。

風が静止して、空気中の雪がキラキラと輝く。

雪の結晶1つ1つが、輝いているような、そんな景色。 

隣には楽しそうな表情を浮かべ、はしゃぐ彼女。

ボクはなぜか、口に出すのが恥ずかしく感じ、一番言ってはいけない言葉を口に出してしまった。


「そんなことあったっけ」


六花は驚いて目を見開いてボクに問いかける。


東雲「はー?覚えてないの?」

東雲「まあ仕方ないか、あんたそういうの興味なさそうって感じだし?」


その言葉には驚きと、ほんの少しの寂しさがあるように感じた。


嘘を着いたことへの罪悪感が残るのなか、その後、数十分は高校がどうだとか、中学の頃の思い出とかを話した。


東雲「ねえ!小学校行ってみない!?」


唐突な誘いにビックリする。

そのキラキラとした目を向けられて、ボクはたじろいだ。


「まあ、少しだけなら」


その言葉に、六花はぐっと両手を握り、全身で喜びを表す。

ああ、この押しに弱い性格をどうにかしたい。

小学校に着くと、体育館からママさんバレーの賑やかな声が聞こえてきた。

この時間に男女が小学校にいるとこをみられたら、さすがにマズい。

そう思い、隣のお嬢さんに視線を戻すと、想像もつかないほど楽しそうに、六花はにたりと笑っていた。

一体何を考えているんだろう。

明らかに悪いことを企んでいる顔だ。


東雲「一回、体育館の入り口まで行ってみない?」


そう言ってニタニタと笑いかける六花に、さすがにやめておこうと伝える。

しかし、六花は「平気平気」と、入口へと近づいていく。

入り口に近づくと、大人たちのバレーの掛け声がはっきりと聞こえてきた。


東雲「一回、覗いてみてよ」


こんな状況でも、六花はクスクスと笑いかけながらボクに話しかけてくる。


「無理だろ!六花が行けよ!」


六花も少し戸惑い、「ムリムリ」とつぶやく。

そして、ある提案をしてきた。


東雲「じゃあ、同時に覗いてみよ?」


言っている意味がよくわからなかったが、二人とも納得できる方法はこれしかないように思えた。

同時に体育館の入り口から顔を出す。

真剣にやっているのかと思いきや、案外緩く、楽しそうにプレーしていた。

ボクが先にこの危ない覗きをやめてすぐ、六花が勢いよく視線をこっちに戻し、焦りを浮かべた。


東雲「……今、目があった…かも…」


そうボクに伝えると、小走りで体育館の入り口へとボクを置いて逃げていった。

ボクも慌てて後を追って走る。

後ろには誰もついてきてないのに、二人で全力疾走した。

体育館から少し離れた歩道で、二人してぐたりと縁石に座り込む。

ふと隣を見ると、六花と目が合った。


東雲「ぐっ!ぶは!あーはは!」


跳ねるような笑い声につられて、ボクも笑ってしまった。

別に、彼女に特別な感情を抱いているとか、そう言う訳じゃないが、彼女とのこの時間が幸せなんだと思った。


東雲「ずぅっと、こうしていられたらいいのに…」


ふっと、六花がひどく苦しそうに、だけど少し嬉しそうにボソッと呟いた。

ボクははっきりとその言葉を認識したが、どんな言葉をかけたらいいか分からなくて黙っていた。


その日はそこでお開きになった。

お互いあまり遅くなると親に心配をかけるからだ。


東雲「また、散歩いこうね」


そう言い残し、少し寂しそうに、名残惜しそうに帰っていった。


それから数週間、ほぼ毎日散歩にいっていた。

他に友達もあまりいないボクは、退屈しないから、この時間を結構気に入っていた。


ある日、いつものように待っていると、いつもとは様子の違う六花がやってきた。

ボロボロになった制服で、顔には複数箇所に傷ができていて、青く痣のようなものまでできている。

よくみると制服には「バカ」や「死ね」の文字が滲んでいる。


「どうしたの」と言う言葉が喉の奥に突っかかってでてこない。


「……今日はすごく冷えるらしい」


ボクは黙って彼女に自分のマフラーを巻いて上げる。


東雲「二重でマフラーって変じゃない?」


彼女は笑顔で語りかける。


「全然、変じゃないよ、むしろにあってる」


彼女はムッとした表情を浮かべたが、すぐに元に戻っていく。

いつもより、うつむき気味な六花の口が開く。


東雲「まあじゃあ、いこっか!」


見える姿はいつもと違うのに、声色はいつも通りの明るい様子で、無理に笑う六花に心が痛んだ。

公園まで歩く道中、無言が数分続く。

いつもなら六花が話題を振って、それに突っ込む。

お決まりのやりとりがあった。

この沈黙を切り出したのは彼女だった。


東雲「…聞かないの?」


「え?…」


ボクはこの質問に焦りと、この事に触れることに恐ろしささえ感じてしまった。

ボクが解決できる問題なんだろうか、無理に聞くべきなのか。

六花は繰り返す。


東雲「…だから、この…傷」

東雲「……気づかなかった?」


不安そうな目でただ前だけをみる六花。

慌ててボクは言葉を紡ぐ。


「……気づいてたよ」


六花が少しだけ驚いた様子でボクの方に視線を移す。

ボクは続ける。


「でも…六花が話したくなるまでボクは待つよ」


六花は寂しそうに少し辛そうに視線をまた前に戻した。


東雲「そっか…」

東雲「あのさ?話すまで待つって正しい選択だと思う…」

東雲「無理に聞いて、何もできなくて、それよりかは全然良いと思う…」

東雲「でもね、何て言うかそれって…」


東雲「すっごく他人行儀だと思わない?」


彼女の言葉が胸に突き刺さり、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

何も言えず立ちすくんでしまう。

少し不安気で、でも言葉に詰まりながらも言葉にして六花はボクに言葉を嘆く。


東雲「話したいけど、話せない…」

東雲「その一歩が出せないで、不安に潰されそうになる人が世の中にはたくさんいる……と思う」

東雲「自分で一歩を踏み出せないから、誰かに踏み込んできて欲しい…」

東雲「……無理にでも聞き出して欲しい、そんな人が…たくさんいると思わない?」


咄嗟にでた言葉が、

何も考えず、吐き出した言葉が、

彼女を深く傷つけてしまってないか、その不安に押し潰されそうになる。


「…」

「…」


数分の気まずい雰囲気の中、六花が口を開く。


東雲「今日はもう、お開きにしようか」


ボクは黙ったまま頷いた。

六花はそのまま帰っていってしまった。

いったい、ボクに何が出来たんだろう?

もっと六花に寄り添わないとだった…。

強い後悔が押し寄せる。

あんな風に言われたのに、何も聞けず帰してしまった。

本当は聞いて欲しかったのだろうか、そんな疑念が残る。

他人行儀、そうなのかもしれない。

その日の夜、謝罪と明日散歩に行こうと連絡した。


すぐに彼女から返信がきた。


「うん」


この二文字だけだった。

本当に申し訳ないことをしたと自責の念が押し寄せる。

そこで通話ボタンへと手を伸ばす。

もし本当にかけて何を話そう、ちゃんと話せるんだろうか。

勇気を振り絞り通話ボタンを押す。

プルルルル、プルルルル。

しかし六花は出なかった。

きっと疲れて寝てしまったんだろう。

明日になったらちゃんと謝罪しよう。


次の日の夜。

ボクはいつもの場所で待っていた。

時間になっても六花は来ない。

嫌な予感が全身をなぞるが、六花が遅れてくることはよくあることだった。


大丈夫

大丈夫


自分に言い聞かせても六花のくる気配は全く無い。

嫌な予感が全身へと周り、気がつけば走り出していた。

公園へ向かう途中の川、その橋に誰かがいるような、そんな気がしたからだ。

遠くに橋が見えた時。

確かに誰かが。

身投げをするところが視界に入る。


ああ。

六花だ。

絶対に。


橋に向かう途中、119に電話をかけようと携帯を取り出す。


「クソッ!!」


119に電話をかける手が震えてうまくかけられない。

かじかんだ指先に、突き刺すような雪。

やっと番号を入力することができた。


橋に着き、水面を見つめるとそこには何もない。

水しぶきの1つすらない。

いつも通りの川が広がっていた。

涙が頬を伝って溢れ出してしまった。


「っ…!」


六花のことをもっと知ろうとしたら、六花は死ななくて良かったんじゃないか?

ボクが踏み込む勇気があったらもっと、正しい選択ができたんじゃないのか?

なんでだよぉ。

降る雪がやけに冷たく濡れた頬に突き刺さる。

地面に落ちた携帯からは救急隊員の声が聞こえてくる、その携帯に手を伸ばすことさえできなかった。


それから数日後、六花の葬式があった。

遺体は数百メートル離れた場所に浮かんでいた。

葬式に参加していると、六花のクラスメイトらしき人たちが数人入ってくる。

後ろの方で何やら話をしている。


クラスメイト「本当に死んじゃうなんてね」


は?


今なんて言っていた?


ボクは思わず立ち上がり、そのクラスメイトの近くまで行き、その頬に手のひらを打ち付ける。

その場にいる一同の視線がボクたちをみる。


「今なんつったんだ!!」


ボクは再び手に力を込める。


クラスメイト「え?…は?…あんた誰?」


戸惑いながらも、反抗的な態度をとるこの女に、また手が出そうになる。

その状況を察し、周りにいた大人に抑えつけられる。


クラスメイト「てめぇ、あの女の彼氏か?、あはは、ざまあみろ!、自殺してやんの!」


そう言い残しクラスメイトは走って逃げていってしまった。

ボクは怒りに全身が苛まれあの女を追いかけたかったが、六花の父がボクを抑えつけていることに気がつき反抗を中止した。

その後、六花の父に別室へ連れていかれた。


六花父「落ち着いてくれ、君にはあの子達と同じ土俵に上がって欲しくないんだ」


「…」


怒りに身を任せ、我を忘れていた。

一番辛いであろう六花の両親に、ひどく辛い思いをさせてしまった。

その後、六花の両親から亡くなった原因について教えて貰えた。

亡くなった原因がいじめにあったこと。

教科書を隠されたり、机に落書きをされて泣いて帰って来たこと。

教師に相談しても相手にされなかったこと。

服に書かれた罵詈雑言を必死に隠していたこと。


両親があのクラスメイトが葬式に参加してくれたら訴えはしないという条件を提示したこと。


六花がいつも、ボクとの散歩を楽しそうに話していたこと。


もう生きる力がボクには湧かなかった。

何もできない自分に無力感が押し寄せた。


その日の夜。

いつもの時間になればまた六花が現れてくれるんじゃないか、いつもの明るい笑顔、雪のようにキラキラと輝く眩しさ。

また、六花と散歩へいきたい。

そんな風に考えていたら、気がつくと、いつもの公園に来ていた。

そこに予想外の姿があった。


東雲「よ!久しぶりだね!」


そこにはいつもの明るい声色で、にっこりと笑う六花の姿があった。

ボクは動揺して声に詰まる。


「え…は?…え」


続けて六花が話す。


東雲「いやー!散歩いけなくてごめんね、あたし死んじゃってさ」


飄々と話す彼女に会うと、本当は死んでなんかいなくて、生きているんじゃないかという錯覚に陥る。


東雲「でさ!それ…」


「六花に!!謝りたかったんだ!!」


六花の声に被せるようにボクは話す。


「何も…声をかけられなくて、ごめん!」

「知ろうとしなくて…ごめん!」

「それから…気づかない振りをしてごめん…」


言葉が喉の奥で引っ掛かる。

手首から自然と涙が流れていた。

次の言葉をだそうとした時、彼女がボクに近づき、だきしめてくれた。


「ふぐ、うっ、うっ…ぐす」


六花は確かにその場にいるように感じた。

その体は優しい温かさがあった。


東雲「分かったから、私もごめん!」

東雲「きつい言葉をかけて勝手に死んでごめん!」


六花も涙を流していた。

強く抱きしめあう。


それから何時間そんな状態でいたんだろう。

お互い落ち着いてきたとき彼女が話し出す。


東雲「ねえ、聞いて」


ボクは抱きしめたまま黙って彼女の話を聞く。


東雲「この先、私みたいな人にきっとたくさん出会うと思う」

東雲「だからそのときは、ちゃんとするんだよ?」


彼女の体が少しずつキラキラとした雪の結晶に変わっていく。


「嫌だ!いかないで!」

「あの時、六花が『ずぅっとこうしていられたらいいのに』って言ったとき…」

「ボクもそう思ってたんだ!ずっと言えなくてごめん!」


六花は最後にふっといつもの無邪気な笑顔でボクに伝えた。


東雲「ありがとう…」


気がつくとベットの上にいた。

今のが幻でもお化けでも夢でも何でも良いと思えた。

ただまだこの体には彼女を抱きしめた温もりと、六花の涙が残っていた。


ボクは最近会っていない昔の友人にメッセージを送信した。


「今度、ご飯でもいかない?」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この物語は、フィクションとノンフィクションを織り交ぜて描きました。

作中でテーマとした「踏み込む勇気」は、私自身がずっと向き合ってきたものです。

過去、私にその勇気がなく、大切な友人を傷つけてしまった経験があります。

この作品が、あなたにとって、誰かに「踏み込む」こと、あるいは「踏み込んでもらう」ことについて考えるきっかけとなり、少しでも心の助けになれば、これほど嬉しいことはありません。

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