本当に怖いのは人間ではないのかもしれませんね
祠を壊してしまった。
むしゃくしゃしてやった。
もちろん、悪気なんてものはない。そこに、祠があったのが悪い。俺は悪くないんだ。だれが、たまたまチェーンソーを持ち歩いている時に、ちょうど良さそうな木製の祠が目の前に出てくると予想できただろうか。
ただ、俺は単にチェーンソーを駆使して祠を叩き切っただけでなんにも悪くないが、祠の主側はそうは思わなかったらしい。やっぱり、対話が成立しない存在ってのは、最悪だ。
で、しょうがないから、俺は自主的に村の神主の元まで行ってやったの。偉いだろ。
別に命が惜しかったとかそんなわけではないけど。ただ、俺の人生がここで終わってしまうのは、世界の損失になるだろうから。
まず、神社に行って最初にさせられたのは、全身に貼っていた札と塩を捨てることだった。
え、札と塩って何かって?
たまたま、そう、たまたま家にあった札を、なんとなく全身に貼りたくなったんだよ。なんていうの?ファッションってやつだよ、ファッション。
塩?肌に良さそうだからさ。スキンケアに気を使うタイプなんだよこう見えて。
絶対命を惜しがってるだろって、そんなわけねえよ。見ろよこの時の俺の写真。こんな顔してるやつが、命をおしがってると思うか?
顔が青褪めすぎてる?どっかの方言かなにか?そうなんだ、そっちの地方では、血色がいいってことを、青で表現するんだな。へー。
命を惜しがってないからな、別に。
でさ、その後全身を清めたんだ。なんか、ご利益のある水があるらしくてさ。シャワーを浴びたんだけど。すげえよな、最近は水道水も神聖な水らしいぜ。そのせいで、全身に書いてた般若心経がどろどろになって、困ったけど。水性ペンだったのが悪かったのかもな。
惜しくねえよ、命は。別に。
で、なんかこう、真四角の部屋に入って一晩過ごすことになったんだ。
注意もされてさ。どんな物音がしても、絶対にこの部屋から出たらいけないって。
そんなこと、簡単じゃん。バカでもできるからな。
そう思いながら、廊下に行ってトイレに向かったんだよ。
部屋から出てるだろ?俺をバカって思ってんのか。トイレなんてものは部屋に備え付けられてないから、歩いていく必要があったんだよな。
部屋から出てる?そんなわ…………ほんとだ。
まあ、でも、平気なわけだし。迷信だよ迷信。
んで、部屋でとくに慣れることもないから、寝ようかと思って目をつぶったんだよ。そしたら、さ。
ドンドンドン。
どう考えても何かを叩く音がするのね。それも、かなりの力で。
ドンドンドンドン。
屋根が揺れたんだよ。
そん時にさ、ほらあるだろ。あの、ナルシスト?みたいなやつ。急に眠くなるってやつ。あれになったんだよ、俺。
もう治ったけどさ。
気絶してたんじゃないかって?
ちがうよ、気絶なんてするわけない。絶対あのナルトコシーってやつになったんだ。気絶するわけないし。
で、朝になって、部屋から出たんだよ。
そしたらさ。
ヒグマの爪痕が。
廊下にそこそこたくさん。
俺はさすがに、ぞっとしたね。
ヒグマって怖いなって。
◆
ホラー記者たる私は、取材対象者に向けるべきではない感情を、抱きながら今回の録音データを整理していた。
「因果応報って敗北することあるんだ……。神様だって…………バカには勝てないんだ」