美少女吸血鬼が死にかけなので噛まれてあげることにした
「あの、大丈夫ですか?」
俺はゾンビや吸血鬼、いわゆる人外と呼ばれる種族は存在しないと思っていた。
だが今日、雪が降る冬の夜にそいつに出会ってしまった。
「お願い、私に近付かないで――」
人気のない薄暗い路地裏で座り込んでいる少女はこちらを見てそう言った。
だが俺は自分から声を掛けたにもかかわらず、その警告を聞くことなく彼女の姿を見つめてしまう。
だって仕方がない。だって彼女は――
とても、美しかった。
月光に照らされる腰まで伸びた銀色の髪、全体的にほっそりとしたスレンダーな体型。容姿端麗という言葉がこれ以上に会う人はいないんじゃかと思わせるほどの整った顔。そして俺はその中でも特徴的な真っ赤な瞳に目を奪われていた。
「君は……」
「あなた、私を見ても怖がらないのね」
「え?」
いつの間にか立ち上がっていた彼女は俺の目をじっと見ながらそう言った。
確かに怖い、けどそれより体から湧き出る好奇心に俺の感情は飲み込まれていた。
「不思議ね、この一週間私の顔を見た人は全員怯えてすぐに逃げて行った。けどあなたは違うのね」
嫌な記憶を思い出したのか悲し気な表情で彼女は俯いてしまう。
「えぇっと……良ければ相談に乗るよ?」
「私が、あなたに?」
「あ、でも言いたくない事なら全然言わなくて大丈夫だから!」
「……ふふっ。あなたって変な人ね」
焦る俺の姿を見てると彼女は口を手で覆いながら、くすくすと少し笑顔を見せてくれた。
笑った表情も可愛い、なんて思ってしまった。
「本当に相談してもいいの?」
「何でも話していいよ。どんとこい」
「そう……じゃあ話すわ」
そう言うと彼女は口を軽く開き、特徴的な二本の牙を見せてくる。
あんな歯を持っている人間を俺は見たことがない。それはつまり――
「私ね、吸血鬼なの」
彼女が人ではない何かだという証だった。
「そ、それはまたファンタジーなお話ですね」
「信じられないかもしれないけど、本当の事なのよ」
にわかには信じられないが、彼女の赤い瞳と牙が何よりの証拠だった。
「私も一週間前まで高校に通う普通の人間だったわ。だけどいつものように登校しようと駅まで歩いているときに、車に轢かれたの」
「そ、そんな」
確かに近くの高校に通う生徒がひき逃げされたというニュースが、一週間前に報道されていた気がする。同い年の人だったから記憶に良く残っている。
「まだあの時の衝撃と痛みは覚えているわ。だから確実に死んだと思っていた」
「でも生きていた?」
「えぇ。それで次起きたときは棺桶の中だったわ。火葬される寸前だった」
「生きているのに燃やされるなんてひどい拷問、そんなのされたくないから周りにばれないように逃げたわ」
「それじゃあご家族の方たちで騒ぎになってるんじゃない?」
「私は父も母も死んでいるわ」
「ご、ごめん」
「いい、もう気にしてないから」
本当に気にしていないのか顔色一つ変えず淡々と話していく。
「でも死んでいることになっているから高校にも通えないし、家にも戻れない」
「そうして街を放浪していると見てしまったの。ガラスの反射で映る私の顔を」
「黒かった髪色は銀色になってるし、目は真っ赤。そして何よりもこの牙が生えていたわ」
さっきと同じように口を開きながら恨めしそうに牙を見ている。
「最初はこの姿を見ても吸血鬼なんて信じられなかったけど、一日経ったらある衝動が湧いてきたの」
「街行く人たちを見ると、私は吸血衝動に駆られたわ。人の血を吸いたいってね」
「でも吸うことはしなかった。いや、絶対にしたくなかった」
「アニメとかでよく聞くように、血を吸ったらその人も吸血鬼や眷属になってしまうんじゃないか? そもそも死んでしまうんじゃないか? そんな危険を冒せるほど私は馬鹿じゃないわ」
「いっそ死んじゃえばいいと思ったけど、吸血鬼のくせに日光を浴びても特に問題ないし、簡単には死ね
なかった。」
吸血鬼だからと言って必ずしも光に弱いわけではないのか。
ラノベや漫画で見る吸血鬼もご都合主義だったりするが、彼女もその枠に当てはまるようだ。
この場合都合が悪いのかもしれないが。
「じゃあ、今の今までずっと耐えてきたの?」
「そう。だから少しでも気を抜いたらあなたを襲ってしまいそう」
ゾンビのようなポーズを取りながらにやっとした表情を浮かべる。
襲うという単語に俺は少しうろたえてしまう。
「冗談よ。死んでも我慢するわ」
「でも血を吸わずにずっと過ごせるのか?」
「今は大丈夫でも今後無理になるでしょうね」
「そ、それじゃあ」
「だから、あなたに相談をしたの」
彼女は俺の右手を小さな両手で掴むと、優しい顔で微笑み俺を見つめ。
「このままだと私は、いつか誰かを襲ってしまうかもしれない。だから」
「私を、もう一度あの世に送っていただけませんか?」
まるで恋人へのプロポーズのような声色で、彼女は俺に殺害を命じてきた。
いや、彼女はもう死んでいるから正確には命を奪うのとは違うのかもしれない。
けれども。
「俺は、君にそんな事出来ない」
「何でもどんとこいじゃないの?」
「た、確かにそう言ったけど。君を殺すなんて、そんな事出来ない」
「……そうよね」
「だけれど、君が悲しむことになるのも嫌だ」
「え?」
俺は羽織っていた上着をその場に脱ぎ捨てて、自分の首に指を差す。
これなら君を殺すことなく、誰かが傷つくこともない。
「俺の血を吸えばいい。それなら君は死ななくていい」
「わ、私の話を聞いていなかったの? そんな事したら、何が起きるか」
「そんなの吸うまで分からない」
「そうだけど、でも」
「約束するよ」
俺は彼女の体の前に右手の小指を突き出す。
「俺は死なないし吸血鬼にもならない。だから君が血を吸っても問題なし」
「な、何で……名前も知らないあったばかりの人にそこまでリスクを冒せるの?」
「俺の目の届かない所ならともかく、目の前で困っている人を放って死なせるなんて俺にはできない」
実際には君の容姿に惚れてしまった、なんて言えないけど。
「君が血を必要としない時が来るまで、俺がずっと血を吸わせてやる」
「い、一生治らないかもしれないよ?」
「そしたら一生君の傍にいるよ」
「うっ……」
彼女は俺の決意を聞くと、頬を彼女の瞳のように真っ赤に染め恥ずかしそうな表情をする。
「何それ、プロポーズ?」
「あ、いや。そういうつもりじゃ」
「そこまで言ったからには、責任取ってもらうわ」
彼女はそう言うと、勢いよく俺の首元に抱き着いてきた。
彼女の息遣いを肌で感じるほど近くに接近していた。
「もう後悔しても遅いから。死のうと思ってたのに、あなたのせいでもう少し生きたくなっちゃった」
彼女の顔は抱き着かれているせいで見えないが、耳元で艶かしい声で囁かれる。
思わず全身がゾクゾクと震えてしまう。
「あなたの血、これからは全部私のものよ」
その瞬間、首元に鋭い痛みが走り吸血音が聞こえてきた。数秒もしないうちに俺の意識はそこで途絶えてしまった。
一瞬見えた彼女の表情は、肉食獣のような捕食者の顔をしていた。
『そういえば、吸血鬼って血液型とか違っても大丈夫なのかな?』
そんなしょうもない疑問が湧いたが、答えを考える時間もなくその場に倒れた。
その後、とんでもない量の血を吸われても無事だった俺は夕霧さんと一緒の家に住み、波乱万丈な生活を送るのだが、まぁその話はまた今度にしよう。
まぁあえて言うなら、彼女は色々な意味で本当に肉食だった。
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