第2話 神出鬼没の謎アプリ
有給休暇300日。
それだけでも充分、常軌を逸しているのにもかかわらず、だ。
「重役会議でダーツ投げて決めたらしいよ」
社内の情報通でもある百合谷さんから聞いた真相を、俺は受け止めきれずにいる。
「え、誰が……」
「もちろん、社長が」
あり得ない。あのクールでダンディな社長がそんなフザケたことをするはずが。
入社式で社歌のデスメタル・バージョンを披露した社長が。
クールビズ推進のためTシャツを下半身に穿いて社内を練り歩いた社長が。
……やっぱ普通にあり得るな。
「で、でも社員をそんな長期間休ませたら、業務に支障が……」
「いなくても影響ない人を選んだんだって。……あ、ゴメン」
何気に本日一番のショックなんだが?
「暇田くん、私が今言ったこと全部ナイショだからね?」
百合谷さんのおねだりポーズに従わない選択など、俺にはなかった。
*
会社を後にした俺は、当て所もなく線路沿いを歩き続け、自宅近くの公園まで辿り着いていた。
ベンチに座り、改めてメールを読み返す。
『創業50周年記念企画! 暇田きゅんに有給300日プレゼントだっつゅーの! by 社長』
(添付画像要らねぇ……削除削除、っと)
納得の一方、謎はまだ残っている。
結局、昨日の変なアプリは何だったのか。つい百合谷さんに聞きそびれてしまった。
俺が数字を変えた直後、あんなことが起きたのは偶然なのか。確かめようにも、あれ以降アプリは消えたまま、履歴にも残っていない。
(確か画面のこの辺にスッと……って、もうこんな時間か)
時刻は11時を過ぎている。最初から休みだと分かっていれば、もっと午前中を有意義に使えたのだが。
(近くでランチでも食べてから帰――)
「にーとがいるー」
思考を遮る子供の声。小さな男の子が俺を指差していた。
学校や幼稚園はまだ春休みか。近頃は公園からも遊具が撤去されて、遊び場が不足しているのだろう。
なるほど。俺は遊び道具と認識されてるわけだ……そんな馬鹿な!
「ニ、ニートじゃないよ? お兄さんはね、急なお休みを貰ってね……」
「にーとがすまほでげーむしてるー」
「いや、遊んでるわけじゃなくて、スマホの――あっ!」
俺の上げた声に男の子は肩を震わせた。俄然、母親らしき女性がすっ飛んで来て、俺を非難し始める。
「うちのレイ君に何する気ですか!? 真っ昼間からよくもまあ、こんな場所でダラダラと……!」
「すみません! 画面にアプリが現れて、驚いてしまい……」
自分でも妙な言い訳だと思いつつ、俺は平謝りでその場をやり過ごす。
去って行く男の子に手を振り返すも、母親からの厳しい視線に俺の心は深く抉られるのだった。
(えらい目に遭ったな。さて、アプリを…………な、ない!?)
スマホの画面から、再びあのアプリは消え去っていた。
*
喜ばしいはずの長期休暇は、初日から散々な幕開けであった。
それもこれも、あの変なアプリのせいだ。
(こうなったら意地でも見付け出してやる!)
意気込んだはいいが、手がかりはアイコンの現れた時間帯が昨日の今頃だったことぐらいだ。
(夜の10時……はとっくに回ってた気がするな)
現在22時20分。かれこれ30分はスマホとにらめっこしている。
いい加減、音楽ぐらいかけるか――俺の指が画面をフリックしかけた瞬間、チャンスは訪れた。