第1話 春休みは突然に
ワンルームのベッドに寝転び、俺は天井を見つめていた。
「ヒマだ……」
中途半端な余暇を持て余し、会社と部屋を往復するだけの日々も四年目だ。せめてまとまった休みでもあれば、趣味に打ち込む気力も湧いてきそうなのだが。
「何かの間違いで年休300日とかにならんかなー……」
口にするだけ虚しい。
現在22時21分。スマホを見上げ、使う当てもなく微増していく預金残高を確認していたときだった。
うっかり手が滑った。
「……痛っ!」
額の痛みに耐えながらスマホを拾い上げると、指先が見慣れないアイコンに触れていた。
見間違いかと思う間もなく、切り替わった画面に俺は釘付けになる。
(【暇田ロウ】【年齢26歳】……【身長173cm】……?)
俺の名前の下に沢山の数字が並んでいた。
【体重60kg】【体脂肪率13.4%】【靴のサイズ26.5cm】……などなど。全部俺自身のデータだ。
健康診断だってそこまでは測らない。怪訝に思いつつ画面をスクロールする途中、ある項目で目が止まった。
【有給休暇:残り13日】。数字の隣には+と-のボタンが表示されている。
(ちょうどいい。300日に増やしちゃろ)
数値を確定させた直後、ログアウトのポップとともにアプリが強制終了してしまった。
画面からもアイコンは跡形もなく消えている。
「……何だったんだ、今の……」
もしや、手違いで会社のサーバーと繋がってしまったか。今さら思い当たっても後の祭りだ。
「……うおっ!?」
震えだしたスマホに会社からのメールが届いている。
(……見なかったことにしよ)
中身が怖いので、今日は無視して寝ることにした。
*
翌朝、俺は昨日のことなどすっかり忘れ、普段通り出社する。
受付には、清楚で可憐かつ気品と教養を感じさせる女性――同期の百合谷さんがいる。
俺はキメ顔を作り、元気に声をかけた。
「おはよう」
憧れの百合谷さんと挨拶を交わす瞬間こそ、俺の一日のピークだと言っても過言ではない。
「暇田くん、何でいるの?」
「……へ?」
俺は頭が真っ白になった。毎朝笑顔で挨拶を返してくれた百合谷さんが、実は内心俺のことを「朝っぱらからウゼェんだよ、ゴミムシ野郎が! さっさとこの世からいなくなれぇ!」などと思っていたなんて――
「お休みなのに何で会社来てるんだろ、って」
「休み?」
嫌われていないのは安心したが、休暇とはこれ如何に。
「もしかして、メール読んでない?」
「メール…………あっ」
昨夜届いたメールに思い至ると同時、百合谷さんの口から驚くべき言葉が発せられた。
「おめでとう、有給300日。今年はもう出勤しなくていいね!」
「はいぃぃいいい――――っ!?」
それは俺に訪れた奇妙な日々の、ほんの始まりでしかなかった。
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