第七章 ????/?/?? これから
それからどの位の時間が経過したのか。
最早、時間という概念が無くなって行くような感じがした。
活動を停止した脳が揺れ、ふわっとした感覚が再び体を襲ってきた。
気が付くと、赤星はふわふわした黄金色の雲の上で四つん這いになっていた。
頭をぶるぶるっと振って脳を起こすと、厳めしい声が遠くから聞こえてきた。
「―――立て、門が開く」
顔を上げ、声の方を見ると、そびえ立つこれまた黄金色の眩しい門と、その前に、真っ赤な長い髪を揺らし、鎧を纏ったミカエルが眉間に皴を寄せ、威厳ある顔でこちらを見てきていた。
右手に燃え盛る鎖を握りしめ、その中のルシファーは、反省した猫の様に素直に垂れ下がっていた。
更に、門の端の方に血まみれの南国服を纏った天月が難しい顔をして立っていたが、見ているとイライラしたので、直ぐに目を逸らした。
「赤星―――大丈夫かい?」
ズキっと痛んだ頭を再度振り、立ち上がろうとした赤星の左肩に、柔らかい手が触れ、その体温を感じるよりもずっと先に、優しい声が耳から脳に響いた。
顔を横にその人物を見ると、先程怪我していた筈のラファエルが、心配そうな顔を覗かせていた。
「うん、大丈夫だよ」
赤星は強がって小さく笑いかけ、ラファエルに支えられながら立ち上がった。
ルシファーとの戦いでグチャグチャになった筈の体を触ってみたり、動かしてみたりしたが、何の問題も無さそうだった。
『魔丸薬』の魔力が抜けた後のあの力は、何だったのだろうか。
「ホントに大丈夫? 凄い音が山の方まで聞こえて来たけど」
ラファエルとくっついたまま考えていると、その背中に飛び乗ってきたのか、ウリエルがひょこっと顔を出して質問してきた。
ウリエルも、凄く心配そうな顔をしていたので、赤星はまた無理やり笑い「大丈夫」と短く返した。
その時、その奥に暗い顔を更に暗くした、絶望の表情を浮かべるアザゼルと、その隣で何が面白いのかニコニコ笑っているガブリエルが見えた。
影一つない黄金色の雲の上なのに、深く窪んだ顔に暗くも暗い影を作っていた。
「―――アザゼルの奴、何があったの? あの女の人って―――」
「恋人だよ、アザゼルの……生き返ったんだ。でも―――」
質問されることが分かっていたかのように、食い気味にラファエルが答えてきたが、更にそれを遮るように、ギィッと大きい音を立て、目の前の門が少しずつ開き始めた。
「これより先は、主の国だ。失礼無きよう」
そう言い残し、ミカエルはルシファーを開き切ってない門の隙間から投げ入れると、自身もその隙間から奥の部屋に入って行った。
「あの人、意外とせっかちなんだね」
「違うよ、赤星。あの門はこれ以上開かないんだ―――さぁ、行こうか」
「へぇ~、不便だね~」
歩き出すと喋りに集中できず、緩んだ声しか出せなかった。
3人が少しずつゆっくり進んでいると、その目の前で天月、アザゼル、ガブリエルの順で奥の部屋へと消えて行った。
「赤星、君―――」
「ん?」
もう直ぐ門を通れるという所で、ラファエルが立ち止まって声を掛けてきた。
赤星も一緒に立ち止まると、言葉の続きを待った。
「ルシファーとの戦いで、怪我の一つもしてないのかい?」
「あぁ、いやいや」
赤星は首を横に振った。
「全身粉々で、1ミリも動けなくなったよ……でも、何で?」
赤星が首を傾げて聞き返すと、ラファエルは口を小さく開いて心配そうな顔をしていたが、首を振ってまた歩き出した。
「ううん、赤星が無事なら、それでいいんだけど」
赤星が数歩早歩きになりつつ何とか追いつくと、ラファエルは「ただ」と言って言葉を続けていた。
「主の国じゃ、魔力は使えない筈だから……どうやって維持してるのか、気になってね」
門の前で2人が立ち止まると、ウリエルが「おっさき!」と言いながら、ラファエルの頭からジャンプして奥の部屋に消えて行った。
そこまで歩いて気が付いたが、門の隙間は眩しく輝いていて、奥はの部屋については何も見えなくなっていた。
「心配してくれたの?」
赤星が意地悪く聞くと、ムスッとした顔になったラファエルと目が合った。
「違う」
ラファエルは門の方を向き直して続けた。
「でも、そうだな……。魔力で傷を治せるのは、その損傷個所に魔力を浴びせ続けなきゃならないから―――気になっただけ」
ラファエルはぶっきらぼうに言って、赤星から体を離した。
「無事なら、それでよかった」
顔を門に向けたまま、小声にそう言い残し、ラファエルは光の中に消えて行った。
赤星は膝をがくがくさせながら立ち尽くしていた。
自然と目頭が熱くなって行くのを感じた。
「ラファエルが、心配してくれた……可愛い!!」
赤星はラファエルが恋しくなり、急いで光の中に身を投げた。
一瞬、ふわふわした光が身を包むのを感じたが、それから直ぐに視界が開け、黄金色の雲が目に入り、前のめりに何度か右足だけで歩き、顔から倒れてしまった。
もふっと顔を黄金色の雲が包み、全身の力が一気に抜けて行った。
もう一生このままでもいいかもしれない。
そう思った時、シャツの襟を誰かが掴んで引っ張り、両脇が外に開こうとした。
その時、シャツの正面が真っ二つに裂けていることを思い出し、顔を真っ赤にしながら勢いよく起き上がった。
小さな黄金色の雲を巻き上げながら、裂けたシャツの両側を引っ掴んで引き寄せ、顔を上げた。
ギュゥっと首が締まるくらい強く引き寄せると、襟を掴む手が離れ、視界の先に上下逆になった天月の顔が映った。
本当に心の底からムカつく顔をしていたが、体周りの血を見て、赤星はゾッとし、怒りよりも気持ち悪さが勝って顔を歪めた。
「何だ、その顔はよ……まぁ、いいから……自分で起きれるんなら、早く起きろ……そして顔を上げて、そのバカ面で驚き叫べ」
やはりムカつきと怒りが勝り、赤星が勢いよく立ち上がって振り返ると、既にそこに天月は居なかった。
そして、今自分が立っている黄金色の雲が、他の黄金色の雲よりも高い位置にあることに気が付いた。
恐る恐る顔を覗かせて下を見ると、赤星を見上げるラファエル達が見えた。
その周りには、文字で真っ黒になった紙が散乱していた。
赤星が手を振ると、ラファエルが怒った様な顔で何処かを指さし、口をパクパクさせていた。
「―――おい。こっちを向け。馬鹿者」
淀みの無い透き通った低音が直接脳に響いてきた。
そんな経験した事の無い不思議な感覚が気持ち悪くなり、赤星は急いで振り返った。
振り返った先にあったのは、赤星の居る雲よりも更に少し高い位置にある雲だった。
赤星は更に顔を上げた。
すると、そこでようやく声の主が見えた。
金色の装飾に赤い布の掛かった椅子に座るその人物は、肘掛けに腕を乗せ、その手に顔を置き、偉そうに赤星を見下ろしていた。
眩しい程の金色の髪の毛が先の方にかけて少し浮き、その間から覗く顔は、鼻筋が通り、唇は薄いが、全体的に整っていてシュッとしていた。
袖も襟も無い、着るという表現が正しいのかも分からない、そんな布の服を纏い、その布の服の間からは薄っすらと筋肉が浮かんでいる肌が見えていた。
しかし赤星は直ぐに、その人物の左前に浮かぶ汚い紙と、その紙に何かをつらつら書き綴っているペンに視線を移した。
「へ~。あれが赤星とかいう―――意外と普通ですね……あと、あの服はもう、服として機能しないんじゃないですか? それに―――ぷぷっ……胸、小さい―――」
雲の上からひょこっと顔を出してきた、もう1人の人物が、失礼にも赤星を見下ろして笑い出した。
その人物の髪は、不思議な事にチラチラと燃えているようで、その髪のような物を括らずしてツインテールにしていた。
その上から覗く黄金色の後光を発している翼は、何枚にも折り重なっている様に見え、とてつもなく威厳を放っていた。
丸顔に付随した丸目を瞑り、大きな口を手で覆ってクスクス笑っていた。
赤星は瞬時にその天使の事が―――好きになっていた。
赤星が胸を躍らせていると、椅子に座って居る人物の左前の汚い紙がふわっと浮かび上がり、その人物の横にひらりと舞い降りて視界から消えて行った。
そして気が付くと、また汚い紙が現れており、ペンがつらつらと何かを書き始めていた。
「おい、赤星―――いつまでメタトロンを見つめている? そして! お前はいつまで笑ってるんだ! 下がっていろ!」
椅子に座る人物が赤星、そして次にメタトロンと呼ばれた天使に顔を動かして、遂にはキレだした。
その瞬間、メタトロンは赤星の視界から消えてしまい、赤星は仕方なく、椅子に座っている人物に視線を動かした。
「―――メタトロン、だと?」
その時、赤星の右隣から、最早聞きなれた、好青年の様な声が聞こえてきた。
ルシファーの声は苦しそうで、その中に驚きが混ざっている様だった。
「―――お前の新しいオモチャか? それとも手駒か? 全く懲りない奴だな……神様? え?」
ルシファーが煽る様に言うと、神と呼ばれた男は顔を動かさず、視線だけでルシファーの方を見た。
飽きれや失望、哀れみなどの様々な感情が混ざった様な、燃え滾る真っ赤な目をしていた。
「黙れ、ルシファー。それと、余を神と呼ぶな。他の神々が蘇りだした今、その名は好かん」
「……何? 他の神々だと? だが、アイツらは―――」
「黙れと言っているんだ」
神と呼ばれた人物はルシファーの言葉を遮り、目を細め、鬱陶しそうな顔のまま、人差し指と中指を出した右手をサッと横にスライドさせた。
するとその直後、ルシファーの唸るような声が聞こえ、直ぐに1言も喋らなくなった。
赤星はルシファーに対してザマァみろと思うとともに、一人称の無い男の事を訝しみ、顔一杯にそれを表現した。
すると、神と呼ばれた男は汚い紙を一瞥し、ニヤッと口角を上げた。
汚い紙はひらりと舞い上がり、視界から消えて行った。
「そうだな―――余の事はギルガメッシュとでも呼ぶがいい。では―――」
「えぇ、神さまぁ~? ギルガメッシュって―――」
「黙れ! お前が悪いんだからな……」
ギルガメッシュがお尻を浮かせて、先程天使の消えた場所に向かって喚き、右手をスライドさせると、「んん~」という甲高い呻き声が聞こえ、直ぐに消えた。
ギルガメッシュは椅子に座り直し、肘をついて頭を預けると、ひと息つく間もなく、改めて威厳ある表情で赤星を見下ろした。
「では、端的に話をしよう」
ギルガメッシュは小さく笑いながら、両肘を脚に預けて前のめりになった。
「赤星、お前には―――悪魔と神々を殺す、ハンターになってもらう」
「―――はぁ?」
「んん!」と隣のルシファーが唸った。
赤星は一瞬呆気に取られたが、言葉の意味が分からず、直ぐに言い返した。
「何で私が―――」
「黙れ。まだ、余が喋っている」
ギルガメッシュがそのままの格好で右手の人差し指と中指を突き出したので、赤星は素直にしんみりと口を結んだ。
「勿論、1人でとは言わない」
ギルガメッシュは赤星から視線を外し、赤星の居る雲よりも下を睥睨した。
そして、右手首をクイっと上に上げた。
すると、赤星のすぐ横に列を成して雲が3つ上がってきた。
雲にはそれぞれ、ウリエル、ラファエルが心配そうな顔のまま座り、アザゼルが恨めしそうな顔でギルガメッシュを睨みながら立っていた。
しかしギルガメッシュはまるで気にしてないかのように、赤星の方を向いたまま続けた。
「この3人に、赤星のサポートをしてもらう……堕天しているこの3人は、他の神々の影響を受けないからな……それと―――」
ギルガメッシュはそこで初めてアザゼルと目を合わせた。
顎を上げて半笑いで口を開いた。
「アザゼルの町―――闇の町は完全に余の管轄になった」
「な―――」
「お前の意女は生きている……安心して、世のために働くことだな」
「な―――そうか……そうか」
アザゼルは気が抜けたように座り込み、ぶつぶつと何かを呟いていた。
拳を強く握りしめ、口角を上げるアザゼルは気持ちが悪かった。
赤星はアザゼルから目を逸らして顔を上げた。
すると、ギルガメッシュも顔を戻していたようで目が合ってしまった。
赤い瞳が赤星を離してくれなかった。
「で、だ……どうする? やるのか? やらないのか?」
「んん……まだ、ちょっと」
赤星は何とか視線を振り切り、ウリエルとラファエルの方を見た。
「―――2人は、どうなの?」
しかし2人は何も語らず、赤星をじっと見つめていた。
瞳が小さく横に微振動し、逆らうのは止めておけと言わんばかりだった。
「赤星、その2人は特に逆らう理由が無い……聞くだけ無駄だ」
ギルガメッシュの勝ち誇った様な声が聞こえ、赤星は顔を戻して睨みつけた。
「どういう意味だよ。もし、ウリエルとラファエルを、その、駒とか言うのにしようとしたら―――」
「焦るな。それに、駒になどする筈が無いだろう……2人とも、余の可愛い子だ……いいか―――」
ギルガメッシュは手を広げ、同じく広げた右手をウリエルに、左手をラファエルの方に向けた。
そして、ギルガメッシュの視線はまず、ウリエルに向けられた。
「ウリエルは元に戻る方法を探さなければならない」
次にギルガメッシュはラファエルを見つめた。
「―――ラファエルは、天使に戻る方法を見つけなければならない」
それを聞いて、ラファエルの顔がパァっと明るくなった。
「も、戻れるのですか?」
「あぁ、ラファエルは自ら進んで堕天したわけでも、余が堕天させた訳でもない……堕天させた神を殺すか、他の方法を探すかだ……まぁ、可能性は大ありだ」
ラファエルのキラキラ輝く顔が赤星を見つめた。
「やろう!」とでも言いたげな、純粋無垢な顔だった。
それから直ぐに、ウリエル、アザゼル、ギルガメッシュの視線が同じように飛んできた。
赤星は後退りし、ほんの少し前の、日本での生活を思い返した。
確かに仕事は怠く、上司はキモウザで、街はネオンライトが乱反射して眩しく、四六時中煩い。
家に帰っても平穏は無く、隣の部屋に住む外国人の叫び声や喘ぎ声が聞こえ、捨てるのが面倒臭くてため込んでいたゴミが異臭を放っていた。
それが、今やどうだろうか。
確かにウリエルとラファエルは大好きで、まぁ、アザゼルは要らないが……そんな人たちと仕事をすることが出来るのは、どれ程幸せな事なのだろうか……。
それに……戦うのは、嫌いじゃない。
あの高揚感は、戦いの時以外では味わえない……初めての感覚だった。
だが、相手が強い悪魔や、神となると、話は別かもしれない……力の殆どを失っていた筈のルシファーにすら、手も足も出なかった。
「―――悩むことは無い。お前の戦いのセンスは飛び抜けている筈だ……それに、ソイツの魔力の大部分を持っているお前が……当面、負けるとは思えん」
赤星は顔を上げた。
ギルガメッシュは勝ち誇った顔で赤星を見下ろしていた。
「まぁ、勿論。それは、余の予想の範疇に過ぎない……甦った悪魔は力を付け、神々も共闘でもして余の座を―――厳密に言うと、この空間を狙って動き出している筈だ」
「―――何で神様達は、この場所がそんなに欲しいんだよ」
「……この場所は、時間何て言うちゃちなものを超越した場所だ……そんな場所は、唯一無二、ここだけだ……しかも、この下には生命の樹と知恵の樹がある……神々は口から手が出るほどそれを欲しがる……他の生命を創り出すのも、この場所では訳も無い」
そう語ったギルガメッシュは、前屈みで雲を小さく引きちぎると、何度かそれを揉み、掌を広げた。
するとその掌の上には、見た事の無い奇妙な生き物が乗っていた。
ライオンとも鳥とも蛇とも言えないその生き物は、掌でクルクルと意味も無く走り回っていたが、直ぐに力尽きたように横になり、微動だにしなくなった。
ギルガメッシュがその生き物を投げ捨てると、その生き物は雲の一部に戻って溶けていった。
「まぁ、そんな所だ……因みに、人間の始祖が知恵を付けたのは、そこの馬鹿者が人間の始祖をそそのかして知恵の樹の実を食わせたからだ……そして勝手に人間に嫉妬し、余を凌ぐ力を持つと勘違いし……そして、余では無く実の兄に敗れた―――」
ギルガメッシュは哀れみの目でルシファーを一瞥したが、直ぐに目を逸らし赤星の方を見た。
「どうだ、戦う理由はこれだけで十分ではないか?」
「……話半分で聞いてたから良く分からんけど……今の話の中に、私が戦う理由あった?」
赤星が質問を飛ばすと、何故かアザゼルの方からため息が聞こえてきた。
しかし、ギルガメッシュは逆に、その理解力の無さを楽しんでいるかのように笑って返した。
「はっは! ―――お前は面白い奴だ……はぁ、いいか」
ギルガメッシュは前屈みに右手を前に出し、人差し指ピンと上げた。
「1つはお前の可愛い堕天使ちゃんを救える」
赤星はドキリとしたが、ギルガメッシュは我関せずで、中指を上げて続けた。
「2つ目に、ルシファーの分体であるお前が、余に借りを返せる」
「―――ちょ、ちょっと待てよ! 何で私が、このバカの借りを返さなきゃなんねぇんだよ!」
「でなきゃ、お前には消えてもらう事になる」
「っな!」
「死国が通用しないと分かった以上、危険な力を残しておく意味も無いからな……それが嫌なら、余の為に働くことだ……出来る事ならその力を生かしたい……故に、ルシファーも消さない……ロケットの一部に封じ込め、それをお前が身に着ける」
言うが早いか、ギルガメッシュが手を一振りすると、隣にだんまり座って居たルシファーの体が眩い光に包まれた。
赤星は腕で視界を覆い、光が消えた頃に急いで腕を顔から離すと、ルシファーが居た場所には、装飾も無い、簡素な銀製のロケットが落ちていた。
「さぁ、赤星……それをどこに身に着けたい?」
「いや、そんなの着けたくない」
「そうか」
ギルガメッシュがまた手を一振りした。
すると、ロケットが赤星の方に飛んで来て、鎖を首に巻き付け、ロケット本体が貧相な胸の間に収まった。
「何だよこれ! 離れねぇ!」
赤星はロケットの鎖を掴んで左右に強く引っ張ったが、全く切れる気配がしない。
手が割けそうな程痛んだので、直ぐに鎖から手を放してギルガメッシュを恨めしそうに睨みつけた。
「これで決まりだな。4人1チームで頑張ってくれ―――」
ギルガメッシュが1人で解決して会話を終わらせると、またしても勝ち誇った顔で立ち上がり、汚い紙を持ってぺらぺらと左右に振って見せた。
「因みにだが、赤星―――この紙でお前の動向は分かるからな……そこの3人も居る……サボろうなどとは考えないことだ―――読んでみるか? 今までの、お前の行動や、考えを」
ギルガメッシュがそう言うと、開いた右手に汚い紙の束が飛んできた。
ギルガメッシュはそれを投げてきて、赤星は何とかそれを受け取った。
赤星はそれを1ページ目からパラパラと読み、絶句した。
「な、何だよ……これ! 気持ちわる! お前、粘着ストーカーじゃん!」
赤星が汚い紙の束を投げ捨てると、どういう原理なのかその束はギルガメッシュの元へと帰って行った。
「失礼だな。この日記が勝手にそうなったのだ……多分、ルシファーの魔力に侵されたせいだろう……と、言うよりは最早―――」
ギルガメッシュが手元の、現在進行形で書かれている、左手の汚い紙を投げ捨てると、何処からともなく新しく汚い紙を左手に現した。
「もっと、完璧なものにしよう……完全に、お前の感じた事、見たもの。そして、考えたことが書かれるようにな……余はこれを『明星の日記』と呼ぶことにした」
「『明星の日記』……ダサッ! 男臭! はぁ? マジでキモイ! 止めろよ!」
「もう遅い。 さぁ、お前たちを地上に返そう……覚悟は良いな?」
「ちょ、ま―――」
ギルガメッシュは答えを聞く間もなく、両手を大きく広げ、汚い紙を投げ捨てた。
「さぁ、これからお前は壮絶な人生を歩んでいくことだろう! 精々、精進することだ」
それを最後に、体がふわっとした感覚に襲われ、視界が真っ暗になった。
脳が揺れ、体がひっくり返る様な感覚の後、全身が脱力し、意識がぷつっと途切れた。