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明星の日記  作者: 芥之 相
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 第五節 日記

 「どうだい、白シャツ黒パンツの不思議な恰好のお客さん……その日記、不思議だろう?」

 「―――あぁ、本当に」

 「……そんなに気になるなら買って行きない!」

 「いや……すまない……金が、無いもんで……ほら、このご時世だろ? 文字通り、神も仏も、悪魔も無い時代だろう? 金なんて、ましてや、ろくに水も食い物も無いんだ」

 「……何だ、文無しかい?」

 「あぁ、すまないね―――あっ」

 「悪いが、文無しにこれ以上は読ませる義理は無いね」

 「ちょ、ちょっと。もうちょっとだけ、読ませてくれないか!」

 「ふん、だったらちったぁ金をだしな!」

 「そ、その日記の。赤星という人物がどうなったか、気になるんだ!」

 「ふっはっははは! こんな作り話にか? 確かにこの『明星の日記』は神の創ったモノだとか呼ばれてるし、現に、今も日記が更新されるとかいう噂があるが! そんなの、金目当ての迷信なんだよ? ほら! 見て見ろ!」

 「――――――お、おい」

 「あぁ?」

 「……日記に、新しく、文字が―――刻まれているぞ……」

 「ふっはっははは! 俺の気を揉もうとしているのか?」

 「ち、ちが―――『私は、暗闇の世界で、目を覚ました』? だ。本当にそう、書かれているんだ! ―――ほら!」

 「おい! 返せ―――なっ」

 「なっ? 今、書かれているだろう? これは、本物なんだ!」

 「お、おい……おい! 今すぐ、その日記を返すんだ!」

 「ま、まて! 今、書かれているんだ! これを―――読ませてくれ!」

 「ダメだな! 今すぐ返せ! それを国王に売って、俺も貴族に―――」

 「あっ!」

 「―――お、お前……やり、やがったな……そんな、力を、隠し―――」

 「そ、そんな……お、俺の力じゃ―――はっ」

 「『私の意識が……体の感覚が、少しづつゆっくりと戻って来た……今、男を1人、殺した、そんな気がする……今、どうなっている? 私は、生きているのか……最後の記憶は……何だった……?』だと? どうなって―――うっ」

 「――――――ここは……?」

 真っ暗な景色が晴れ、体が一気に重くなった。

 埃臭さと陰気臭さが鼻腔をくすぐり、それから直ぐに口が酷く乾いている事に気が付いた。

 腹の虫が爆音を立てて、音も見覚えも無い店内に鳴り響いた。

 周りを見ると、棚の上に乱雑に撒かれた、有象無象の道具類や変な物体が入った緑色の液体の入った瓶が目に入り、それから直ぐに、目の前に転がっている男に気が付いた。

 「……何だ、こいつ……死んで、るのか?」

 男の体に傷は見えないが、黒い煙のような物が男の体の至る所から漂っていた。

 その時、右手がズキッと痛んだので、私は顔を下げて右手を上げた。

 痩せ細った右手には、覚えのない切り傷が付いていた。

 流血と共に、男の周りに漂っていたモノと同じ黒い煙が飛び出していた。

 「何だ……何が、どうなって……記憶が―――何も、思い出せない……」

 私はその場で屈み込み、頭を抱えた。

 その時、地面に転がる日記のような物に気が付いた。

 それを見た時、私の頭が鋭く痛んだ。

 それでも私は、どうしてもその日記が気になり、拾い上げた。

 1ページ目を開いて見た。

 それから直ぐに、2ページ、3ページと読んだ。

 不思議と、読みだしたら手が止まらなかった。

 それから暫く、私は空腹も渇きも忘れて日記を読み進めた。

 そして、『デビゴット』という組織が出来た所で、空腹に耐えられなくなって立ち上がった。

 私は無意識に、日記を強く抱えたまま立ち上がり、ふらふらと店の奥に歩いた。

 カウンターを乗り越え、扉を開き、その先にある部屋に入った。

 すると、少しずつ、鋭くなっている嗅覚が食べ物の匂いを察知した。

 私はとある箱の前で立ち止まった。

 その箱をこじ開けると、中に黄色や緑の物体が入っていた。

 私は無我夢中でそれを食べ漁った。

 甘い物、苦い物、酸っぱい物があったが、直ぐに味覚が痺れたので、気にならなかった。

 「ふぅ」

 箱の中身が無くなった頃、私は姿勢を正し、近くにあった布を日記に巻き付け、大事に胸の中にしまった。

 骨の様に硬い胸板にそれを押し付けると、不思議と落ち着き、私は満足して顔を上げた。

 その時、目の前に見覚えの無い人の姿が見えた。

 私はその顔に近づいて、自分の顔をペタペタと触ってみた。

 その人物は私と同じ動きをして見せた。

 「……これは? 私、なのか?」

 黒く長い髪だが左前髪をピンでまとめてあったので、左目だけ飛び出していた。

 飛び出した左目は吊り目の二重で大きく見え、目の周りは痣のように黒くなっていた。

 紫色の瞳に黒い煙がふわふわと漂っている、そんな風に見えた。

 これが本当に自分の顔なのか、私は色々変顔をしてみたが、間違いなく、同じ動きをしてきたので、私の顔らしかった。

 その時、ふと気になったので、右手で股間を触ってみた。

 「……ついてる」

 ナニが、とは言わないが、立派なのがついていた……どうやら私は男らしい。

 身長はそんなに高くないのに、不釣り合いだなぁ、と思いながら、私は再び歩き出した。

 店内に乱雑に散らばった物や、男の死体を蹴飛ばして私は店の扉を勢い良く開けた。

 するとやはり、見覚えの無い景色が広がっていた。

 何も無い荒野の様にも見えた。

 しかし、流石にそんなことは無く、遠くの方に平らな地面に突き出る、背の低い三角形の影が見えた。

 あそこが元々、この体―――私の住んでいた場所なのかもしれない。

 私は日記を強く抱きしめ、歩き出した。

 この世界で、何が起こっているのだろうか。

 覚えているのは、読んだ日記の内容だけだ。

 何故か、その内容だけは間違いなく、鮮明に、その状況を経験したかのように思い出すことが出来た。

 この日記が、私が何者なのかを思い出させてくれる気がした。

 この日記を読みながら、この荒れた世界で生きていくことが、今の私に出来るのだろうか。

 この神も仏も居なさそうな世界は、どうして出来上がったのだろうか。

 ……私の事を、知っている人間が居るのだろうか……。

 …………その答えは、この旅で、見つかるのだろうか……。

 私は、ボーっと、なるべく何も考えないようにしながら、影に向かって、ゆっくりゆっくりと歩き続けた。

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