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明星の日記  作者: 芥之 相
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第八章 2024/4/05 デビゴット

 「―――で? 何で私たちこんな事してる訳?」

 「黙って働け―――ほら、次の瓦だ」

 現在、私たちは仕事の依頼を受け、とある古風な一軒家の瓦の張り替えをしていた。

 アザゼルから受け取った瓦を、先に敷いていた瓦の下にはめ込み、桟木と瓦を銅線で固定するという単純な作業だ。

 「てかさぁ、そもそもこんな事ずぶの素人に依頼するってどうなってんの? あぁ~あ。やっぱ部屋の掃除にしとけばよかった!」

 「文句言ったって仕方が無いだろう? 俺達は生活しながら悪魔退治をしなきゃならんのだ―――ほら、次だ」

 アザゼルから瓦を受け取り、全く同じ作業を繰り返した。

 「はいよ~―――てかさ、アンタら前職天使なんだから食事とかいらないでしょ? 家貸してやってんだから、このバイトの金は全部私のでいいでしょ?」

 「バカ言うな、俺達だって飯は食う……それと、言い忘れていたが、今週末、俺は闇の町に帰るから、バイトは1人で任せた」

 「んな! それはひどくない? しっかり目見開いて見て見ろよ! 2人で丸2日やって半分も終わってないんだが?」

 「知ったこっちゃないな……金は全部お前の物なんだろ?」

 「じゃぁ、じゃぁさぁ! 私たちも闇の町を拠点にしたらよくない?」

 私の言葉に、アザゼルは勢いよく立ち上がって瓦を思いっきり遠くに投げ捨てた。

 「バカ言うな……あの町を危険に冒すというのか?」

 アザゼルは唸るような低音で言うと、踵を返し梯子に手を掛けた。

 瓦の割れる音と悲鳴が、遠くの方から聞こえてきた。

 「ちょ、まだ終わってな―――」

 「知らん。俺は帰る」

 そいう言い残し、アザゼルの顔が禿げた屋根先の下に消えて行った。

 放心して絶望していると、屋根の天辺に降り立った鳥が、踏ん張って糞をし、また飛び立っていった。

 「……何だよ」

 立ち上がって少し歩き、少し離れた位置にある、陽を受けて燃えるように熱い瓦を持ち上げた。

 そして元の場所まで歩き、同じ作業を繰り返した。

 「……キリねぇよ」

 私の独り言は虚しく、瓦の隙間の闇へと吸い込まれていった。

 

 「ホント、ありがとねぇ……そういえば、あの背の高い子、どこ行ったの? あなた1人? 大変だったわねぇ……はい、今日の分のお給料。明日からもお願いね?」

 「はい……どうも~」

 井草の匂いで満ち満ちたおばさんから封筒を受け取ると、鼻の先でぴしゃりと扉が閉まった。

 「はぁ……帰ろ」

 どうしようか……結局あれから特に作業も進んでない……アザゼルに謝るべきだろうか……でも。

 私の性分的に、無理なんだろうな。

 素直になれない……というより、あんな化け物に頭を下げたくない。

 「でも、怒らせたのも事実だしなぁ~」

 白んだ薄暗い街灯の明かりが丸く照らしつける道を進んでいると、少しして、聞きなれた騒音と見慣れた吐き気のする様なネオンライトの光が届いてきた。

 遂に国道沿いに出ると、反対側の道を歩く男の怒号や、時折通る車の黄色や青白いライトが眩しく、その度に目を細めて歩いた。

 汚くも生暖かい4月の風が頬を撫でて通り過ぎていく。

 遠くの方でぼやけて見える、眩しい光の群生を見つめながらボーっと歩いていた。

 力を得て嗅覚が良くなったのか、いつも感じるそれらに付随して、生ごみの様な匂いを感じるようになってしまっていた。

 最近は魔力を感じながら生活する様に気を遣っているが、まだ制御しきることは出来ていなかった。

 例として、退職届を出した時に上司にお尻を触られ、キレた拍子に上司を殴り、壁に頭を埋め込んでしまった。

 その後直ぐに会社を飛び出して逃げたが、あのジジイはどうなったのだろうか……まぁ、今更どうでもいいが。

 更に例として、コンビニの縁石を超えようとジャンプしたら、力加減を間違えて飛びすぎ、気が付くと平たい屋上に着地していたこともあった。

 あの時はアザゼルにこっぴどく叱られたし、降りるのに凄く手間取った。

 更に更に例として、家でウリエルと遊んでいる時に、はしゃぎすぎて壁を突き破り、ピロートーク中の外国人と目が合ったり、ゲーム中のモニターを顔面で突き破って目が合い、気まずかったこともある。

 普段キレない大家の婆が、あの時だけは、若返ったように物凄い覇気と怒号で怒ってきたのを、今でも鮮明に思い出せる。

 皴だらけの顔が赤くなり、新鮮なひき肉みたいになっていた。

 この5日間、全く戦闘していないのに、魔力を意識する生活に意味があるのか分からないが、ラファエルがそうしろというのだから、間違いないのだろう。

 早く家で癒されたい。

 ボーっと歩き、封筒を握りしめ、コンビニの扉の前に立つと、ゆっくりと扉が開いた。

 その時だった。

 胸の中のロケットが飛び跳ね、内側からシャツを押し上げた。

 そこでようやく異変に気が付くことが出来た。

 カラカラと音を立てる、見覚えのある醜い見た目の生き物がコンビニの弁当を漁っていた。

 「あ、ああぁああ。た、たすけてくださひぃぃ!」

 カウンターの後ろで腰の引けている店員が、私を見て助けを求めてきた。

 ルシファーとの戦いの後、初めての戦闘になりそうだ。

 インプはルシファーと比べると、超超超超超低級悪魔だと散々アザゼルに説明されていた。

 アザゼルの悪魔勉強会は酷く退屈で特に記憶にないが、それだけは鮮明に覚えている。

 ごくりと生唾を飲むと、体温が上がっている事に気が付いた。

 心臓が高鳴り、興奮していたのだ。

 それに自分自身、遅れて気が付いた。

 やっぱり、本能的に戦うのが好きなのかもしれない。

 私は不器用に慣れない拳を構えた。

 拳を強く握りしめると、グローブがキュゥと音を立てた。

 その音に呼応するように、インプが手を止め、私の方に顔を向けた。

 カラカラと音を立て、石と一緒に弁当の魚を吐き捨てながら、床に投げ捨てていた剣モドキの鈍器を持ち上げて構えた。

 ポッコリ突き出たお腹が呼吸の度に動き、吐く息は何故か白く見え、目は血走っていた。

 インプは長い尻尾を叩きつけて床を叩き割ると、それを合図に私に向かって突進してきた。

 私は右手に意識を向けた。

 突進してくるインプの顔面に、リズム良く右手を振り下ろした。

 一瞬ピリッと雷が走ったが、直ぐに右手はインプの石の様な顔面を抉り、インプは空中で砂になって消えて行った。

 本当に、一瞬の出来事だった。

 砂を吸わないように息を止め、自分の右手を見つめた。

 「あぁ、私……強くなってる」

 「―――当たり前た」

 私の右肩に大きな骨の様に角ばった軽い手が乗り、アザゼルの声が聞こえてきた。

 「今日はコンビニ食では無く、ファミレスへ行くぞ……部屋の掃除が終わったらしい。その祝いだ」

 「あ、そう」

 「……祝われる程大がかりな掃除になる、自分の不潔さを自覚する事だな」

 私は恨めしい目をアザゼルに向けながら手を払いのけた。

 謝ろうかという気持ちは、もう微塵も残ってなかった。

 「悪魔の気配がしたからびっくりしたよ! 大丈夫だった?」

 「あぁ、うん……大丈夫だよ」

 アザゼルの背中からひょこっとラファエルが顔を出した。

 私は殆ど本能的に答えを返していた。

 その背中をよじ登り、アザゼルの頭を伝い、ウリエルが私の背中に飛び乗ってきた。

 「強くなってる。もう、インプには負けないね」

 「うん。任せてよ」

 ウリエルの髪から漏れる星形をぼんやり眺めながら、いい匂いに惚けて頭を撫でていると、視界の端でアザゼルが目を細めているのが見えた。

 「さぁ、早く行くぞ……騒ぎになったら困る」

 「―――ちょ、ちょっと待ってくれ! あんたら一体?」

 声の方を見ると、コンビニの店員が驚きと興味で目を見開いて、カウンターから身を乗り出していた。

 「どうする? 誰か、記憶消せる?」

 ラファエルの質問に、私もアザゼルも肩をすくめた。

 ウリエルは端の方で苦虫を?み潰したような顔をしていた。

 「大丈夫だろう……貴様、誰にも言うなよ?」

 アザゼルは脅すように唸ると、右手の上に玉を浮かし、気が付くと右手には鍔の無い、白鞘を連想させる様な、刀身の長い刀が握られていた。

 「お前、そんなのも出せたのかよ……」

 私がそう質問すると、アザゼルは近くの商品棚をスパっと切りながら「最近覚えたんだ」と小さく呟いた。

 「俺も、勉強を怠っていた……人の進化というのは侮れない」

 アザゼルが言いながら刀を捨てると、床に落ちた所で霧となって消えて行った。

 「刀って、だいぶ前の武器だろ……」

 踵を返し、コンビニを出る直前に後ろを振り返ると、カウンターの上に身を乗り出したままの店員が、顔を真っ青にして顔の開ける所全てを全開にしていた。

 それが面白かったので、私が微笑むと、何故かその店員の頬が染まっていった。

 非常に気味が悪かった。

 

 「それで? チーム名は決めたの?」

 最寄りのファミレスで、久しぶりの肉を噛み締めながら質問すると、正面でパフェを貪るウリエルが顔を上げた。

 どうやって食べたらそうなるのか、頬にクリームを一杯に付けていた。

 「べびぼっご」

 「……え? 何?」

 聞き返すと、呆れ顔になったウリエルがパフェに戻り、隣のラファエルがクリームソーダを飲み切って、はぁと息を吐いた後に答えた。

 「デビゴット、だよ」

 「へ~……語感は良いけど。なんか意味とかはあるの?」

 「考え方は人それぞれだ」

 何故か隣のアザゼルから答えが返ってきたので、私は目の前の肉に集中した。

 肉汁がライトの明かりを反射してキラキラと輝いて溢れ出していた。

 「そうだ、1つ言い忘れてた」

 愛しのラファエルの声に、私は顔を勢い良く上げ過ぎて首の筋がピキッと痛んだ。

 「な、何?」

 「依頼が届いてるんだ」

 私は自然と暗い顔になっていた。

 「また屋根の修理とか? 今のも終わってないのに?」

 その質問に、ラファエルはムッとした顔になった。

 「違うよ。もし仮にそうだったとしたら、こんなに勿体ぶって話したりしないよ」

 「あぶばだいびびだいばよ」

 ウリエルが横から声を出したが、今度はプリンを丸ごと飲み込んだせいで口が一杯になり、何も分からなかった。

 「そう、悪魔退治依頼だよ」

 私はそれを聞いて、聞きながら放り込んだ肉を盛大に吐き出した。

 「え? でも、一体誰から?」

 「最近は―――」

 アザゼルの声が聞こえ、私は手元にあった味噌汁を飲み始めた。

 「便利な板があるものだな」

 しかし、その言葉がどうしても気になり、横目にアザゼルを見ると、手には見覚えのある、しかし現代を生きる私ですら持った事の無い物が握られていた。

 私は盛大に味噌汁を吹き出し、アザゼルの手から板を取り上げた。

 ウリエルの嘆く声が聞こえたが、今だけは無視した。

 「何でこんなもの持ってるんだよ!」

 「どうやら俺は、お前より人間世界に溶け込めているらしい」

 アザゼルは私の手から板―――スマホを取り上げると、何か操作をし、液晶画面を私の方に向けた。

 そこには大きいゴシック文字で『デビゴットのハンター依頼』と大きく銘打っている、ウェブページが表示されていた。

 「これは我々デビゴットの依頼募集サイトだ……自ら歩いて情報収集するより、よっぽど効率が良い……変人扱いを受ける事も無くなるからな」

 「お、お前、こんな事まで出来んのかよ」

 私が驚いていると、ラファエルも感心したような顔でアザゼルを見上げていた。

 「凄いよね~そんな物があるって聞いた時、ホントにびっくりしちゃったよ」

 「ま、そう言う事だ……最初の依頼は―――」

 私達はこれからについて大声で話し、ファミレスを出てからも話し続けた。

 これからの事が、ワクワクして堪らなかった。

 恐怖なんて感情は、微塵も湧いてこなかった。

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