第7話 初めての、無為な一撃
到着した1つ目の街。到着して数分、そこはまるで被災地のようになっていた。
周囲はボロボロ。この地下だった場所は大きな穴を開け、立派だった兵舎丸ごと崩落した。
瓦礫が散乱し、積まれているせいで周囲の状況が掴めない。分かるのは、上空の激戦だけ。
アイラとロー。何故か重力をかけられながら上空に留まっているアイラと、似合わない光る大剣を軽々奮うロー。
アイラの速度にローが対応している形で戦闘は進むが、ローの攻撃がアイラに当たるようになって来ている。状況としてはアイラが不利か。
ぶつかるごとに衝撃波のようなものが視認出来る戦い。一瞬の判断の連続、熟練の戦闘技術、魔術性能、どれをとっても恐らくとしか言えないが最高峰。
僕に出来ることなんて、ない。
そう言い切れるくらいには、かけ離れて・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・いや、待て。
視認出来るわけがないんだ、通常なら。
恐らく魔王幹部最強の速度を持つアイラ。重力でデバフがあると言えど、その戦闘がこの世界に来たばかりの僕に見えるものか?
気付けば分かる。動体視力が上がっている。並外れていると言っていいほど。
魔王の性能。今初めてそれを実感出来た。なら。
・・・・・・・・・魔術が使えずとも、どうにかなるんじゃないか。
試す、くらいなら。
魔力を左の指先に溜め、ローを指す。右手は下げ、左腕から右腕、魔力で矢を形成してみる。
流動するエネルギー。ふわふわしてるし、絶えず霧散するそれを無理やり維持する。
で、発射はどうするのか。
それだけでもそう簡単じゃない。でも僕は異世界人。現代技術を知っている。少しは。
考えるは弓ではなく、銃だ。火薬の爆発力で弾丸を発射するそれに見立てれば。
魔力による攻撃は魔力で防げると。右手を魔力で覆えば、理屈上爆発くらいは問題ないはず。
そんで、爆発は少し難しい。魔力エネルギーを1点集中、収束し、圧縮され、耐えきれなくなったところで。
魔力爆発で魔力を発射する。無論試したことのない実験のような攻撃だが、試してみるか。
「言ったところ、ガン=マナってところか」
そして、発射!
「ッ!!」
爆発と同時に、ローの方へ魔力の矢が飛んで行く。
発射は成功、狙いも上々、ローの鼻先へ速度を上げて進んでいく。だが。
・・・・・・・・・実験は失敗だ。
その矢はローを動かすことすら出来ず、弾かれ消滅する。
「はぁ!?んだ今の!?」
通るわけがない。まともに魔術を使えず、魔力の出し方をさっき学んだばかり。攻撃ですらない、ただの戯れだ。
それは分かっていた。だからこそ、放った。
その攻撃で一瞬、意識を引っ張れると知っていた。
「止まってますよ!」
その一瞬を作れば、一瞬を生きるアイラにとって格好の隙だ。
剣の一撃をまともに受けたローは、堕とされた。僕の目の前に。
どうやら勝敗は、決したようだ。
なんのダメージのない攻撃でも、無視されることはないと分かっていた。
ローが警戒しないわけがない。魔王の動向を、思惑を、攻撃を、意識外に置くわけがない。
だから、それになんの種も仕掛けもないと分かれば、絶対に動揺し、反応せざるを得ない。
だからこそ、無理して攻撃をした。ただ。
「クソがッ、」
「動かないで。決着です」
立ち上がり、僕に迫ろうとするローの足が止まる。
首に刃。アイラが勝利を宣言する。ただそのアイラの意識は、僕へと。
(まだ魔力の存在を知ったばかりなのに、魔力で攻撃を。だけど、)
「ちっ、負けだ。なんであいつ倒れてる」
実験は失敗。なぜなら、自傷ダメージだ。
爆発した右腕が焼けるように痛い。多少は護れたらしいが、大火傷だ。
痛み。感覚はなくなり、内側の痛覚だけが残っている。大怪我、激痛といっていい痛みのはずの割に、魔王の肉体の影響か、大丈夫だけど。
いや決して!大丈夫じゃない。蹲るしかない。
「彼は魔王の身体を預かった、異世界人です」
剣を下ろしてアイラ、簡潔に事実を告げる。その一言が、認識して欲しかった一言だ。
「ちっ、んだよそういうことかよクソが」
「ええ。今の状況、魔王ノアの思うつぼかと」
そう、思うつぼだ。
実際今の僕がここにいる状況。これは魔王の仕組んだことだ。アイラの言う通り、魔王が瀕死ではなかったのなら、そういうことになる。魔王の意識、というか魂ががここにないのなら、他でどうやってか生きているということ。
つまりは、敵多いこの身体を放棄することで、自身は自由に動けるという算段。僕は囮にされたってこと。
だから現状、ローと戦いを続けるのはまずい。今、全員で対魔王の構図が出来ているのだから、敵の敵で戦い合っている状況。
と、ロー含め、他の魔王幹部全員の共通認識とすべき情報。
「じゃあなんで俺のとこ来た。この雑魚連れてよ」
「僕がっ、言ったんだ。魔王幹部全員を、集めるべきだって」
なぜかと聞かれれば答えずらいのだが。そうする、そうしたいと決めた。
僕が決めたことで、僕が背負う行動の責任だ。
「はっ、対魔王反乱軍でも作ろってか?群れるのはお断りだ」
その返答は、分かってはいた。初対面でもそうだし、それほど上手くいくとも思っていない。そうなってくれた方が無論良かったけど。
だから、今の僕が最大限できる成果を。
「一緒に来てくれとは言わない。ただ、死なないでほしい。それが僕の要求だよ」
「はぁ!?」
「今の僕が防ぐべき事態は、魔王幹部を失うこと。それを避けるための要求、どうかな?」
「・・・・・・・・・お前、割と肝据わってんな」
度胸とか、勇気とか、根性とか、そういうのは違う。肝なんて据わってないし、痛いのも凄く怖いし嫌だ。凄まれれば腰が引けるし、ローみたいな人はほんと怖くて関わりたくないと思う。
でも、こうなってしまった。逃げようのない事態になって、気づいた。
あまり、変わりはない、と。
過酷な状況で、逃げられない環境になった。恐怖も痛みも苦しみも、飲み込んで進まなければいけなくなったと気づいて、ただそんなことか、とそれそのものまで飲み込んだ。
そしたら、思ったより考えることがなかった。
もう逃げられない、この世界に来た時点でほぼほぼ選択肢なんてなかった。だから僕は、思った以上にストイックに、こうして行動に移せた。頭を切り替えられた。
取るべき行動を。そうして今、ここに立っている。
ローは少し考える素振りを見せ、再び口を開く。
「・・・・・・・・・ま、いいだろう。負けてんだ、文句は言えん」
「ほんと?」
「だが1つ。これは、俺が魔王のくそったれと再会するまでだ」
「え?」
「魔王と会えば、俺はあいつを殺す。死ねない制約がついたまま、あいつとはやり合えねえ」
「・・・・・・・・・分かった、それでいいよ」
殺したいほど憎んではいるけど、殺せると思えるほどやわな相手じゃないってことか。死ぬ覚悟をして挑む必要があると。
魔王は誰しもに憎まれてはいるけど、その実尊敬されているようにも見える。もちろん、ある一点において、という前置きは必要だが。
でもとりあえず、これで最悪は防げた。方針を掲げて早々に挫かれては先が思いやられるからな。
「じゃあな、俺はいく。てめえらも早く出ろよ、追手が来る」
「ええ。また」
「あっと。ちょうどいい、これやるよ」
「え?、っと」
いきなり投げ渡されて、慌てて捕まえる。光るビー玉みたいなものが飛んできたと思えば。
「んじゃな。こんな要求しといて、みっともねえ死に方すんなよ、二代目」
二代目はやめて欲しい。けど、なんだこれ。
キューブ。サイコロのような。それは、サイズは違えどさっき見た・・・・・・・・・。
「ええ!?これ、これって、」
気付いたころには、ローはどこにもいなかった。後ろ姿すらなく。
その男は、重力を操る魔王幹部7位の男。最後に宝器を置いて行った、殺気の鋭い乱暴な男。
彼の置いて行った光るキューブを眺めて、遠くない内、また出会うことを予感した。