第4話 魔王の意図
第二の生、完。
・・・・・・・・・と。
正確に首を狙われ、速く、鋭い刃が、頭と胴を、完全に乖離させ・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・生き、てる?」
ゆっくりと目を開け、確認する。一瞬過ぎて痛みもなく、死んだのに気づいていない落ちじゃ、ない、よな?
「っ!?」
剣の刃が首に、当たってる・・・・・・・・・っ。
動けず、視線しか動かせない。神業のように止まった刃と、少女の刺すような冷たい瞳が、安易に動くことを不可能にしている。
何故寸止めで。いや何故殺しに。
思考がまとまらない。首の剣。本当に寸止めで、触れているのに血は出ておらず、負傷はない。
その神業が、さらに深い恐怖を生む。
「あなたは何者ですか」
「っ!?あ、えっと!その・・・・・・・・・」
上手く話せない。恐怖で呂律が回らない。
そもそも、何者と聞かれて、僕は何者と答えればいい。異世界人?魔王の姿をして信じてもらえるものか?
「・・・・・・・・・はあ。あなたは本当に魔王様ではないようですね」
「!」
首元にある剣を下げ、納める少女。勝手にそう判断して、勝手に助かったらしい。助かったー。
「し、信じて、くれるの?」
「魔王様は演技得意ではないですから。それに気配が違う。肉体は魔王様のものと分かりますが」
そう冷静に判断してくれた。いきなり問答無用で殺しにかかって来た割には、話が通じるタイプだったらしい。
しかし、まだ難は去っていない。
「で、あなたは何者ですか」
一区切りして、同じ質問が飛んでくる。手はまだ剣を離れてはいない。
答えを間違えては、また刃が飛んでくる!慎重に選択肢を選びたいところだが、時間をかけすぎるのはまずい。
さて、どうするか。こういうときの対処法は、なんだ。
「・・・・・・・・・」
「答えられませんか」
「・・・・・・・・・異世界から来ました、神田耕平です!」
「・・・・・・・・・は?」
もう何も分かんなくて、とりあえず頭を下げて自己紹介をする。
素っ頓狂な「は?」を頂いたが、怖くて頭を下げたままあげられない。
だって、疑われない方法何も浮かばなかったんだから、仕方ない。
異世界人、なんて曲者と殺される危険はある。しかし、だ。
口ぶりからして、この子の狙いは魔王ノア。一番まずいのは、僕が魔王ノアの肉体を借りた魔王の部下と思われること。
・・・・・・・・・いや。彼女も部下のはずなのだが。
結果的に一番悪くない選択だったかも。正直に異世界人であることを告げ、頭を下げるのは。
魔王によると、僕の肉体は二か月前ほどに異世界召喚されている。異世界召喚という単語を彼女が知っている可能性もあるし、その場合そこに結び付けてくれるかもしれない。
「異世界・・・・・・・・例の異世界人?術式を本当にノアが・・・・・・・」
良し、知ってた!
・・・・・・・・・いや、異世界人?例の?
死した僕の肉体のことか?いや、にしては言い方が引っ掛かる。
魔王が言うに、僕は死んでるんだ。異世界召喚失敗ってことになる。のに、例の異世界人って言い方になるか?
「・・・・・・・・・あの。例の異世界人って、僕の死んだ肉体の、こと?」
「死んだ肉体、ですか?いえ、56日前のことです。アポロン王国が集団の異世界召喚術式を成功させた。そのことですが」
「・・・・・・・・・は?」
集団、だって?
複数人まとめて、異世界召喚されたってことか?だとしたら誰が、何人?
・・・・・・・・・普通に考えて、僕が中心に行われたものなら、僕の周囲の人間ということになる。
異世界召喚されたのがいつ、どんな風に、どんな状況でかは記憶が飛んでいるので分かりようがないが、集団と呼べる規模で僕の周囲というならば、学校しかない。
・・・・・・・・・みんなも、一緒に。いや、既に二か月経って、さらに僕は死んでいて。
・・・・・・・・・その状況、考えたくないな。
「ということは、あなたがノアの目当ての異世界人ってことですか」
「信じてくれるんですか」
というか、ノアの目当て?
「ええ。少なくとも、情報の辻褄が合う」
情報の辻褄?魔王が事前に話していた、ということだろうか。
なんだか情報が錯綜してよく分からなくなってきた。もっとシンプルにはならないものか。
「とりあえず情報を整理したい、魔王ノアとは代われますか?」
「え、それは、」
「もちろん、あなたがその身体の中にいる間は襲わないと約束します」
情報の整理は願ってもない申し出だが、不可能な申し出だった。
「魔王ノアは、死にましたよ」
「・・・・・・・・・それは、彼自身が?」
頷く。それからの返答は一瞬だった。
「それはない」
「え?」
「あの魔王ノアが死ぬわけがない」
魔王ノアを殺しにかかった彼女自身が、そう言い切った。
魔王って時点で敵多い存在のはずだし、実際捕まっていたと言うのに、死んでしまった可能性を捨てられるほどなのか。
しかしそれを疑うことなく話を進めるらしく、少女は続ける。
「とりあえず、情報の整理が先です。事の顛末を教えてください」
それは僕も賛成だ。もう意味が分からなすぎて、何も考えたくない気分だから。
疑問質問全部そっちのけで、とりあえず今まであったこと全部話した。
話し終えて、数分。彼女は考えている様子のまま。
話してみてもよく分からない。けど、大体はどうにか。
僕はみんなと一緒に異世界召喚された。それも、魔王の術式によって、だ。
それを行使したのは王国の人間。つまりはこれは魔王の罠で、魔王の作った術式を人間自らが使用するように、誘導したということ。
それに細工し、僕だけが魔王に引っ張られた。それが事の顛末。
難題なのは、魔王の意図。
アイラの口ぶりからして、魔王が僕に身体を託したこと。これは魔王のやむを得ない行為でなく、望んだ結果ということ。
この状況に、意味があるということ。
印象に残るのは、『世界を救え』の一言。だが、それを話しても彼女は知らなかった。世界自体が窮地に陥っているわけではない。
こうなると、本当に僕自身の存在の意義が不明すぎる。
まだ無言のアイラ。
時間もしばらく経ったし、とりあえず後回しにしていた自分の疑問を解消しに動く。
「あの、」
「あ、紹介が遅れ、失礼しました」
「あ、うん」
確かに、名前知らない。僕は名乗ったっけか。
「私は魔王幹部第2位、アイラ。アイラ=グランモート」
「アイラ、さん」
魔王幹部?また疑問が増えた。
「アイラで結構です。魔王様に敬語を使われるとゾッとします。普通に話してください」
「あ、うん、了解。でさ、アイラ。まず1つ、なんで魔王を殺しにかかったの?魔王幹部ってことは、仲間、というか魔王の部下の筈だよね?」
「あいつがクズだからです」
「・・・・・・・・・そう」
あっさり納得。言葉足らずで、いい加減な性格だったし。
でもいきなり殺しに来るとか、本当に何したんだあいつは。
「私じゃあのクズの意図が読めない。何か、気づくことはありませんか」
「・・・・・・・・・」
僕に分かることなんて限られている。そもそも、アイラよりもかの王を知らないし、起きたことは全部話した。
・・・・・・・・・ただ、冷静かつ合理的に分析すれば。
王は、世界を救えと言った。
王は、僕の好きにしろと言った。
王は、僕の人生が人質と言った。
王は、アイラを頼れと言った。
その言葉がもし、僕のこれからの最善手を示しているのだとしたら。
王のことを僕は知らない。ただ、情報の外側を推論で埋めれば、見えてくるものがある。
「・・・・・・・・・アイラ」
「はい」
「君は魔王を殺そうとした。それは魔王がしたことの結果で、それは他の魔王幹部の人も?」
「魔王幹部11人の中に、魔王様の味方はいないでしょうね」
本当に何したのやら。でも重要なのはそこではなく。
「アイラは魔王のこと、全く信用していないのか?」
「・・・・・・・・・いえ」
少しバツの悪そうな顔をしながら、でもしっかり目を見て、アイラ。
「彼は正しい。しかし、『最終的には』、という文句が前につく」
「それはなんとも、」
「ええ。ですから信用はしますが、殺します」
まあただ、それで大体は分かった。先を見据え、行動するのが魔王ならば。これから僕がどうすべきか。
魔王の言葉を情報源とするなら、それは魔王の意図通りに動くことになる。
・・・・・・・・・彼の考えで動いていいのなら。
しかし、それには前提を確かめる必要がある。
「アイラ」
「はい?」
「僕は、君を頼ってもいいのかな」
「・・・・・・・・・ええ。あなたは魔王の手がかりですので」
それなら。僕一人じゃ何も出来ないけど、アイラを頼れるなら。
「だったら僕は、魔王幹部を集める」
「・・・・・・・・・はい?」
とりあえず、行動方針は決まった。アイラという仲間を手に入れ、安全性も格段に上がり。
序盤にしてはかなり上々。
魔王という敵の多い存在、さらには人間だけでなく、魔王幹部の面々もと来た。まだ魔王幹部事態よく分からないけど。
なんでこんな面倒な状態で僕に身体を渡したのか。下手したら即ゲームオーバーで、魔王の意図は依然読めないままだけど。
これから忙しくなる。
平穏、というか将来の安全のため、か細い道を歩き始めるのだった。