第25話 エピローグ
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薄暗い実験室。陽の光通らない異空間のようなそこで、翡翠の少女は、独りでに口を開く。
「いいタイミングね、間に合ってよかった」
見たるは、結晶。全ての平面上の位置を見渡せる神器『千里眼』。
それは、剣王の持つ神器『聖剣』と同じ格を持つ。
「ま、予想通りだけど」
ヘビを差し向けたのはこの女。タイミングすら、こうなるように設定して。間接的に、窮地を演出した張本人。
「ふん、やけに無駄遣いするな、ディオナよ」
声は虚空から。
「その神器、そろそろ燃料切れだろう?」
「いいのよこんなもの。これは今このときのためのものよ」
「溜めるのに何年使った」
「だから、いいの」
千里眼は神器。かつて神と呼べる者が跋扈していた悠久の昔、そいつらが使っていたもの。
神性で起動されることを前提とされているため、普通の魔力で起動するには、チャージ期間がいる。何年、何十年もの。
ここ数日でディオナが使った分を年月換算すれば、およそ220年に及ぶ。
それを、まるで使い古した魔道具を扱うかのように、捨て去って。本当に後悔はないと、別のことに笑みを浮かべる。
「全く、私は運がいいわね、凄く!」
「ふん、我には理解出来なんだ。そやつらに目を剥く理由が」
なお姿を見せずに、興味の薄い声でディオナに答える者。それは人ではなく、災害。
「そう?じゃあ1つ、断言しようかしら」
「何」
断言、と。そう言った。
ディオナに未来を視る能力はない。千里眼も、平面しか見えず、立体までは見渡せない。
断言する、出来るだけの能力はない。にもかかわらず、そう言うということは・・・・・・・・・。
「近いうち、いずれ必ず、あなたは戦うことになるわ」
「相手は神速の少女か」
「さあ?どうでしょうね」
「・・・・・・・・・」
含んだ返し。言われずとも、何が言いたいかは分かる。
この災害は、ディオナの武器。戦うと、ディオナが言い放つそれは、自身の戦いをも指す。
見えぬ災害は、聞こえる音量でため息をつく。
「有り得んな。そもその半端な少年では、同じ土俵にすら立てぬだろうよ」
「そう思うのね」
「お主は時を指定しておらぬのだ。全く」
そう言い残し、災害の気配が消える。
言うに、時間を明確にしていないから、なんの意味もないと。『近いうち』というのは、主観の問題であるが故に。
その断言の重さは、その時点で失われたと。
「馬鹿ね、ボルクス。近いうちは、揺らがないわよ」
全くの検討外れと、そう口にした。
「怒りの発露。あの女も、いい仕事してくれたわ」
あの女とは、奈那のこと。怒りの感情で顔を覗かせた魔王の資質。
・・・・・・・・・・ディオナは、それ以上のものを、彼に見い出す。
魔王にも、自身にすらない、歪んだ在り方。『狂気』。それは。
・・・・・・・・・唯一自身の『駒』と言えない、彼の姿を思わせる。
「彼が成ったとき。世界は、もう1つ上の次元の未来へと辿り着く」
それは世界の死角。外世界からの異分子がもたらす、世界には予測出来ない全く新しい可能性。
そんな、何の特別性もない可能性。それがどんな作用を見せるか、楽しみで仕方がない。
上機嫌なディオナ。その顔に珍しく、意外性が出る。
「あら?外敵かしらね」
ここは空白の世界。結界によって存在そのものを不確定化させていた、認識外の領域。
ここに敵襲なんて、珍しいどころか、有り得ない。
自身の策を破られ起きた、そんな想定外にすら笑みを浮かべ。その魔王を思わせる邪悪な翡翠の輝瞳に、捕食の色が映る。
かくして、裏側の思惑は回る。世界はもっとややこしくて、世界はもっと残酷になる。
ノアを取り巻く環境は、直視出来ない邪悪で包まれている。
不可能な旅路。その所以たる彼女に、いずれノアはぶつかることになる。




