第24話 結末
・・・・・・・・・剣王グラン。
それは、王都の最上位騎士に与えられる称号『剣王』。否定の余地なく最強の人類であり。
光る銀髪。冷たい氷の瞳。そして、神々しくも恐ろしい魔力。
容姿も魔力も、まるで魔王と正反対のような。
・・・・・・・・・魔王を一度、下した存在。
魔王にすら迫る実力。アイラの様子を見れば、今のピンチはすぐに分かる。
「・・・・・・・・ノア」
呼ばれ。しかしアイラは剣を抜き、言い直す。
「いえ、レン。二人を抱えてすぐさま離脱を。出来るだけ遠くへ」
「アイラ、あんたは・・・・・・・・・分かったわ」
「え?待って」
アイラがそれを、それをレンに頼む?
そんなの分かっている。アイラの顔を見たら、何をしようとしてるのかくらい。
「アイラ待って。待ってそれは、」
「レン。私は、ここまでです」
「ダメだ。アイラ、それはダメだ!」
僕を無視してレンの名を呼ぶアイラに、思わず声を張る。
僕の理性がそれだけはダメだと、自分の胸の内で警報を鳴らす。
「分かってください、ノア」
「ダメだ!レンはアイラほど素早くないし、逃げ切れる保証はない!それは得策じゃない!」
僕の理もない反論に、珍しく、というか初めて声を荒げるアイラ。
「状況を分かってくださいノア!もう、確実な手なんて、」
「そっちこそ現状をちゃんと見ろ!アイラが残れば機動力が下がる。レンが残ってもすり抜けて追ってくる可能性が高い!僕は論外、全員で逃げる手しか残ってないだろ!」
「それが不可能だから言ってるんですよ!私が残る、それが一番可能性の、」
「ここでアイラ失って、これから何が出来るっていうんだよ!!」
「ッ!」
必死に叫ぶ。ここで饒舌に言葉を並べられる自分が凄いと思うけど、必死故にそうなんだろう。
僕の言っていることは滅茶苦茶、アイラが正しい。現状、もう確実性がないとか、そういうことを言っている段階ではないと。
でも。
・・・・・・・・・・・嫌だよ、そんなの。
「言ったろ、誰も失わない、誰も死なせない。これはそういう戦いで、それ以外は敗北だ」
「・・・・・・・・・戦っても。私じゃ勝てません」
「絶対に折れない。アイラが残るなら、最期まで一緒に」
せめて、そうしたい。誰かを残して、死なせて、生き残るなんて絶対しない。
アイラは、一度深呼吸して。観念したように笑顔を見せてくれる。
「ノアは、いい男ですね」
「え?」
ど、どうも?
「全力を出します。ノアはレンと、全力で自衛を!」
「了解!」
「レンも、ギリギリまで付き合ってください。お願いします」
「了解よ。まあ、乗り掛かった舟だしね」
「ありがと、レン」
頷くレン。レンなら、ここに残っても完璧なステルスで逃げることが可能だろう。
それでも、レンがここに残る理由は大してない。特に自分の身の安全を重視するレンが、少しでも残ってくれるだけでありがたいことだ。
でも、僕やレンに出来ることはあまりない。ここで戦えるのは、アイラだけ。
アイラの魔力が、激しく燃ゆる。
「剣王グラン、久しぶりですね」
「魔王幹部2位、アイラ=グランモートか。僕を敵にするか」
「ええ。私はノアを護ります。止まらぬのなら全力で」
「そうか。じゃあ、覚悟しろ」
二つの強大な魔力が、睨み合う。
アイラの風の魔力と、グランの聖なる魔力。アイラの魔剣とグランの聖剣。その二つが競り合い、動くタイミングを計る。
ぶつかれば、勝敗は決まる。その第一歩を、何段階も上の読み合い。故に、二人にしか分からない凝縮した時間が、静止したまま流れる。
そしてその時間は。その開戦は。
・・・・・・・・・火蓋が切られることなく。ただ一人の声で、終結した。
「悪くない」
ひりつく空気がほんの少し弛緩して。視線が声の主へ引っ張られる。
そこにいたのは。歩いているのは。
「嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ、好きになった」
・・・・・・・・・子どもだ。子どもが、僕を見やる。
紺碧のふんわりショートに、翡翠の瞳。身なりはレンといい勝負の、可愛らしいただの子ども。だがそれ故に弛緩した空気じゃない。
この状況で、マイペースに言葉を紡ぐ、戦場の子どもは。
絶対レンタイプ、レンと同じ、そういう実力を持つ!
「だから」
その小さな身体が放つ、圧と魔力。その視線が、僕から剣王へ流れる。
「僕の自由意志で、助けるよ」
瞬間、消える。
目に見えぬ速度の高速移動、ではなく。恐らく僕の使うものと同じ空間跳躍で、その姿は消える。
そしてその姿は、剣王の元にあった。
「あの子!」
臨戦態勢バッチリの剣王に、真正面から挑むのか!
飛びかかり、攻撃を繰り出す小さな身体。剣王が対応しているのが見える。
・・・・・・・・・思わず、目を疑う。
押しているように見える。対処しているのは剣王で、攻めているのはあの子の方だ。
しかも。あの子の持っている武器は、ナイフだ。
黒いナイフ。長さ30センチ程度の果物ナイフのような。
あんなもので、剣王の攻撃を受けている。武器のグレード、耐久度以前に、あれじゃあ攻撃に押され吹き飛ばされるはずだ。
あれで、剣王と戦うなんて無謀。なのに、成立した戦闘。押している現状。
あれは、一体。
「魔王幹部第4位、ヘビよ」
「ヘビ?」
機転を利かせ、僕の疑問に答えてくれるレン。蛇?
「死の概念の具現、故に死の悪魔と呼ばれる、魔王幹部の一人」
回復が終わったらしいレン、術式を解いて結晶の術式に切り替える。
新たに現れた魔王幹部のことも大事だが、それ以上にと、唐突に話を変えるレン。
「ノア、この子も連れていくつもり?」
「え?」
「今なら置いていってもまだ間に合うかもしれない。私たちにつくことは、平穏と程遠いわよ」
確かにそうだ。危険満載、休みも不定期。完全なるブラック企業のような環境。
でも、もうこれしかない。
「残せない。恐らく残せば、魔王に洗脳された者として扱われる。まともな扱いは受けないだろ?」
もしかしたら、情報源として知らぬ事で拷問を受ける可能性すらある。絶対に置いていかない。
「・・・・・・・・・そうね。愚問だったわ、ごめんなさい」
「ううん、ありがと、レン」
「二人とも!」
その確認の直後、すごい速度で目の前にアイラが。
「今すぐ離脱します!レン治療は?」
「終わったわ」
「では今すぐ!」
「待ってあの子は?」
今アイラの代わりに剣王と戦っているあの子を、置いてはいけない。
「説明は省きますが、ヘビは大丈夫です心配ない。ですので今すぐ、」
「それも必要ないよ?アイラ」
その声は、さっき聞いた声。すぐ隣から、しないはずの声。
慌てて目を向ける。
「ヘビ!」
アイラの言う通り、ヘビだ。
もう一度、慌てて目を剣王の方へ。まだ戦ってる。これは、
「双子!?」
「九つ子だよ」
「へ?」
ここの、なんだって?
「ごめんね、アイラ。クライマックスはこれで、終いだ」
一謝罪して、何かを僕らの中心へ。光る物体のようなもの。
「魔道具?」
魔道具の、安息の光。
そのとき、もう安全に逃げ切れることを直感して、剣王に目を向ける。ヘビに慣れ始め、押し返している剣王へ。
魔王を下した男。恐らく僕の、天敵だ。
今はこんな逃げ方しか出来ないけど。いずれ、あのレベルまで。
「剣王、またな」
睨み返されたのを確認して、視界が真っ黒になった。
こうして、王都での決戦は終わった。色々と、悲しさとモヤモヤを残した経験。
恐怖と怒りを知った。もう戻れない亀裂を知った。変わらないものを知った。弱いことの意味を知った。いずれ倒す友人を知って。
・・・・・・・・・天敵を知った。
経験も、実力も、器も、情報も足りないことを思い知って。僕はゆっくり目を閉じる。
・・・・・・・・・今回も、任務達成出来なかったなぁ。
魔獣の殲滅には程遠いキル数、不甲斐ないや。
僕は特別だけど、天才じゃない。でも必ず、この『特別』に追いついて見せる。
背負った業を、背負い切れるように。
この先を進んでいく。終局へ向かって、歩みを進める。
魔王幹部踏破の旅。これはどんどん加速していく。
まだ序盤も序盤であって。この先の、長い長い道。
辿り着いた先は、一体どんな景色が待っているのだろうか。




