第18話 もう一人の、劇的なお話
---------アポロン王国首都、東区、商業街ミューズ
照りつく太陽に、思わず手を翳す。
今日も今日とて平和に訓練指導。木刀を動かし、一対三の組手に勤しむ。
・・・・・・・・・みんなはそろそろ、太陽が恋しくなっているだろうなぁ。
私は、異世界から来た奈那。地下探索の実力を持ちながら、ビビって地上に残っている腰抜け。
今はミューズの兵舎で訓練指導員に落ちぶれ。これからを考えるとか大口叩いたものの、もう生きられるのなら、何でもいいかとか思考放棄しちゃうおバカさん。
もう、勇敢な皆には顔向け出来ないなぁ。
「そんなこと言ったら、俺らは落ちこぼれ以下かよ」
脳内までで留めるはずの弱音に、ツッコミが入る。
「私たちなんて、ちょっとしたお手伝いしか出来ないんだから」
「出来るのにやらない私とは違うよ」
今は夕食の席。お仕事も終わらせ、同級生のみんなと夕飯を囲っている。
私は地下探索組と別れたあと、王都中心部を離れて、相当移動した王都東区で、少しの間暮らすことを許された。それもこれも、親切なハザールさんのおかげだ。
一緒にいるのは美奈子と和人。私と一緒のミューズまで来てくれた、戦いの能力を持たないクラスメイト。正直一人では心細かったので、ありがたい。
私は兵士指南を、みんなは街で仕事しながら生活している。
「だってダンジョンで危ない目にあったんでしょ?当然だよ~」
「まあ亮がいるし、そんなでもなかったけどね、ははっ」
本当に、自分からしたらそう心に残る出来事でもなくて。怖くて身を引いたわけでもない。
ただ、なんだか今の感情の、位置?みたいなものが良くないような気がしただけ。
言ってしまえば、『ちょっと調子が悪いから休む』みたいなもの。言い訳で休むみたいで、本当に質が悪いと思う。
そして、それを許してくれるみんなは本当に優しいと実感する。
「仕方ないよ。あんな近くでさ・・・・・・・・・ううん、ごめん」
「耕平のこと?いいよ別に気にしなくてさ」
「そうなの?」
「うん、ごめんね~気ぃ遣わせて。あのときは結構取り乱しちゃったけどさ、今はなんか、そうでもないっていうかさ。耕平には悪いけどね」
故人なんてそんなものだと思う。死、なんて起きたら覆しようのないものだし、どんなに悲しんだって、悔やんだって、何にもならない。何にもならないから、時間で感情が風化していく。
でも、なんでだろう。
・・・・・・・・・その現実が、実感に変わっていないような気がするのは。
「あのさ」
「ん?」
口を開いたのは和人。少し真剣な空気に変わる。
「なんか、もう大丈夫そうだから言うけどさ」
「言っちゃっていいの?」
「まあいいだろ。っていうか、三輪は知っておくべきだと思う」
「え、なになに?」
なんか急に、神妙な空気になって余計気になる。隠し事でもみんなでしてたかのような、そんな前振りに少し緊張が走る。
「以前さ、魔王がどうのって話題あったよな?」
「知ってるよ、もちろん」
少し前、魔王が封印から抜け出したって話。魔王と呼ばれる存在を既に封印していたってことにも驚きだったけど、その話の趣旨は。
「俺らには関係ないって話だったけど。お前に隠してた情報があって・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・は?
魔王が。耕平と同じ顔?
「え、どういう、」
「いや、たまたま偶然かもしれないし、俺らが確認したわけでもない。時期的にもおかしいって話だし、ただの思い違いの可能性の方が高い」
それは、そうだ。
だって、意味分からないし。顔が似てる、程度のことで、何があると?
そもそも、魔王が封印されているのは、私たちが召喚された場所とはかなりの距離があって。言っているのは耕平を生け贄にして、魔王が封印から解かれたってこと。
そのために呼ばれたのなら分かるけど、呼んだのが王国の人間である以上、そうじゃないし。それに、そんな遠方の魔王がこっちに干渉出来るわけない。
さらに二か月ほどの時期のずれ。絶対におかしい。
・・・・・・・・・・・頭の底では分かってる。
魔王。魔物たちを発生させ。世界を恐怖と混沌に陥れた、最悪の獣。人類の、世界の敵。
・・・・・・・・・・・未知ゆえに、最恐と言われる。
「だから、有り得る話じゃないけど。たとえ耕平らしき人物に出会っても、すぐ逃げろって。耕平の死体は既に処理されてるんだから、それが耕平のはずがない」
「・・・・・・・・・ぁ、うん。そう、だよね」
「ただの注意喚起に過ぎない話だ。お前は、一番取り乱してたから、みんな黙ってた」
それは、正しい。
その話を聞いたら、つまり。
・・・・・・・・・耕平は、殺されたってことになる。
駄目だ良くない。その事実、じゃなくて推測は。だって。
・・・・・・・・・仇がいるってことだから。
相手にならないことくらい分かってるけど。それでも、前にしたらどうするか、断言出来る自信がない。
そのあとはずっと話すこと上の空で、その日はゆっくり一晩が終わっていった。
※
そこから、何事もなく一週間が経った。
考えるための休暇。考えることが増えちゃって、初めは困ったけど。
でももう、そこは飲み込んだ。耕平の死は随分前に乗り越えたんだし、今更何を考えても自分に悪影響だ。
魔王だとかなんだとか、推測に過ぎない話で掘り返すことない。たとえ事実でも、私には何も出来ない。
じゃあもう、考えなくて良くない?
そういう結論になって久しい(まだ3日だけど)今日この頃。今日とて天気のいい晴天だ。
仕事は休み。なのでもう昼間。ついおそようになってしまった。
ハザードさんが手配してくれた宿の1階に降りると、既に美奈子がいた。
「おはよう、美奈子」
「遅いよーどんだけ寝てんの!」
「はははーごめんごめん」
一応休暇としてのこの期間だったけど、兵舎で働いていた分、ほぼほぼ休みがなかった。しんどかったわけじゃないけど、疲れは溜まってたのかもしれない。
でも、今朝は体の調子がいい。疲れもしっかり取れたみたいだ。
「美奈子、待っててくれたの?」
「ほら、明日戻るから、奈那と少し街巡りしようと思って!」
そう、今日は最終日。明日の朝、この街を立つ。
みんなも探索から戻ってくる頃なので、今日が期限なのだ。
そういえば、仕事がそれぞれあったので、ゆっくり街を見て回ったことはないかも。
「いいねぇ、じゃあ行こっか!」
「ご飯は?」
「途中で食べる!」
言いながら、足早で宿の外へと駆け出した、
・・・・・・・・・そのときだった。
-----------ッ!!!
いきなりの騒音に、思わず耳を塞ぐ。
鐘の音だ。不自然な程に大きな、鐘の音。壁の方からだ。
一体何事かと、街の人も家から顔を出す。その答えは、鐘の音から1分ほど後のことだった。
「敵襲ぅー敵襲だぁ!!壁の反対側に避難しろ!!」
遠方から聞こえる、兵士の鬼気迫る声。それは、現状の深刻さを示していて。
敵襲、だって!?ここは一応王都で、そんなわけがっ!
・・・・・・・・・いや。こんな冗談こそ、ありえない!
「美奈子!今すぐ避難して!」
「ええ!?これ冗談だよね!?だって一番安全な場所だって!」
「どちらにせよ、動く必要はあるから!」
一番安全で、それこそあり得ない。つまりこれは、想定し備えていたが故にあり得なかった想定外、緊急だ。
「那奈はどうするの?私は、あ!」
外から宿の二階、自分の部屋へ。いつも携えていた剣を握って、また戻る。
「私は、様子を見てくる!役に立つかも、しれないから!」
「・・・・・・・・・気を、つけてね?」
「ありがと、絶対すぐ戻ってくるから!心配しないで待ってて」
そう言い残して、全速力で壁門の方へと足を運んだ。
剣を手で持ち、壁へ向かう。避難民の邪魔にならないよう、屋根を走って。
見える範囲で、まだ何か起きているようには見えない。やっぱ、杞憂だったかな?
でも、避難誘導の一人の兵士と話して、その考えを改める。
「数、千!?」
「ああ。壁上からの監視が目視してすぐ警鐘を鳴らしたから、まだ猶予はある!」
「そっか」
魔獣の群れが進行中、だなんて。しかも数千もの大群!断然こちらより多い。
しかも、タイミングが悪い!
今日は定期的にある『集会』の日。騎士達が中央に召集される日だ。護りは普段よりも断然手薄。
・・・・・・・・・本当に偶然、なの?
「今から壁門に陣形を立て、応戦する!那奈様にも手伝って欲しい!」
「それはもちろ、」
―――――――――――ッ!!!
前方から、強大な爆音が、風圧とともに届けられる。
・・・・・・・・・まさか!!
「・・・・・・・・・あの位置、まさか壁門が、って那奈様!!」
私を制止する兵を振り切って、壁門の方へ急ぐ。事態は、思った以上に深刻かもしれない。
そして、壁門前の広間に辿り着、く・・・・・・・・・。
「っ・・・・・・・・・!」
魔獣の、群れ・・・・・・・・・。
壁から押し寄せてくる魔獣を、どうにか防ぐ兵士たち。どうみても、戦力で劣っている。
それに、魔獣のサイズが、大きい。敵全部が、地下のボス級のサイズの魔獣だ・・・・・・・・・。
「ッ!!」
魔獣に潰される兵士、から思わず目を逸らす。
こんなの・・・・・・・・・・無理だ。
「・・・・・・・・・・・駄目」
歯を食いしばって、家の屋根から地面に降りる。
見たくないものは見るな。考えたくないことは考えるな。絶望したくないなら、するな。
したいことをする。
まだ住民全員、全然避難は完了してない。この広間で押さえないと、どう頑張っても無理だ。
「タミさん」
降りた先にいた知人、兵舎のトップに声をかける。
「那奈殿、来てくれましたか」
「状況は分かってます。あなた方は左右に戦力を集めて食い止めてください」
「・・・・・・・・中央は、任せろと?」
「今の戦力では、そうするしか道はありません。全員助ける道は、他には」
全体的に戦力を分散させれば、援軍が到着する前に突破されてしまうだろう。そうなれば、一般人に危害が及ぶ。
それは絶対に、ダメだ!
「危険すぎます。それにあなたはハザール様から託されたお方だ」
「ははっ、大丈夫です!こんなのより強い敵を、地下で体験してますから。おちゃのこさいさいです!」
強がりだ。あんなのを複数体だなんて、戦ったことがあるわけない。
それでも、笑ってみせる。自分は大丈夫だと、自分自身に。
「・・・・・・・・・分かりました、託します。でも、危険になれば、すぐにでもお逃げなさい」
「はい、ありがとう、タミさん」
「ご武運を」
「ええ、また生きて、会いましょう!」
その別れ言葉を口にして。タミさんともう一人の兵士は、他の兵士に策を伝えに行った。
やっちゃったな。でも、陣形とか言われてもよく分からないし。
・・・・・・・・・こうなったら、覚悟を決めろ、那奈。
さっき兵士が言ってた。これは第一陣。速攻部隊。
魔獣に部隊っておかしいけど、なら数は限られている。一体一体確実減らしていく。
中央の通りを少し下がる。このルートに引き付けて、相手の動くスペースを狭めて戦うのがベストだ。
魔獣が本能に似通った性質なら、近くに他の人がいない限りは、私を狙ってくるはずだ。つまり、私がやられない限り、後ろは安全。
避難が進んだ今なら、少しくらい後退しても平気。囲まれずに戦える。
あと問題は1つ。魔獣に私の剣が通用するか。
「・・・・・・・・・来た」
少しして。魔獣がこちらに到着する。一体目は、腕の長いゴリラ。
深呼吸して、魔力を練る。緊張と震えを隠して、狙いを絞る。
そして、来る・・・・・・・・・ッ!
「っ、ハッ!」
腕の攻撃を回避し、空いた胸の核を、正確に切りつける。
魔獣には明確な弱点が存在して、心臓の位置にある核を完全に破損させれば、消滅する。
例外に漏れないらしく、ゴリラは倒れ、消滅を開始した。
「よし!行ける!」
通用するし、倒せる!これならどうにか出来る!
剣を握り直し、気合を入れる。絶対にここは通さない。
目的は時間稼ぎ。やり切って見せる!
※
戦闘開始から、15分。いや、5分くらいかな。
敵を斬って、斬り続けて。相当疲弊していた。
そりゃそうだ。どんなに特訓したって、全速力で走ればそう長続きしない。疲れれば、動きの精度も判断速度も落ちて、さらに体力を削いでくる。
もう、相当やった。10、20、いやもっと、考えられない数の魔獣を倒して、それでも敵が減る様子はない。
「っ!」
疲労の溜まる剣で、避けきれない相手の攻撃を受ける。ダメだ、剣も刃こぼれが目で見えるくらいに!
それに。位置もまずい。相当後退してる。このまま下がれば、いずれ・・・・・・・・・。
(危険になれば、すぐにでもお逃げなさい)
「・・・・・・・・・逃げれないよ」
・・・・・・・・・もう、泣きそうだ。
ここで逃げれば、数えきれないほどの人々が、被害に会う。
兵士はいい。みんなを護るのが仕事で、命を落とすことも、きっと覚悟してる。
でも、ここで暮らす人々はダメだ。死んでいいはずがない。それに、この通りにはきっと、この街で知り合った人や、美奈子もいる。
「ここは・・・・・・・・・通さないっ!」
迫ってくるオオカミの牙を抑える。押し離して、回りながら遠心力で仕留める。
しかしその瞬間。
「っ、待って、」
っ!!
宙を飛ぶワイバーンの火の玉が直撃してしまう。
「あっつッ!」
防いだ右手が焼けて、熱い。魔力で防いだから大事には至ってないけど、それでも、きつい痛みと恐怖。
その一時の動転。魔獣がまだ生きてる私を、無視するわけがなかった。
「っ!!・・・・・・・・・かッ!」
飛ばされ壁に叩きつけられ、地を這う。
剣が、折れた。疲労と痛みで、足が動かない。動けても、もう戦えない。
・・・・・・・・・もう、終わり?
ゴリラと熊が迫ってくる。他にも後ろにたくさんいて。
はぁ、みっともない。
大口叩いて、こんなんで終わるなんて、情けない。
ごめん、亮。ごめん、みんな。私は先に・・・・・・・・・・。
これから、殺される。
・・・・・・・・・死にたく、ないなぁ。
痛いのは嫌だし、悲惨な死に方も嫌だなぁ。怖い、苦しそう、吐き気がする。
・・・・・・・・・誰か、助けてよ―――――――――ッ!!
―――――――――――ガァァァ!!
「っ!!え?」
声にもならない叫びが届いたかのように、腕を振り上げたゴリラの足が、爆発する。そのままバランスを崩して、目の前の魔獣が倒れる。
直後、熊も目の前の視界から消える。いや、誰かが速攻直撃で吹き飛ばした、の?
一瞬、捉えたそれは・・・・・・・・・っ。
自分の認識を疑うように、吹き飛んだ熊の方へ目を向ける。
熊の頭部から剣を抜き、立ち上がる彼は・・・・・・・・・。
「ほら、さっさと行け。今見たことは、忘れろ。グロいしな」
「・・・・・・・・・うん、ありがと!お兄ちゃん」
小さな女の子が避難所の方へと走って行く。もしかして、逃げ遅れた子どもを保護して、この魔獣の群れを抜けてここまで?
その聞き覚えのある声が、顔が、光る瞳が、私に向く。
「お前も危なかったな。すぐに・・・・・・・・・あれ、那奈じゃん」
「・・・・・・・・・耕、平?」




