第17話 防衛戦の始まり
・・・・・・・・・・・沈む。沈む。沈む。
・・・・・・・・・・・深く、ゆっくり、沈む。
何も、見えず。何も、感じず。何も、抗えず。
自分の機能の大半が、停止している。
身体の輪郭がない。呼吸が出来ない。ただ、思考することのみ、可能なわけで。
ただ、その思考すら、正常じゃないことを自覚する。
現状を把握できない。どうしてこうなったのか、経緯が分からない。記憶の端を、掴めない。
記憶の整理も、難しい。
そんな中を、水に漂うクラゲのように、浮遊する。
そうしてしばらくして、不変の空間で異変が起こる。
「?」
胸が熱い。いや、痺れる。
「ッ!?」
痛いっ!なんだこれ、まるで電気を直で流されているかのような、痺れる熱さッ!!
何も感じないはずの感覚が、痛覚で起きる。輪郭のない身体が、流れる電気で形作る。
「く、ッ!」
そのとき、その痛みの直後。何かが繋がったような実感だけが残って。
痛みは一瞬で消え去り、同時に意識も電源が切れた。
※
「っ!!いでっ」
勢いよく身体を起こす。痛みに反応して、身体が跳ね上がってしまう。
しかしその直後、また別の痛みが。
「あ、すみません。近かったですね」
「ぇ・・・・・・・・・・あ」
おでこに痛み。寝ていた僕。目の前に何でもない様子のアイラ。
この状況・・・・・・・・・膝枕、だ。
惜しいことをした。一度起きてしまった以上また眠るのは無理だし、アイラにも悪い。
って、
「何このスピードッ!?」
目の端の景色が、目まぐるしく変わっていく。いきなり、どういう状況なのだろう。
「ノア、身体の調子はどうですか?」
「あ、うん大丈夫、そう?」
疑問形なのは、確信が持てないから。
痛みもないし、動かないこともない。寝起きでだるいけど、意識もまあしっかりしてると思う。
でもなんか、落ち着かない。いや、状況が理解できないからとかでなく。僕が分からないとなると、おそらく魔力関係で。
「何か違和感ありますか?あれば言ってください、とても悪い状態だったから」
「違和感、は、あるけど、問題なさそう」
流石にここで嘘はつけなかった。アイラに心配かけまいとする嘘だとしても。
「・・・・・・・・ごめん、アイラ。無茶、しちゃって」
「!気づくんですね、私が怒ってること」
「まあ、うん。僕も敏感になったかな。心配してくれてありがとう」
怒ってるというか。いつも冷静でクールで動じないアイラが、心配してくれていること。普通であることを装って、でも、目を見て何となく察した。
それほどまでに酷い状態だったのだろうけど、それでも嬉しい。僕の安否を気にかけてくれたこと。
「もう、やめてください。自分を酷使する戦い方は」
「うん」
「自分を大切にしてください。魔力で無茶すれば、命の危険すらあるんですから」
「うん」
「もっと私を頼って欲しい」
「・・・・・・・・・うん」
観念して、頷く。
違う。アイラを頼りにしていないわけじゃない。あの状況、僕が本当に危なくなったらきっと、アイラは助けてくれただろう。
・・・・・・・・・それが嫌だったから、無茶した。
アイラに頼りすぎてた。頼りすぎたくなかった。一方的に護られるだけなんて、嫌だった。
近づきたい。肩を並べたい。この無力感をどうにかしたい。もっと強く、もっと上手くやりたい。
・・・・・・・・・僕の手で、勝ちたい。
そういう、渇望があった。理想があった。
でも。
・・・・・・・・・それで迷惑をかけて、心配さえさせてりゃ、元の子もない。
「もう、無茶は・・・・・・・・・しないよ。約束する」
僕には時間が足りない。レンやアイラが費やしたほどの、修練の時間が。
僕が魔王幹部並の戦闘をするなんて、自分の時間規模からして、普通に無理だ。元々の目標に無理があった。その無理は、多少の無茶じゃどうにもならない。
痛いのも、苦しいのも、恐いのもごめんだ。僕は、そのままで良かった。渇望よりマイナスへの拒絶を選ぶべきだった。
「・・・・・・・・・もう。無事で、良かったです」
「うん・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・前言撤回。やっぱ、追いつきたい。
僕がこんなにも頑張れるのは・・・・・・・・・。
「では、現状を説明します」
「ぁ、うん。お願い」
そうだ、現状も大事だ。
なぜか乗り心地そこそこの高速戦闘機の上に乗って、移動しているが。いや、よくよく見てみれば。
竜の背だ。
「ノアが倒れてからですね、まあ色々あって、クローナを倒し、そして情報を得ました」
「そっか。勝ったんだ。ってか、レンも戻ってきてくれたんだ」
「戦闘終了後だけどね」
こうなってしまった以上、あのまま別れることになると覚悟してたけど、戻ってきてくれてよかった。
「で、情報って?」
「今向かっているのは主国、アポロン。その王都の東側の商業地区、ミューズです」
王都、アポロン、の東側のミューズ、か。
そういえばだが、地理情報とか、そういう一般知識的なものを何一つ知らない。知る機会と時間がなかったから仕方ないけど。
王都ってことは、おそらく一番大きな都市で、世界の中心だろう。
「そんなところに魔王幹部が?」
「ええ」
「いや待って。王都って、今の僕達にとって一番危ないところだろ?そんなところに魔王幹部が?」
王都っていうのはもちろん、人間の都市だ。人間にとって一番護るべき場所だ。
だったら必然、いるはずだ。以前に聞いた『剣王』が。
魔王すら凌ぐ人間。最強の剣を持つ天才。どんなところに顔を出せば、すぐ殺されるだろうに。
「現在、ミューズは攻められています」
「王都を攻めるバカなんて、魔王幹部しかいないってこと?」
「攻めているのは魔物の大群。総勢およそ1万2000」
「魔物って、はあ!?1万!?」
「2000です」
1万2000!?その数、どう考えても法外な数だ。放っておいたら、王都、落ちるのでは?
ともかく、それだけの事が成せる奴は限られる。
「魔獣を操る魔王幹部!」
「ええ。『魔獣使』フェルカー=モース。順位は9位」
「魔獣使い。なんて馬鹿げた力だ」
魔獣の使役をする魔王幹部なんて、あんまり強くないと思ってたけど。大きな間違いだった。
「王都攻めも彼なら十分に有り得る行為です」
「そっちタイプか」
好戦的で単細胞、ちょうどそこらの第7位のような。
「いえ、そうではなく」
「ん?」
「彼はお金に目がない」
「金??」
これまた意外なワードが飛び出て来た。
この世界で、お金を愛すものがいるとは。それこそ、力があればいくらでも稼ぐ機会などあるだろうに。
いや。今回こそが、その典型か。
「つまり、雇われてると」
「はい。それもおそらく、国家予算並の額で」
まあオーダーが世界の中心を攻めろ、だ。そのくらいになってもおかしくないだろう。
まあそっちの事情は今はどうでもいい。問題は2つ。
「フェルカーの実力は?」
「まあ、弱いわけがないですが。私なら、問題なく」
「まあ、そうよな」
フェルカーの実力が魔獣操作に一部持っていかれているわけだから、アイラなら遅れをとることはないだろう。
簡単に片がつくとも思えないが。
問題はこっちのが深刻。
「それと、敵の位置は?」
「私の範囲の入れば確実に。ですが」
「うん、近くにいる方が考えずらい」
これほどの規模でのいわば『城攻め』。フェルカーの魔獣操作の圏内は知らないけど、そもそもそんなものさえなければ、その場にいる必要すらない。
「フェルカーの魔術って、手動か自動か分かる?」
「いえ、私はあまり詳しくは」
「だったら私が答えるわ」
大人しく聞きに回っていたレンが口を挟む。
「十中八九両方。文字通り手足のようにも動かせるし、部下のように命令することも可能。今回の規模なら、命令で動かすでしょうね」
まあやっぱりそうか。普通に考えて、手足が1万2000も増えては動かせまい。
なら、近くにいる可能性はもっと低い。
「本体を叩けそうにないな、これ」
「そもそも、その場にいなくとも命令くらいは出せるでしょうしね」
「受信範囲の制限ないのかよ」
「?ま、いたとしても、容易には行かないでしょうし」
大量の魔獣の邪魔が入る。だとしてもそこはアイラの技量次第なので、心配していないが。
問題は魔獣だ。起動さえすれば止まらないなんて。
「どうしたものか」
「え?そうするも何も、することは1つです」
「え?」
「殲滅します」
「ま、そうよね。少し面倒ね」
「ま、待ってっ」
当然、というかなんでもない様子で言うので、一度止まって、もう一度。確認する。
「・・・・・・・・・行けるの?」
「まあ、普通に」
「行けないと思う?」
「時間はかけられないけど」
王都で長期戦は危険が大きい。なんせ、『剣王』が来るのだから。
「1時間ほどはかかるかと」
「いや1分に1000体倒せば6分で行けるわ」
「フェルカーの魔獣軍隊はもっと手強いですよ」
「分かってるわよ。でも1時間よりは早く終わらせるわよ」
レンの冗談はともかく。いや、アイラの言うことすら冗談に聞こえる。
1時間って、1人1分100体のペースだ。1秒1殺どころじゃないそのペースで、殲滅?
とても現実的な計画とは思え・・・・・・・・・。
「まあ、いいか」
もう、考えるのやめよう。
切り替えて、現状把握だ。
「後どのくらいで着く」
「もうすぐ。もう状況も把握出来てます。既に壁門も突破され、中に魔獣が侵入してます」
「もうか。早いな」
自分が寝ている時間が長かったか、単純に移動距離がえげつなかったのか。
そういえば、だが。
「アルル、乗せてくれたんだ」
背を撫でながら、自分らを運ぶ竜に言葉を放つ。聞こえているか分からないけど。
どういうわけか、乗せてくれている。あの戦闘の後、アイラが何かしたのだろうか?
「ふんっ、クローナに頼まれて仕方なく。王都までだ」
ちゃんと聞こえていたらしく、言葉ではなく思念で伝えてくる。
「ありがとう、助かった」
「・・・・・・・・・お前」
「ん?」
「・・・・・・・・・いや。あの戦闘は、引き分けにしておいてやる。これはお前を軽んじた詫びだ。気にするな」
「いや、僕の負けだよ。あんなの、戦闘だなんて言えない」
何をしたって、たとえ世界を救ったって、死んだら負けだ。
状況が違ければ、死んでいた。意識を失って、しばらく目覚めなかったのだから。アイラがいなければ、いやもしかしたら、治療がないだけで死んでいたかもしれない。
そんな様で、引き分けだなんて言えない。
「今度はもっと上手くやる」
「・・・・・・・・・ふん。今度、また相手になってやる。次が来るまで、死ぬのは許さん」
「うん、必ずね。クローナは?」
「することがあると、付いて来ませんでした」
「そっか」
クローナがいてくれた方が助かったけど。でも、魔王幹部を集めているとはいえ、その行動まで制御できるとは初めから思っていない。むしろ、レンが嬉しい誤算だったわけだ。
それに、今度の相手は戦力的には全然問題なさそうだし。
さて、そろそろらしいので、確認しておく。
「アイラ、壁内にはどのくらいの魔獣がいるか分かるか?」
「100ほどかと」
「ふむ」
魔獣の実力がどれほどかは分からないけど、口ぶりからして雑魚だろう。その程度なら、僕でも行けるか?
でも、僕は一度、魔力のほとんどを使い果たしている。まともに魔力を使用できるかどうか・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・?」
「ノア?」
「ああいや、何でも。壁内は僕が受け持つよ」
「・・・・・・・・・大丈夫です?」
「それは僕も思ったけど。なんだか知らないけど、身体、というか魔力の調子がいい?」
いい、というより悪くない。それが普通じゃない。
あれだけのことをしでかしたんだ、もっと疲弊していてしかるべき。現に、前の傷は数日かかったし。
それよりも悪い状態であったのは確かなのに、治りが異様に早い。身体が慣れたのだろうか。
「・・・・・・・・・不思議ですね」
「まあ、でも。そういうことだから、魔獣程度なら遅れは取らない。ヤバくなったら叫ぶし」
「だっさいけど、遠慮すんじゃないわよ」
「分かってるよ」
それに、やりたいこともあるし。
そもそも、レベル上げの段階で強い敵に当たりすぎていた。まずは初級編の敵、理性乏しき魔獣程度がちょうどいいってものだ。
そして、そろそろ世界最大の都市に着く。
「んじゃ、僕は中、2人は外で。目的は魔獣の殲滅、制限は1時間。人的被害は抑えたい」
「甘いわね、あんたも」
「死には慣れてないんだよ。僕は誰も殺さないし、レンが何も思わないとしても、誰も殺して欲しくないって思うよ」
「・・・・・・・・・殺しは悪だから?」
「殺しは、嫌だから」
こっちの世界は殺しが日常なのかもしれない。そうじゃないにしても、殺しのハードルが低いのは事実だと思う。
でも、僕は。僕の人生で、死を意識したことは、あまりない。
死も、殺しも、そんなの認識外のことだ。少なくとも、そこだけはこっちの常識に合わせる気はない。
「例え人間を相手にしても、殺さない。2人も、そうして欲しい。・・・・・・・・・お願いは、出来ないけど」
戦闘面でずっと頼りっぱなしなのに、戦い方まで指図は出来ない。
でも僕は。レン、アイラが、人を殺すところなんて、見たくない。
「全く。変なところで遠慮しいね」
「全くです。私たちのことを甘く見てますね」
「え?」
2人の反応は、明るいもので。
「その願い、必ず。その程度のハンデ、私は問題ないです。レンは?」
「私の魔術なら楽勝よ」
「・・・・・・・・・ありがとう」
やっぱ、杞憂だった。
なんだって、僕は遠慮しなくていいんだ。何も出来なくても、何も追いつけなくても、僕はこの人たちを信用して、頼っていいんだと。
この凄い人たちは、なんでも笑ってサラッとこなす。
そんな『強さ』を、僕は改めて実感した。
目をこすって、切り替える。本当にもうすぐだろう。
「レン、戦闘を始める前に、結晶で壁を塞いでほしい」
「りょーかい」
「戦闘が終了したら、中で待ってるから迎えに来て」
「ええ。あ、降りられます?」
「なんとか行けそう、気遣いありがと」
流石に行きまでサポートされるのはなんだかな。空中浮遊はまだ厳しいけど、多少の操作くらいは何とかして見せよう。
最悪、眼の出番だ。
「それじゃあ、先に行きます」
「うん、じゃあまた後で!」
「はい」
その返事と同時、アイラとレンは一瞬で姿を消した。
周りを見ると、もう王都が見えている。
商業地区、ミューズ。壁周りには街が広がっている。突破をどうにか防ぐ兵士と、避難の遅れた住民の逃げる姿。ともあれ、余裕はあまりなさそうだ。
魔獣は、色々。なるほど、確かに獣狩りって感じの面子で、オオカミ、ゴリラ、クマ、エトセトラ、と。
さて、直上。僕も行くか。
「んじゃ、またね、アルル」
「ああ」
意外と普通に怖い。紐なしバンジーだし。でも、行ける。
軽く後ろジャンプして、上空に居残り、そのまま落下。
「ありがとー!!アルルー!!」
「・・・・・・・・・ふん」
じゃあ始めますか。こっちに来てから、初めて輝ける予感!
軽く胸を踊らせて。剣に変形させたルナを、強く握った。




