第16話 魔王の思惑
自身の正体を知って、高笑いする魔王。
その魔王が、レンに命令を下す。
「レン、この拘束解け」
「・・・・・・・・・・・分かったわ」
言われた通りにレンは結晶を霧散させ、魔王は解放される。
目の前でゆっくり伸びをする魔王を前に、私は警戒することしかできない。
・・・・・・・・・いい判断だ。魔王も、レンも。
魔王はこれまでの私たちの会話で、レンがノアを助けに来たことを理解した。だから、拘束を解けと命令できた。
レンが拘束を自ら解かなければ、魔王は『空識眼』を利用して肉体を逃がせばいい。それでも、魔王を捕まえ、再び拘束することもできるが、そうすればまたノアの肉体が酷使されることになる。
その肉体の酷使で、取り返しのつかないことに、なるかもしれない。
レンの立場からすれば、助けに来たのに、逆に追い詰めることになる。拘束を解きざるを得ない。
そして、レンのその判断は正しい。なぜなら。
今の魔王に、戦う意志はない。
「じゃあ、アイラ。暇じゃし、これまでの経緯を話せ」
「待ってください。あなたは抗わないのですか?今の現状に」
「無論じゃ。もう我のものじゃないのなら、我は去るのみよ」
妙に聞き分けのいい。観念したらしいが、それこそあり得ないような気がして。
「あなたが残滓である根拠は?」
「そうね。『魂に情報を複写する術式』の可能性は?」
理論上あり得なくはないが、実現が限りなく困難な術式ではあるけど。
「ありえん。今の我はそんな術式知らんし、知ってるとしたらディオナじゃが、我が奴に頼みごとするのはもっとあり得ん」
「ディオナ?」
「む、口が滑ったな。ともかく、今の我の状態からもそうじゃ。我の術式、『ツメ』、『ツノ』、『ウロコ』、かろうじて『キバ』が低出力で出せるくらいじゃ。よく使う術式しか使えんかった。それ自体が根拠じゃ」
確かに、戦闘において、手数が少なかったのは確かだ。魔力残量が心もとないからだと思っていたけど、魔王は使えないと言った。
しかし、信じられないのは確かだ。現状、『魔王が二人いる状態』なわけで、これほど魔王に有利な状態はないのだから。
「あなたの存在自体が、魔王の思惑の可能性は、」
「ない。我はそんな中途半端なことはせん」
「・・・・・・・・・」
「そんなこと我が正確に把握出来るわけもあるまい。そんな分の悪い賭けで、策に組み込むわけがなかろう」
確かに、こうなることすら知る由がないし、知っていたとしても、この自体そのものが偶然起きたことだ。魔王が不確定要素を多分に信頼することはない、か。
「ま、既に賭けにはなっておるがな。とはいえ、こっちは既に捨てた可能性じゃ。今更我が派手に動けば、逆に我の足を引っ張りかねん」
「捨てた可能性、ですか」
また口を抑え、滑らしたと、半目で一言。だがもう観念した様子で、座りながら情報を漏洩させる。
「ああ、言ってしまえば!お主らは我が魔王幹部、更には剣王から逃れ、自由に動くための囮じゃ。我は今、布石を置いている最中じゃろうよ。故にお主らなんてどうでもいいのじゃ」
囮?魔王幹部と剣王を煙に巻くための?
いや、普通におかしい。何故ってそんなの、割に合わない。
「待って。剣王ってのは確かに強いけど、倒せないほどじゃない。自身の身体を犠牲にしてまで逃げることはないでしょ」
「そうです。それに、あなたは自分で幹部各々との亀裂を作った。その時期的にそうとしか考えられない」
そう、それこそ意味が分からない。
魔王は確かにあれな部分はあったが、普通にしていて恨まれるほどじゃない。なのに、半ば一定期間に一気に、だ。
魔王幹部とそうなると承知の上で、諍いを産んだとしか考えられない。逃げる前に、逃げる必要を作ったなんて、本末転倒、ただの徒労だ。
そこに意味がないわけがない。だが。
「そこまでは、本来の我に聞け。お主らは今、何をしている」
「・・・・・・・・・ノアの提案で、魔王幹部を集めています」
「ほう、それは・・・・・・・・・面白い」
少し考えてから、そう口にする魔王。しかしすぐ、威圧の目に戻る。
「だったら伝えておけ。その中に、我も含めた方がいいと」
「・・・・・・・・・殺しますよ」
「ああ、そうするがいい。そこに全ての答えはある!それを力で勝ち取れ!全てを知ったあとの返答を、我は期待しておる!」
「・・・・・・・・・・・はぁ」
それだけ言い残して、魔王の気配は消え、ノアは倒れた。
全く、言いたいことだけ話して、逃げられた。
全ての答え、か。誰もが測りきれない魔王の意図、それを知って一体何を思うのだろう。
その答えを知ることは、ノアの目標になりうるのか。それすらも分からぬまま、ゆっくりと膝を曲げ、地に体重を預けた。
魔王は消えるすんでに思う。
「我よ」
自分であり自分じゃない、遠くの自分に語りかける。
「我の魔力をほぼ全て消費できるポテンシャルを持ち、」
それは、ただ魔力を吐き出しただけだとしてても、それだけで才覚。
「魔王幹部を集めると決断し、」
強さは恐さだ。それは、死に近づける度胸。
「そして、我があの身体で戦闘を行った」
それはつまり、我の魔力操作と術式行使を多少なり身体に覚えさせたということ。
「もしや、じゃ。奴らなら、我の想定する『最善』でさえも・・・・・・・・・」
その、ありえない事態を想定して、上機嫌になりながら。存在自体があやふやなこっちの魔王は、虚空へと消えていった。




