第15話 目覚める悪魔
大きく後退して、しゃがみでこちらを睨むノア。
・・・・・・・・その手には、見覚えのある赤黒の魔力。
それはまるで・・・・・・・・・。
「ノア、何を、」
「我の名を呼ぶとは珍しい。お主のしょうもない望みはもういいのか?」
「ッ!!」
・・・・・・・・・魔王だ。
そこには、魔王がいた。
怒りを抑える。最大の警戒をしながら、魔王として認識し直した相手に問う。
「ノアを、どうしたのですか」
「?言っていることは容量を得んが。制圧後に聞けばよかろうよっ!」
高速の黒い刃がノアから放たれる。
私に飛んできたそれは、クローナの剣の割り込みで消滅する。
「アイラ、あれ、魔王だよね?」
「・・・・・・・・・ええ」
「よく分からないけど。魔王なら殺すよ」
「私は・・・・・・・・・」
私は、どうする。
魔王なら、殺すべき。なのに・・・・・・・・・殺したくない?
「少なくとも。超消耗してるとは言え、魔王だし。共闘しないと、全然負けるよ」
「分かってます、手は抜けない。全力で倒します」
「・・・・・・・・・うん」
その瞬間、爪で攻撃を仕掛けてくるノアを、剣で飛ばし返す。やはり弱々しい。魔力が底を尽きかけたのだから当然だ。
にしたって、動きが機敏、攻撃が鋭すぎる。普通じゃもう既に魔力切れしてるだろうに。
しかし、それでも負けるはずがない。通常の魔王相手だろうと、私のほうが速い!
速度で翻弄し、攻撃で押し続ける。
「魔王、観念してください!今のあなたじゃ私には勝てません!」
「・・・・・・・・・・・」
(やはり消費が酷い。こんな消費、生まれて初めてだ。何したらこうなる?ますます状況が掴めん)
どうにか私の攻撃を凌ぐ魔王。やはり、まずい。
魔王の恐るべきは、術式以上に、魔力操作の超人さだ。魔王の魔力循環法は、他のものと比べ物にならないほど、技術が高い。
魔力循環。それは身体中を使い魔力を循環させ、魔力回復を促す技術。魔王幹部ならみんな自然にしていることだが、魔王のものは違う。
その循環が高度、かつ精密すぎる。魔力回復の値は消費を上回り、更には肉体強化と回復の補助すらあるほど。
その恩恵で、今の魔王は行動出来ている。それを差し引いても、これほどの戦闘が出来るとは思えないのだが。
一度下がり、クローナと入れ替わる。
現状で、ノアが使える武器はない。クローナの攻撃を受ける術がない。回避以外の行動が取れない以上、完全にクローナのペースだ。
私も突っ込んでもいいが、クローナとの共闘はしたことがない。かえって邪魔をしそうなので、様子を見る。
「さっすが、速いね魔王様!」
「厄介な魔術じゃの!」
「だから無駄、」
「『ツノ』」
「っ!」
下がり、右腕を前に出すノア。その指先から高速で、黒い棒が伸び、それが枝状に分岐する。
「なっ!」
それはクローナを避け、その後ろにいる私へ・・・・・・・・・っ!
どうにか回避と剣で受け切る。クローナの攻撃を回避しながら、上手く位置を合わせていた!
やっぱ場馴れしてる。甘く見ていた、魔王の底力を。
「へえ、今のが『ツノ』。ノアの『セブンスカード』、『ツメ』以外の攻撃、初めて見たよ」
その枝状の攻撃を一斬りで消滅させるクローナ、ノアの術式を見て感心する。
ノアの固有術式は『セブンスカード』。7つの特殊な術式を行使する、順応型術式。
黒い刃の『ツメ』と、黒い槍の『ツノ』。それも相当強力だが、その攻撃に以上に、『ウロコ』が邪魔だ。
防御と認識妨害を担う術式。これのせいで、位置情報の更新が一瞬遅れる。
「もっと見せてよ、魔王様」
「お主ら如き、3つで充分じゃ。すぐ、詰んでやろう」
「っ!だから攻撃は無駄だ、って!」
やり方を変えてきたノアが、私に向かってくる。
クローナへの攻撃は確かに無駄だけど、攻められる方がさらにキツいと判断して、私を先に落としに来た。
クローナには、対応するしかない多方向からの斬撃攻撃を。そしてその隙に、私との白兵戦。
「でもこっちにも構ってちゃあ・・・・・・・・・」
戦いすら楽しむクローナの目が、笑みを失う。
ノアとの白兵戦。クローナにも攻撃を放っている状況で、手数も減った。
だけど、気配を探る癖がついている私と相性の悪い『ウロコ』。
そしてさらに、他にも4つ、手を残している。迂闊に攻めるのは・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・いや、違う」
下がって、頭を整理する。
違う、きっとそれは、体のいい言い訳だ。
この状態の魔王に遅れをとることなんて、有り得ないことだ。私はノアに、気を遣っている。
だから、決定打を避けて戦っている。
・・・・・・・・・駄目だ。
何故魔王が出てきたのか、それは分からない。考えても今答えは出ない。
今決断すべきは・・・・・・・・・殺すことだ。
これ以上、魔力循環されれば、取り返しがつかなくなってしまう。その前に、終わらせることだ・・・・・・・・・ッ!
「風魔術」
(雰囲気が変わった・・・・・・・・・っ)
「『風凪』」
「くっ!」
・・・・・・・・・・・・・・・。
静寂が、空間を包む。燃え盛る炎も、吹き荒ぶ風も、ないかのような、戦闘中には有り得ない静けさ。
全員が止まる。ノアの攻撃はおろか、クローナは余裕が出来ても攻撃に転じず、私もその場で静止する。
魔王にとってはチャンスか。そんなわけはなく。
「ハハッ、これはやられたね、魔王様」
その静寂を切ったのはクローナ。でもなお動かない魔王。
そして、
「・・・・・・・・・っ、」
キンッ---------っ!!
魔王の足が僅か動いた瞬間に、一瞬で数メートルの距離をなくし、剣を振り切る。
風魔術、『風凪』。自身、周辺諸共魔力の動きを極限まで消す、高等術式。
自身の魔力が感じ取られなくなり、さらに空気中の穏やかな魔力との接触効果で速度を上昇させる。
術式においてはあまり強くはない。だがこれは、自身の身体能力を最大限活かせる、体術特化術式!
剣のラッシュで、敵を追い詰める。身体強化を除くほかの術式は使わず、この静かな空間で滑らかに攻撃を刻む。
「クソっ!『反撃線』!」
魔王は一瞬距離を取り、ルナで剣を造形、瞬時に術式を展開させる。ルナを使えるまで回復したか。
そして、感知の術式。自身の周囲に戦線を作り、侵入者に最速のカウンターを放つ半自動的術式。
・・・・・・・・・だから、なんだ。
速度勝負なら、私に勝てる道理はない。
その最速のカウンターを、剣で反応し、受け、弾く。ノアのルナは手から離れ。
ようやく隙らしい隙を見せた!
(取っ・・・・・・・・・っ!)
・・・・・・・・・始めから分かっていた。
ノアは、コウヘイと名乗った異世界人は、仕方がなかった。
自分自身を酷使した結果なのだから。自業自得とも言えるし。
そもそも、まだあって1ヶ月も経っていない。彼を気にかける理由はそもそもなくて。
ここで魔王を逃がす方が、リスクが大きい。そうなってしまった方が、損害が大きい。
だから、仕方のないことだ。何もかもを護るなんて、全てを掬いとるなんて、この残酷な世界では出来ることの方が稀だ。
・・・・・・・・・分かっている。こういう思考に落ちた時点で。
---------私の負けだ。
「?」
「くっ、」
寸止めで止まったその剣はもう動かなくて。脅し程度じゃ、魔王は止められなくて。
私の勝ち目はなくなった。
代わりに、小さな少女の目が光った。
「間に合ったわね」
「っ!!」
ノアが反応する間もなく、地面からの結晶で、ノアは詰んだ。
かくして、唐突に始まった対魔王戦は、レンが終止符を打った。
荒野に輝く結晶が、王の余力を抑え切る。循環させていたとはいえ、戦闘しながらだし、抜け出すことは不可能だろう。
たとえ『空識眼』を使っても、余力全てを使い切るだろうし。
ともかく、これでノアを戦闘不能に出来た。それを為したのは、ここにいないはずの彼女。
「レン!」
「何よこれ、どういう状況?」
「レンこそ、なんで戻って来たんです!?」
クローナが現れたら逃げる、そういう話だった。
レンにとって、クローナが付近にいるだけで、超危険な状況と言える。もう戻ってこないかと思っていたのに。
「私だって来たくなかったけど。・・・・・・・・・あいつに、『助けてやった』とか思われるなんて心外だからよ!」
それは、始めの遠距離攻撃の話、だろうか?
「別にあんな助けがなくたって避けれたのに、必死に突っ込んできて、『逃げろ』!?何気取ってんのよ腹立たしい!」
「・・・・・・・・・つまりは、嬉しかったんですね」
「はあ!?んなわけないじゃない何聞いてたの!?アイラ戦闘のし過ぎで頭ぶっ壊れてんじゃないの!?」
可愛い反応を見せるレン。
言っていることを要約すると、不要だったけど助けて貰ったから、助けに来たってことだろう。
真偽はともかく、ノアの行動に多少なりとも恩義を見出したからこそ、命の危険がある戦場に戻ってきたってことだ。
ノアの行動がレンを動かした。それはなんとも、報われる話だ。
「そんなことより状況!なんでこいつと戦ってたのよ」
「私もあまり、理解までは。聞いて見ないことには」
そう、それが事実だ。
これは、間違いなく魔王だ。どうして今、魔王が出てきたのか、私にも理解できない。
魔王から事情を聞くべく、目を向ける。
・・・・・・・・・が。
「・・・・・・・・・は?我も何も知らんよ?」
「え」
「はぁ?」
「いや。なんかごめん」
口調を崩した魔王が、身動き取れない状態で謝罪する。それは、オフのときの魔王で、もう戦闘の意思はないよう。
いや、そんなことより、どういうことだ?
そういえば戦闘時も、状況が分からないと口にしていた。ということは本当に?
・・・・・・・・・いや、そもそも。
「魔王、あなたはいつの魔王ですか?」
「今の魔王じゃ」
「どういうこと?レン」
「おそらく記憶が欠損している。というよりは、更新されていない。魔王様、一番新しい記憶は?」
「ソーフの森で野宿した記憶じゃ」
魔王の割に貧相な生き方を。
「そうでなく、イベント的なやつでお願いします」
「イベントて、アイラ・・・・・・・ま、あれじゃ。お主らと違ったタイミングじゃな」
「・・・・・・・・・」
そう軽々と話す魔王に怒りが込み上げるが。
でもこれではっきりした。
「・・・・・・・・・つまり、記憶が欠損した魔王の精神がもう1つ存在するってこと?」
「ええ。どうしてか、どうやってかは分かりませんが。ノアが傷ついたタイミングで浮上してきました。その条件下で出てこれるよう、魔王が細工したとしか、」
「あー大体理解したわ」
そう割り込んできたのは魔王。
確かに、記憶のない魔王には分かりがたい状況かもしれないが、このとき既に考えていたことだった場合がある。油断は出来ない。
「・・・・・・・・・何を、理解したと?」
「お主らの話し方からして、我の中にもう1つ、魂があるんじゃろ?」
「ええ」
「で、今それも確認出来たわ。相当な消耗、というよかは負傷じゃな。我の魔力消耗も納得じゃ」
「何が、言いたいのですか。あなたは一体、」
「なれば。現在の持ち主が魂の擦り切れと魔力不足で限りなく深く沈んだ。そして我は出てきた。おそらく我は、この魔王の身体に残った残滓じゃ」
そう告白した魔王は、自らを残りカスと言って上機嫌に笑っていた。




