第13話 勝利のための最悪手
レンと戦った日の夜のこと。レンが語ったのは、協力における条件だった。
「条件?」
「ええ。戦った後に悪いけど、1つだけ」
「ああ、彼女のことですね」
彼女のこと、とは?
「魔王幹部第6位、『魔術斬』クローナ=ラインボルト。彼女と邂逅した瞬間、どんな状況であれ、私は逃げるわ」
「・・・・・・・・・天敵ってやつ?」
「ええ。クローナの術式は魔術を壊す概念魔術。存在そのものが魔術のレンは、その攻撃がかすっただけで、消滅します」
なるほど、戦いにもならず、戦っただけで必敗ということか。物理攻撃無効、魔力攻撃も一定火力は吸収してしまうという不死身のレンだけど、彼女だけは不死殺しということ。
もちろんそういうことなら。
「了解、もちろん了承するよ」
そもそも、魔王幹部に死なれては困るって話だ。いや何に困るかはよく分かってないけど、とにかくその目標を見失いたくないから。
「助かるわ」
そういうことで話は決まって。その代わりに、金銭面において、レンの膨大な貯金を使わせてもらうことになった。
で、現在まで戻る。
※
7日前の話、割と直近、でもないけど印象に残る話だったから思考の端に残っていた。故に、即反応出来た。
あの一瞬でよく動けたと思う。
「レンッ、早く!!」
目の前にいたレンは、気配ごと姿を消す。最悪の事態は、免れた。
「アイ、ラ」
「ええ、治癒を」
そう言い、片手で治癒し、片手で攻撃を防ぐ。どうやら、遠距離からの狙撃だ。
「相手は、」
「クローナです。私の感知範囲外からの攻撃。恐らく7日前から気づかれていて、攻撃の標準は目視でしょう」
やはり。奇襲と言えど、アイラの剣を弾いたんだ。剣に纏っている術式を消されている、と説明されれば納得できる。
にしても、7日前から?確かに、アイラが探知できない以上、向こうも探知不可。この街から目視で延々と、さらに遠方から探し続けるのには無理があるし、もしかしたら先にアイラの探知範囲に入る危険もある。
これほどの完璧な奇襲は、確かにそうとしか思えない、けど。
それ故に、油断を誘われたってことか。
「どうする、今から」
「クローナなら、街の中でもお構いなしに攻撃してくる。でも、私たちが打って出るのも、現状は厳しい」
「僕が、当たったから」
レンにヒットする最悪は防げたけど、自身で受けてしまった。あれを避けれていれば、攻勢に出れたのに。
「いえ、あの状況で素晴らしい動きでした。幸い、人々もここから離れている。攻撃はやみ、クローナは距離を詰めてきている。ここで迎え撃ちます」
僕の負傷と、アイラの弾いた攻撃による街の破壊で、街の人々は混乱しながらも、この通りから離れている。
街の損壊はもうどうしようもないけど、死人が出ないならいい。
「恐らく私は戦闘で、ノアの護りまで手が回らない。巻き込まれないよう注意をお願いします」
「うん、戦いは任せる」
今離れて狙われては元の子もないので、とりあえず自分の状態を確認する。
以前の戦闘の消耗は完全に癒えているし、魔力も出せる。術式の起動も確認できたし、万全だ。
戦闘はないだろうけど、逃げは万全にしておこう。
そして、数十秒後、奴は来る。
「来ます!」
―――――――――ッ!!
「うおっ!」
アイラの位置に落下してきた隕石のようなものは、地面を抉り、土煙と風圧を巻き起こす。
アイラと剣で競り合うその隕石は、赤茶の髪の華奢な少女。
「なんで受けれんのかな、これを」
踏ん張って受けきるアイラ。流石は2位を冠するだけはある。
そして、クローナ。旋風とともに揺れるポニーテールと、真紅に開く瞳が、重苦しい圧を与えてくる。やはりアイラと引けを取らない存在感。
「ノア、早く退避を、」
「無駄だよ、あっちは任せてる」
「っ!ノア、敵がもう一人、そっちに!気を付けて!」
「敵?っ!」
アイラから距離を取り、大通りの脇道の前まで移動する。その先に、桃色の少女が一人。
逃げ遅れた人?いや、敵がいるってんなら!
先手ひっしょ、
「なっ!!」
攻撃を繰り出すと同時、近くの店ごと崩壊する。自分は後ろに押し出されて、空中に投げ出される。
何が起きたかはすぐに把握。光とともに、少女が巨大化し、その質量で押し出された、のだが。
いや、あれは!
「ドラゴン!?」
変身し、現れたのは竜種だった。いや、人に変身していた竜種か。
やはり、戦わないってことはないらしい。
「アイラ、こっちはどうにかする!から、っ!」
報告する暇なんてないらしく、空中の僕に、竜が口を向ける。
ブレスか!
回避、いや、ここで眼は使えない!
ここ数日、覚えたことを思い出せ。
―――――――――術式展開、防御術式!
「ロー=バース」
バリアを展開、ドラゴンのブレスを受けきり、地面に着地する。
―――――――――防御術式、バース。上位のバリア術式で、僕にはダウングレードで精いっぱいだったが、どうにか防ぎきれた。
・・・・・・・・・でかいな。
街から頭飛び出るほどのサイズ。なんでこうもこの世界の女の子は強いのばっかなんだ。
恐らくアイラはクローナで手一杯になる。こっちはこっちで制圧するしかない。
学習した僕の魔術が、どれほど通用するか、試すいい機会だ。
「実験にはちょうどいい」
「お前、魔王ではないだろう」
「っ!喋れるのか」
「当たり前だ、その辺の劣種と一緒にするな」
竜の中でも上位の類いらしい。確かに偉そうだ。
「ああ、魔王じゃない。お前こそ、何者だ」
「竜種だ、見て分からないか」
まあ分かるけども。竜種が人に化ける魔法を使うものか?
「話せるなら都合がいい。話し合いでどうにかならないか?」
「言う割には、やる気満々のようだが?」
「あーうん、まあそうなるよね」
やる気満々だったのは、話が通じないと思ったからだが。
まあ結局は、避けて通ることは出来ないだろうし、これ以上の対話も時間の無駄だ。時間稼ぎって面では有効だけど。
全身に身体強化の術式をかけ、攻撃用術式も準備。
「んじゃ、初めからフルスロットルで行く。気抜くなよ」
「我が名はアルル。竜の魔女、アルルだ」
「僕はノア。お手柔らかに!」
爆裂術式の攻撃を合図に。戦闘は始まった。
速度を上げて、攻撃を避ける。建物を足場に、敵の火の玉を素早く回避する。
アルルの攻撃、初めの広範囲ブレスとは打って変わって、術式で速い火の玉を飛ばしてくる。ブレスは消費が激しいのだろう。
この速度なら、僕の動体視力で回避可能だ。空中に身体を出せば危ないが、足場を意識して動けば問題ない。
相手は的が大きく、動きも遅い。こっちが翻弄できる。
・・・・・・・・・の、はずだが。
「っ!」
的確に打たれた攻撃を、ルナで弾く。
先読みの攻撃。死角なのに、的確に狙う炎の弾。
視えている。全体がしっかり。
やはり一筋縄ではいかない。けど、機動力はこっちのが上なのは確か。
そして何より。スカの可能性皆無な点!
家の屋根に移動し、右の指先に魔力を集める。
「現代術式、『八口径』爆炎弾・・・・・・・・・っ!」
魔力の弾丸。それに回転を追加し、威力、速度ともに底上げした渾身の爆裂術式!なお、八口径に意味はない、詳しくないし。
そのまま頭部に直撃、同時に爆発を起こす!
・・・・・・・・・が。
「っ!!」
爆煙から打たれる炎弾を間一髪で回避する。
爆煙の中のアルルはピンピンしている。硬すぎ、鱗のせいだろうか。
いや、恐らくは防護術式。あれが全身となると、有効打になりうる攻撃を、今の僕は持っていない。
ダメージが入っていればいいのだが、それも分からない。とりあえずは、相手の術式の隙があるかを探るしかない。
移動しながら八口径を数発発射するが、ダメージが入っている様子はない。
「無駄だ、その程度の威力では」
「ああ、だろうな」
「?」
アルルが喋り始めたタイミングで、距離を詰める。
ルナ=ラージソード!
―――――――――キンッ!!
「・・・・・・・・・く、っそ」
刺さらない。勢いつけて突き刺すも、ピクリともしないどころか、こちらに反動が返ってくる始末だ。
なんて硬さだ、くそ。
っ!後ろに魔力反応!ラージソードを後ろに、
―――――――――ッ!!
その瞬間、竜の皮膚で爆発が起こり、吹き飛ばされる。空中に投げ出され、さらに炎弾で地面に叩き落とされた。
「・・・・・・・・・はぁ」
いったいなぁ、くそ。
正直甘く見ていた。痛手覚悟で繰り出した攻撃であることは承知していた。その上で、背後の術式展開でダミーを作り、正面皮膚での爆発。最大のダメージを与えに来た。背後に展開された術式でもダメージが入るからこそ、騙された。
竜とは言え、知性がある。騙し討ちも、絡め手もある。失念していたことを、強く意識し直す。
さて、どうするか。割れた地面の上、ダメージのせいですぐには動けない。追い打ちが来る。
ルナを左手に。
炎のブレスなら、相殺以外に手はない。
「ルナ、術式付与『火炎』!!」
―――――――――――――!!!
熱い!腕が焼ける!
ルナに付与した術式は、僕の左腕ごと炎上し、相手のブレスを押し返す。
炎耐性を軽々突破し、皮膚を焼く周囲の熱気。呼吸も出来ず、術式がなければ一酸化炭素中毒で必死の状況。
爆発ばっか炎ばっかで、もううんざりだ。まあ今の僕には、爆発の術式しかないけど。
強く踏ん張り、一直線!竜の首の皮膚に辿り着く。
「喰らえ!」
ダンッ―――――――――ッ!!
「っ!なに!?」
僕の『八口径』は術式発動時に6発、腕に装填され、それを使い切ればしばらく同じ腕に装填は出来ない。
さっきまでに既に5発、残り1発。後がない。
左腕は竜の皮膚の爆破でダメージが蓄積していた。だから右腕を残し、この一撃にかけた。
―――――――――ルナ=モード・ガン。
通常、魔力で形成する弾丸。故に、一定の圧力で爆発を起こす。だが、弾をルナで造形し、八口径の術式を付与すれば。
時限の爆破弾が成立する!
発砲のインパクトで後退し、地面に落ちる。
銃弾の貫通力で、アルルの防護を突破。そして。
「着火・・・・・・・・・!」
―――――――――ッ!!
また爆発。それと竜の咆哮。
内側で爆発した弾丸は、アルルの首を抉る。あげる煙の中、アルルはゆっくりと地面に、
「やるな、お主」
倒れなかった。
なんでピンピンしてるんだよ、首の内側で爆発しているんだぞ、倒れるのが普通だろうが。
「我ら竜種でなければ、勝っていただろうな」
そうか、竜種ってのは元々火を吐く異常生物、究極な生命だ。
相性最悪。炎は奴の性質そのもの、専売特許ってことか。
「こちらも本気でやらせてもらう!」
「っ!!」
本気出します宣言で警戒、しかし攻撃が来ない。
攻撃ではなく、翼を羽ばたかせ、強い風を発生させる。
「!?」
そして気づけば。
・・・・・・・・・空中にいた。
「まずい」
空中戦は、まずい!まだ空中浮遊は無理だ、思うように動けない。
それに引きかえ、敵は竜。空が縄張り!奴のフィールド!
っ!飛翔速い!
「『バース』!」
な!?
「あっち!!」
燃えた、受けきれない!?
さっきまでのは最高火力じゃなかったってか?いや、地上じゃ周囲を巻き込む火炎は出せなかったのか。
まずい、防御術式で受けれないなら避けるしかない。のに、空中じゃ上手く動けない上に、機動力で圧倒されてる。
攻撃も有効打がない。ダメージが通らない。
・・・・・・・・・考えるまでもなく、詰み、では?
「っ!」
素早く『空識眼』を起動し、空中で足場を生成、ジャンプし避ける。
広範囲ブレスもこれなら回避できるが、何度も『空識眼』は使えない。出来て5回、だがそれを使っても、そう簡単には地上には戻れないだろう。着地時に隙が出来るだろうし。
そして、受けきれなくなったとき。焼かれて、灰になるだけ。
逃げ道はない。長期戦も無理。なら。
・・・・・・・・・打って出る。
空中の移動。上手く操作できないけど、一直線なら行ける。
逆さになり、手に握るは爆発術式。
それで一気に上昇、さらに空中に足場を作り踏ん張り、直角急降下!
狙う着地地点は・・・・・・・・・。
「は?」
「乗らせてもらう」
アルルの背だ。
「馬鹿か、死角とでも思ったか?また吹き飛ばす、」
「飛ばされねえよ、意地でも」
「は?」
飛ばされない、絶対に。あの威力の爆発なら、剝がされぬまま受けられる。
それに。今からすることは、自死覚悟の、大博打だ。
―――――――――魔力放出、『高魔風円』
唐突に、周囲に竜巻を引き起こす。
「は?何を・・・・・・・・・っ!?」
気付いたな、この異常な攻撃に。
「なに、何をしてる!?」
「はっ、さあな!」
僕だって試したことのない攻撃、いや攻撃とも言えない行為だ。
だが、これしかない。この一撃が唯一、こいつに届くかもしれない手!
「超高魔力反応!?くそっ、離れろ!」
「断る!!」
爆発を、根気で耐えてみせる。
魔力の大放出。がむしゃらに、身体の中の魔力を吐き出している。こうでもしないと、こいつに致命傷は与えられない。
(これは、まずい)
「っ、クローナ!!」
「!?」
クローナに、助けを!?
そして、地上のクローナに。
「!」
(へぇ、何あの魔力量。確かにあれはまずいね)
激しい戦闘の折、一瞬で斬撃を僕に。
そしてそれは、僕の発生させた竜巻にかする。
だが。
「?なんで、っ!!」
消えない術式、その異常で一瞬怯み、その隙にアイラがクローナにきっつい一撃を与える。
しかし懸念するアイラ。
(クローナの術式で消えない。ということは、あれはただの魔力放出。ノアの身はただでは済まない。それに、あれでは指向性を持たせられない・・・・・・・・・)
分かっている。魔力を放出するだけでは、ただ空気中で拡散、霧散し、消滅するだけ。
術式でない以上、高度な魔力操作がいる。魔王の大量の魔力を最高速度で放出するほどの高魔力、手練れでもそれをそのまま攻撃に転用するのは難しい。
そもそも、そんな魔力の無駄遣いは普通しないし、出来ないのだ。術式という型に嵌め込んだほうが威力が出るし、わざわざ魔力消費の激しく、操作も難しい『魔力単体での使用』なんて愚策、しない。
術式の上達と、魔力保持量に大幅なずれがある僕以外には、有効打になり得ない。
だが、そんな高度な魔力操作、僕には不可能。だから。
「ルナ!!」
理論上は可能であること、それは確認済み。
右手に、宝器・ルナ。これの応用によって、指向性を!
そして、ルナによって導かれた魔力は、引っ張られ、一点に収束し。揺るがない一撃を作り出す。
もうどうにでもなれ。全てを巻き込んで。
「堕ちろ。『超新星魔力』――――――――ッ!!」
それは、空中で炸裂した。




