第12話 ノアの気持ち
トリルの街に戻ったノア一行。その紅茶のいい香り漂う街で休暇を取って今。
・・・・・・・・・既に7日過ぎていた。
正確な日数すら認識していない僕は、今日も今日とてアイラの朝食から始まる。
「うん、上手い!」
アイラは料理も上手くて、頭が上がらない。卵にパンなどがこの世界の基本的な主食料理で、味覚的な面でも困らない。米があまり流通していないのは少しあれだけど。
「さて、今日はどこ行きましょうか」
「んー、今日レンは?」
「いますよ、寝てます」
「ふーん、じゃあみんなで行こうか」
時間的な問題なんて、全員そろってスルーして。いつこの街を出発するか、なんて論は二日目で既に消えていた。
滞在している家はレンの所有している家。あらゆる街で家を買っているらしい。居心地良すぎるし、お金の面での問題もゼロ。出立するタイミングを見失っている。
身体の調子も良好。結局のんびり休めたので、魂の消費も、眼の不安定さも今は感じない。
勿論ちゃんと魔術の修業もして。まあこの時間も、大切な育成期間と思えば。
することなくなったら出発するだろうし、今は僕の追手もいないようだし。ゆっくりできるときにそうするのも、悪くないだろう。
ちゅうことで、今日ものんびり観光を楽しむとしよう。
綺麗な街に出て。もう見慣れた街を三人で歩く。
これだけ滞在すれば服装も変わって。僕の服装は目立たない普通の格好で、でも現代を軽く意識した黒主体の服装を作って着替えてみた。かなり着易く、動きやすい。
アイラはあまり変わってなくて、レンも思いのほか簡素な服装のままだ。ファッションとか結構好きそうだと思ったのだが、見た目なんて自由自在、らしい。
二人の買い物に付き合いながら、少しずつ、あまり見慣れない様子の街に進む。
アイラもレンも、ショッピングをそれぞれ楽しんでいるけど、僕は正直買いたいものとか思いつかない。特に気を引かれるものもないし、だから僕は雰囲気を楽しむことにしている。見慣れない楽しい街ではあるし。
「あ、ちょっとあれ買ってきます!」
そう言って、僕とレンを置き去りにするアイラ。『あれ』というのは、案の定デザートだ。前も思ったけど、クールなアイラが甘いものに目がないなんて、意外だ。どれだけ食べても太らないのだろうか。
「全く、どれだけ食べるのよ。以前食べたでしょうに」
「・・・・・・・・・」
最近、僕個人の問題だけど。少々、困ったことになっている。
「結構待ちそうね」
「・・・・・・・・・」
「どうしたのよ、ノア」
「・・・・・・・・・レン。あんさ」
「何よ、歯切れ悪いわね」
困ったことに、言いずらい事なのです。ですが、なんかこのままにしておくのもまずいような気がするので、覚悟を決めてレンに相談することにする。
「・・・・・・・・・僕、さ。アイラのこと、好きになってしまったのです」
「変な口調になってるわよ」
「ですね、はい」
「へぇそう。それは生殖したい系のやつ?」
「そんなはっきり言わんでくれない?」
んな直接的に言わなくても!
「へえ、あんなん好きなんて、変わってるわね」
「そんなことないだろ。めっちゃ美人じゃん」
「私に人の見た目の良し悪しなんて分かんないわよ」
「悪しは分かるのでは?」
「分かるわね、悪しは」
「いや要点はそこではなく」
自分で広げておいて、話を軌道修正する。それくらいには、レンにそれを告白したことにテンパってるし、今の自分の感情がまずい事も自覚している。
いやだって、アイラの容姿は以前の世界の芸能人を凌駕するし、さらに強くて家事できて気配りできて。間違いなく、僕が出会った中で完璧な人だ。惚れることは、至って普通、必然とも言える結果だ。
でも、現状を見れば。
今そんなことを考える余裕なんてない。アイラにも、マイナスに働くことだ。
でも感情が溢れそうになってるって、自覚してるから。吐き出した。
でも、相談相手間違えたかも。他にいないけど。
「告っちゃえばいいじゃない」
「いやさでも。今僕魔王の姿で、アイラは魔王のこと恨んでるって言うじゃん?残念ながら僕のデフォルトもこの見た目だし、普通に考えて勝ち目ないんじゃない?」
「少なくとも、物事の優先順位は弁える奴だわ。今の優先は、あんたの望みを叶えて、魔王を見つけ出すこと。あんたとの恋愛なんて後回しにするでしょうね」
「・・・・・・・・・もしそれが終わったとして。勝算はあるかな?」
「・・・・・・・・・アイラは、魔王ノアを嫌っているわけじゃない。恨みと嫌悪はまた違うの。その恨みはしっかり返すけど、返せればそれでいい、みたいな。だから、嫌ってるわけじゃないのだから、ゼロではない、とは言えるわね」
「ゼロではない、か」
言葉の裏を読めば、可能性はないわけではないが、限りなく低い、ということだ。ゼロだ、と言われた方がまだ楽だったのに。
まあでも、そう思っていいかもしれない。芸能人に恋したみたいに、離れたところで眺めるくらいが精々だろう、と思った方が、ギクシャクする心配ないし、それでいいか。
これまでも、告白なんてしたことないしな。
そんな諦めモードに突入した僕を知ってか、レン。
「1つアドバイスをするなら。やめておきなさい、あんな血生臭い奴。あんたはきっと、優しいから」
「・・・・・・・・・ごめん、こんな面倒事。相談乗ってくれて、ありがと」
「暇つぶしにはなったわ」
結局、無駄な話になってしまった。どちらにせよ、今どうこうって話ではないから。
でも、少しは心のつかえが取れた。やっぱ相談してよかった。
アイラが果物の串みたいなのを持って戻ってきて、また先に進む。目的地は街の西側、まだ行っていない商い通りだ。
近道と思われる細い小道を進んで。そこを出ると、騒がしい通りに出た。
中央の大通りに負けず劣らずの賑わいっぷり。中央には食材に飲食の店が主だったが、こっちはお土産など、観光よりの店並びになっているらしい。通る人は、様々な服装の人がいる。
ここは、レンの感性をよりくすぐりそうだ。
「やっぱここね!買い溜めには持って来いだわ!」
「何を買うの?」
「第一は紅茶ね。ここのは本当に美味しいから」
流石は紅茶の街、そして流石はここに詳しいレンさんだ。聞いてはないけど、僕が想像もしないほど長い年月を生き、何度もここに来ているのだろう。
紅茶なんてこの世界に来るまで飲んだことなかったけど、癖になりそうな美味しさだった。惜しまずたくさん買っておこう。
それ以外にも紅茶の菓子とかも。いくらでも持てて、いくらでも買えるなら、たくさん持っておこう。
目的をさっさと果たすってことも重要だけど、旅なんだから。楽しい旅にするために、こういう娯楽は大切にするべきだと、考えが変わった。
多分あと・・・・・・・・・三日ほどで発つけど、それまで色々考えて、色々仕入れたほうが良さそうだ。この世界に来て早々の土壇場、必死さで、そういうことをが頭からはずれていて。まさかレンに教わるとは思わなかった。
せっかくの異世界なんだ、楽しまずしてなんとする。
魔術の訓練も、街の移動も、危ない戦闘だって。全部楽しんでみせ、
―――――――――キンッ!!
・・・・・・・・・は?
歩いていたのが、一瞬でフリーズする。風圧と、アイラで埋まった眼前で。
頭が真っ白になる。何が起きたのか理解できない。
攻撃、か?アイラの剣が弾かれた。それほどの攻撃。
いやそもそも、アイラの探知がある、奇襲はあり得ない。のに、アイラが弾かれるほどの攻撃、だと?
「っ!ノア!!」
「ルナ・・・・・・・・・っ!!」
一瞬遅れて、反射で行動に移す。
あり得ない攻撃。アイラを弾くほどの攻撃。僕の名前を呼んだアイラ。
重要なのは、アイラの言。この状況、アイラが弾かれたからと言って、僕を護れないほどの攻撃じゃないはず。なら、急場で僕に要求することは、自衛でも避難でもない。
こっち、だっ!
「え?」
―――――――――ッ!!
「ぐっ!!」
脇腹に、穴が開く。ルナの変形は全く間に合わず、まともに食らう。
が、どうにかなった。
レンはよろけて、どうにか転倒を凌ぐ。そう、レンにぶつかり、どうにか避けさせた。
「レンッ、早く!!」
話は、7日前に戻る。




