第10話 冴え
・・・・・・・・・ここまでは、上手くいった。
誘導し、想定し、相手を読んで行動した。アイラもいい手札を切ってくれた。
最前の手。びっくりするほど冷静に、こうも言葉を選べたものだ。自分で自分が怖い。自分じゃないみたい。
そして、レンが僕に術式を使う。
「行くわよ。力抜いて」
「うん」
「『同調』」
その瞬間、身体が浮く。
視界は瞑っていて見えないけど、まるで霊体になったかのような錯覚。そして次に、力が入る。
全身に魔力は流れ、ありえないほどの力が湧いてくる。これが、増強魔術!即筋肉痛になりそうだな。
「・・・・・・・・・はい、おしまい。こんなとこでいいでしょ」
「あ、ああうん、せんきゅ、レン」
「今から殺されるってのに、呑気ね」
「ま、やれるだけやるさ」
一度抜けた力、魔力をもう一度入れ直す。感覚で覚えた、最高出力、肉体の限界の増強魔術を展開、成功する。
増強魔術の真髄。特に、魔術回路のイメージが明確になったのはでかい。あらゆる魔術の根源である魔術回路の存在を掴めたので、今後の魔術修得に大いに役に立つ。
本来、年単位の修行を経て修得するものだ。それが一瞬で、最高の近道が出来た。
ここで生き残りさえすれば、全部丸く収まる。
「1つだけいいか?レン」
「何よ」
「そんな容姿だが、思いっきり斬っても死なないよね?」
「そんな心配無用よ、ダメージなんて喰らわないから。さっさとしましょ」
「・・・・・・・・・ああ」
勿論、なんの勝算もなしにこの決闘に乗ったわけじゃない。アイラから言わせれば、それを差し引いても無理ゲーだろうけど。
でも僕は。単純に使ってみたかった。一度使って、明確な変化があって。
この掴んだ感覚を、無駄にしないために。
「ルナ」
ルナ=モード・ダガー。
それともう1つ。疼く右眼。
さっきの成功で空間の感覚は分かった。いざってときにしか使えないのは何となく分かるけど、この武器があれば。
・・・・・・・・・勝てる。
「んじゃ、始めるか」
「ええ。アイラ」
「はい。では、これより決闘を開始します」
恐らくここは初動が大事になる。思いっきり、だ。
相手が最も油断し、最も可能性のあるタイミング。初っ端からフルスロットルで!
これで決まるなら、消耗を考える必要もない。
「始めっ!」
「始めっ!」
初っ端から速攻で決め、
---------!!
「ッ!?」
僕が動くよりも早く、速く。鋭利に刺す氷が僕の横を通過する。
ギリギリだった。初っ端で終わるところだった。
「くっ、」
いや、完全には回避できなかった。足の先に氷が当たってしまった。固定されれば負け、使うしかなかった。
---------『空間断裂』
物体を押しのけて、空間を一瞬だけ次元から引っ張り出す。足先にほんの僅かな範囲にだけ発動させ、氷を砕いた。
右眼が疼く。この感じ、使用できるのはあと2、3回ってところか。
「避けたのね。でも止まってる暇はないわよ」
「く、っそ・・・・・・・・・!」
すぐに踏み込んで第2撃、3撃を走って避ける。
速すぎる。氷が伝う速度が異常だ、動きを止めたら捕まる。
現状こちらは回避しか出来ない。迎撃してこの質量の氷、いや結晶をどうこうする手段がないから。
だから、このスピードがなければ詰んでいた。やっと自身の動体視力を活かせる速度で動ける。そのスピードでギリギリな相手、他のどんなハンデを持ってしても勝ち目は薄かったろう。
フィールドは森。まだ位置が正確にバレてはいるが、元々視野が悪い上、攻撃を打てば打つほど視野が悪くなる。
攻撃は結晶。触れただけでは問題ないはず。
まだやりようはある。
「ちっ、中々動けるわね」
壁キックの要領だ、着地地点を踏み外せば死ぬ、角度と位置を把握し、ノンストップで跳ねる。
これでようやく。
「同じ土俵だろっ!」
手に持つダガーの1本を投げる。狙いはいい。
だがまあ、当然のように彼女の周囲に浮かぶ結晶がそれを弾き飛ばす。そのまま結晶の攻撃。
想定通り!
「こっ、こだろっ!」
結晶の反撃は想定していた。というか、誘った。
こちらが仕掛ければ、ほんのわずかに攻撃のタイミングが遅くなるし、攻撃も範囲より速さを優先させる。こっちは投擲で速度が落ちているのだから、当然の選択。
肉体の最高出力を教えたのはレンなわけだから、速度は知られている。そのうえで、性能的にギリギリ回避できていたわけで、この攻撃も性能的に避けることは出来ても、抜けることは出来ないという認識。
じゃあ、その出力を。ほんの少しオーバーしたとしたら?
ほんの少し範囲の狭まった結晶の線を、抜けられる!
斜め前方に跳躍し、回避。結晶に足をかけ、レンの方に近づく。
「!このっ」
地でなく上空に上がった僕を攻撃するなら、地からの結晶群でなく、結晶の槍だ。それならルナで対処できる!
(弾かれっ・・・・・・・・・いや、軌道を!)
軌道を変える。
力勝負で結晶を弾けるわけがない。実力差は歴然だ。
だが、受けならどうにかなる。幸いと、刃こぼれする武器じゃない。
宝器ルナ。ダガーは基本2本装備。さっき1本投げたが、もう片方が手元にあれば、いくらでもそこから再生製可能だ。もちろん投げたダガーは消滅し、その分魔力を食われるけど。
刃こぼれも問題ないし、最悪折れても防げさえすればいい。
このまま、結晶を避け、刃を通す!
キンッ---------!!
「は、」
空中で、何かに、
「舐めすぎ」
---------ッ
「かはっ・・・・・・・・・っ!」
腹に触れたレンの手から、思いっきり吹っ飛ばされる。
衝撃波、かなり強力な。宙に飛ばされ、意識が朦朧と・・・・・・・・・。
「これは受けれるかしら」
いや、まずい!このピンチをレンが見逃すわけがない。
2本の結晶。空中でしかもこの体勢、前傾姿勢じゃなければダガーで防げないし、空中じゃ同時に来る攻撃のタイミングもずらせない。
空間を・・・・・・・・・いや、ここでは使えない。
「くっそ、ルナッ!」
一か八かだ。大剣に変形。
大剣の中心を1点だけ固定。足を振りかぶって思いっきり、蹴り飛ばす。
固定点を中心に、蹴られた剣は空中で回転し。
どうにか結晶2本を防ぎきれた。同時にルナは相当遠くへ吹き飛ばされ。
そのまま地面に着地する。着陸には失敗したが。
「あぁ、くっそ痛え」
腹が抉れた。なんて物理攻撃だよ、クソ。
もっと軽傷で済ませたかった。そのための出力オーバーだったのに。
その弊害は・・・・・・・・・痛いけど、大丈夫。動く。
でも腹の激痛がそれを拒む・・・・・・・・・ッ。
「はっ、」
無理やり踏ん張って結晶を避ける。こっちが休む時間をくれるわけがない。
吐血が出る。口の中が血の味で、内臓が悲鳴をあげている。動くたびに骨が軋むし、痛みで思考は重い。
苦痛・・・・・・・・・だが、思ったほどじゃない。
ここまで痛手を負う想定はなかったけど、まだ動けるなら問題ない。
今ので分かった。真正面からじゃ、絶対に勝ち目はない。それは始まる前からアイラも分かっていた。勝ち目があるなら、不意を打つしかない。その上で、強力な一撃が必要、と。
・・・・・・・・・無理じゃん。
不意打ち、イメージするのは暗殺だが。それは弱点だらけのただの人間相手だから成立する手段だ。
戦闘中で暗殺が成立しない上に、生命としての隙すらない相手。そんな暗殺ですら成立させようのない、認識されず、さらに力強く殴らなければならない、とは。
あー、不可能・・・・・・・・・でもないから、この決闘、受けたんだが。
痛みも引いてきて、動きも俊敏、反応もさらに敏感になって来た。出ては消える結晶の攻撃も、ちゃんと避けられる。
レンは動かない。俺ごときに、動くなんて手間なことはしない。ギリギリで回避出来る間合いを、こちらで設定してレンとの距離を決められる。
だが、長引くなんて手間、レンが許容するか?
「っ!来る」
しないと読み、それは当たった。
「あーもう、面倒くさいわね!」
広範囲結晶攻撃!森に結晶の山が生える。
回避不能、さっきまでとは違う、捕まえる攻撃ではなく、殺す攻撃。走って避けられる幅じゃなく、当たれば必敗、窒息して死ぬ。
もちろん、意識が飛ぶ前に空間転移出来れば助かるが、レンからしたらただの仕切り直し。もう一度同じことをして、終わり。位置指定も咄嗟では出来ないだろうし、結局こちらに勝ち目はない。
・・・・・・・・・その選択肢が僕にあるからこそ、レンはそれにつられる。
「・・・・・・・・・あっけない、終わりね」
(でも、最後まで、アイラが動かなかった。意外ね)
「・・・・・・・・・・・」
動かなかったアイラ。ポーカーフェイスを崩さないアイラだが、内心は驚いていた。
(まさか、想定してた!?大した情報も、レンの性格も知らないはずなのに!予測し、想定し、観察し、これを待ったの!?)
そもそも、アイラは何かを知ってて動かなかったわけじゃない。あのタイミングで動かない以上、助けるという選択肢はなかったことになる。
良かった、アイラが僕を信じてくれて。助かることが、今回の目的じゃないから。
「・・・・・・・・・まあいいわ。じゃあわたしはもう、」
・・・・・・・・・隙、見せたな。
そのまま急降下する。そのタイミングで、背を向けたレンも、僕に気づく。
「ッ!?」
(なんで、あいつがそんなとこいんのよ!?)
言ってしまえば、避けただけ。
上空にいるわけないと高を括った。まあそうだろうな、意識はしていないものの、上に回避できないように撃った攻撃だろうから。
普通に跳躍しただけじゃ、空中で減速してしまうため、回避は不可能。途中で捕まる。だから途中で踏ん張り直した。
―――――――――『空識眼』、物質化。
空間を一瞬だけ、物質の次元に引っ張り込む。それで一瞬だけ空中に足場を作り出した。
それで加速、木々で視界を遮り、空中に出る。
ここまでくれば簡単だ。もう一度空中に足場を作り、急降下するだけだ。
眼が疼くが、視界がぼやけるだけで問題はない。
「ルナ、あと一度っ!」
指につけていた金色の指輪が、大剣に変形する。
ルナはほんの一部さえあれば、魔力次第で形を変えられる。だから一部を指輪に変形させておいた。拾っていないはずの武器が手にある、少なからず動揺する。
あとはダメ押しに残り使える魔力を剣に込めて。
―――――――――振り下ろした。
防御の結晶を叩き割って。その剣が果たして通用するのか、後は神に願うしかないな。




