第1話 プロローグ1
物語の始まりは、いつだって唐突だ。
・・・・・・・・・・・・今回はそれが過ぎる。
「いきなりで悪いがの。貴様、殺してしもうたわ、スマン」
「・・・・・・・・・」
僕ともう一人しかいない真っ白い空間の中で、犯人が第一声でそう告げてきて。
全く。リアクションすら、取れやしねえや。
※
「対大群陣形と取れ、早く!」
「裏を取られるな、相手の位置を見失うな!」
「群れをばらけさせるな!まとめて叩くッ!」
暗い地下空間で、たくましい声が響き渡る。
ここは地下ダンジョン12階、探索を進めていたところ魔物のベル=ウルフの群れと交戦中。
素早く動き、指示する兵士たちに、その指示に従う私たち。おかげですぐさま安全で、優勢な立ち位置になっていく。
囲まれないように組まれた陣形は理想的で、近接攻撃隊が前に、その後ろに守れらるように後衛隊が構えている。
そして私は前衛隊の剣士。重たくて鋭い剣を、誰よりも速く振れる最前線の兵士。
・・・・・・・・・・二か月前までは、こんな重いもの、持ってすらいられなかったのに。
私が出るまでもなく、ベル=ウルフの群れが瞬く間に減っていく。
倒れるオオカミ。その死体を見ても、今はもう何も思わなくなった。血生臭い悪臭だけは、今でもなれないけど。
響く戦闘音の中、隣で私同様、温存してる兵士が顔を向けてくる。
「順調だね、那奈」
「だね。未到達地って、怯えすぎてたかも」
「用心するに越したことはないよ」
そう言って微笑むのは、黒いストレートの髪質の男の子、亮。私の友人で、今は頼りになる最強の仲間。
「でも、怯えすぎてもいけない。早くこんなダンジョンクリアして、先に進まないと」
「・・・・・・・・・うん」
度々険しくなる亮の表情に、少し複雑になるけど。
私も悲しかった。あのとき、耕平が死んでしまったこと。でも今となっては、あまりにも現実味がなくて、感情が表に出ない。
そう耕平を想って、生き急ぐかのような様子を見せる亮を見ると、少し不安になる。
けど、何も言えることなんてなくて・・・・・・・・・。
ベル=ウルフを倒しきった私たちは、少し休んでまた先に急いだ。
※
---------全ては、二週間前に始まった。
一言で言うと、『異世界召喚』というやつらしい。異世界の魔法だか、魔術だかで、異世界から私たちを戦力として召喚したという話。
そういうファンタジーな話で、到底理解できるものじゃなかったけど、周りにはクラスメイトや友達がいたから、冷静になれた。
・・・・・・・・・だけど、同時に起きたもう一つのことは、平常を取り戻すのは、無理だった。
「・・・・・・・・・耕平?」
・・・・・・・・・耕平が、死んだこと。
耕平が近くで横たわっていた。傷はなくて、ただ眠ったように息を引き取っていた。
そのとき私は泣き喚いて、気づいたのは丸一日経った後。その後も連れられた王国のお城の部屋で引きこもり、食欲も全くなかった。
今は大丈夫になったけど。
聞いた話だと、耕平は召喚に失敗したらしい。耕平だけが何故か失敗した、と。
納得出来るわけがないけど、飲み込んで今は、王国のためにダンジョン攻略を手伝っている。
「ハッ!」
自分の刃の線に合わせて、オオカミが斬れる。オオカミの素早い動きも最初は怖かったけど、今は凄く遅く感じるようになった。
「那奈様。今あなた様が戦う必要はないのですが」
「身体慣らしとかないと、いざって時動けないですから。消耗は気を付けてます」
この探索隊の隊長であり、王国の一級騎士であるハザールさんが気にかけてくれる。最初の頃は嫌な態度を取っていた私も今は仲良くやれているし、ハザールさんも親切に私に接してくれている。
「怪我にも気を付けてくださいね」
「怪我しても、美里達が治してくれますから」
私の友人の美里や、クラスメイトの花梨たちは優秀なヒーラーだから、怪我をしても大丈夫。痛みはあるけど。
「それにどうせ、今回も亮が一撃で終わらせてくれますよ」
そもそもいつも出番なんてなくて。亮が強すぎるから。
今回で探索は2回目になるけど、前回の階層で度々見かけたボス的な魔物は全部、亮の一撃で終わってしまった。
故に、亮だけが休んでいればいい。温存できるところは温存して、一回で出来るだけ奥に進もうっていうこと。私の有無はあまり重要じゃないと思う。
「いや、どうだろうな」
しかし、ハザールさんは少し顔を曇らせる。
「え?」
「亮は超強いが、どこまでこうも順調に行けるか、分からん」
「敵が強くなる兆しはないですけど」
ベル=ウルフや他の魔物も強くなってる感じがしないし、新しい凶暴な魔物も出て来ていない。
何も変わらず、奥に進めると思うけど。
「確かにそうだが、このダンジョンは変わらなすぎる。それが逆に不気味に思えてな」
「・・・・・・・・・」
「ああいや、怖がらせるつもりはないのだ、すまんな。でも、少し意識はしておいてくれ」
「はい・・・・・・・・・」
その言葉、フラグなのでは?
そう思いながら先に進んでいき、ついにそのボスと対面することになる。
少し下がり、ダンジョン16階層。
魔物を倒しながら進み、開けた空間に出る。
「止まれ!」
そこに、普段見ない大型の魔物。
「オーガ=ゴーレムか」
「それが2体も」
10階層に出た角の生えたオーガ=ゴーレム。それが2体同時に出現。それに加え大群のベル=ウルフやレムスネークも。
ボスの質は確かに上がっている。でも、その程度と言える敵戦力だ。
「僕に任せてください」
亮が一歩前に出て、剣を一振り。それで終わり。
オーガ=ゴーレム2体は2体ごと亮の一撃で瞬殺。後はいつも通り周辺の魔物を連携で倒していけばいいだけ。
ボスにしては手ごたえがなさすぎる。やっぱしばらくは私の出番はなさそうだ。
「ん?待て、様子が」
「え?」
安堵の息を吐いてすぐ、ハザールさんの顔色が変わる。ハザールさんの視線の先、魔物の残骸に目をやる。
そこで、信じられない展開になる。
「なにっ!」
「なんで!?」
------------ッ!!!
魔物の咆哮が地下空間に響き渡る。
目の前で魔物が復活した。跡形もなく光に消し炭になったはずなのに、なぜか生き返った。
オーガ=ゴーレムどころか、巻き添えになったウルフやスネークまで復活している。
「不死身の、魔物・・・・・・・・・っ!」
「くっ、もう一度だ!」
もう一撃、亮が放つ。
が、十秒ほどですぐにまた復活してしまう。
「と、とりあえず!」
オーガ復活の最中に襲ってきた数匹のウルフを切り刻む。
「体制を整えよう、ハザールさん!」
「あ、ああ!みんな陣形を意識しろ!対大群陣形だ!」
しかし、切り刻んだ魔物もすぐに復活してしまう。
「なに、再生が早いっ!陣形早く!!」
「ハザールさん一旦仕切り直しましょう!一掃します!」
そう言い、一閃を放つ亮。その横一閃で、オーガ含めた魔物全てを吹き飛ばし、後退させた。
流石の一撃。やはり亮は強すぎる。けど、この攻撃、消耗が少ないわけがない!
「待って亮!消耗は?」
「相当きつい。『閃光の裁き』はあと一撃が精々だ」
ボス級の相手を一撃で倒すほどの攻撃が、何発も打てるわけがない。このままじゃ消耗し続けて、負けてしまう。相手の再生に際限があるかも分からないのに、戦うのは得策じゃない。
これは、撤退すべきだ。
「ハザールさん!私が敵を食い止めますから、撤退を、」
「ダメだ!こんなところで足止め喰らってるわけにはいかないっ!!」
「亮・・・・・・・・・っ」
「生き返るのなら、倒れるまで倒すまでだ」
「再生に限度がなかったら消耗するだけだって!」
「だとしても、こんなとこで下がれない!」
そのまま亮が前に出て、オーガと剣を交えてしまう。こうなったら亮を援護するしかない。
周辺の魔物を切り崩しながら、もう一体のオーガの相手をする。
だけど、まずい。
私の斬撃は亮の攻撃ほど威力がないからか、敵の再生が早い。オーガの腕を切り落としても、すぐに生え変わってしまう。
攻撃が意味を成さない。受け流してるだけで、スタミナを持っていかれる。
やっぱりこれは・・・・・・・・・っ。
「亮やっぱりっ・・・・・・・・・え?」
「ッ!那奈っ!」
紫色の光に反応して、どうにか直撃を防ぐ。
口からのエネルギー攻撃だ。一撃で倒していたから、初めて見る攻撃で、完全に虚を突かれた。
・・・・・・・・・初めて、ダメージを受けた。剣を持つ左腕が、熱い。
手の甲から流れる一筋の血を見て、膝から崩れ落ちてしまった。
「く、那奈様!ここは私がっ、下がってください!早く治癒を!」
「那奈!大丈夫か!」
「う、うん、大丈夫、軽傷だから」
ハザールさんと亮の言葉にどうにか反応して、すぐに立ち上がる。
本当に軽傷だ。軽い傷、治癒ですぐ治るし、痛みもあまりない。
でも、今理解してしまった。ここは。このダンジョンは、命と隣り合わせであるということに。
それに、恐怖を覚えてしまった。足が竦む程度じゃないし、ちょっと認識を改めた程度だけど。それでも意識に変化があった。
ここは・・・・・・・・・危険なところ。
「大丈夫、那奈。もう治したよ」
「うん、もう行くね」
「えっ、少し休んで、」
「少し、思いついたことがあるの」
前に出て、前衛のハザールさんに合流する。
「ハザールさん!」
「那奈様!大丈夫ですか、もう少し休んでも、」
「少しここで耐えててください!」
「え!?何を、待て!」
説明する間も惜しいので、行動に出る。
この状況、考えてみればおかしい。オーガ=ゴーレムなら再生能力を持っていてもおかしくないけど、ウルフやスネークが持っているなんて。
だからきっと、こうなった原因がいる。
速度を上げて、魔物の群れに突っ込む。私たちみたいに、後衛で魔物たちを強化をしているサポート役の黒幕がいる。そいつを探す!
再生能力持ちの魔物の群れを差し向けられては、速度の速い私がボスを探して倒すしかない。この状況で、撤退ももうできない。
危険だから・・・・・・・・・この戦闘を終わらせないと。
攻撃してくるウルフやスネークを剣で凌いで、奥へ。相手が味方強化のボスなら、いるところは恐らく。
「最奥ッ!」
いた!違う姿の魔物!うさぎのような赤い目の魔物!
「っ!くっ、」
目が合った瞬間、跳躍し長い爪で攻撃してくる。まさか攻撃性能があるなんて。
でも、その程度なら!
「『空地』!」
一度受けて空中に足場を作り、二撃目で魔物を真っ二つに斬りつけた。
魔物を不死身にするうさぎ。そんな超強い能力を持って、攻撃性能や防御性能が高いとは思えないし、ましてや自分が不死身になれるわけがない。
地に倒れたうさぎは、完全に絶命して、魔物は普通の群れに戻った。
今回のボスは普通じゃなかった。死なない群れの奥にボスだなんて、瞬間的に道を切り開けるほどのチートがいないと、後は私みたいな速度を持つ者がいない限りは倒しようがない。
ハザードさんが言った通りだ。ここは、普通じゃない。それを実感した。
ともあれ、今回はどうにかなった。群れは次第に数を減らし、すぐに探索隊と合流、16階層を突破できた。