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邪気眼侍  作者: 橋本洋一


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煮豆燃萁 其ノ壱

「そうですか……師匠に言っていた白衣の僧侶が、旦那の兄上だったとは……」

「我が相棒よ。これで隠し事はなしだ。その上で訊きたいのだ……我に力を貸してくれるか?」


 両親と別れた後、診療所で休んでいる弥助に全てを語った桐野。

 その隣でさくらはハラハラして様子を窺っていた。

 もしかしたら弥助は力を貸してくれないかもしれない。そんな不安が胸を占めていた。


「もちろんでさあ。あっしは旦那を守るって決めているんですから。それに何度も命を救われていますし」


 快諾した弥助は爽やかな表情を浮かべていた。

 安堵したさくらは「ありがとう、弥助!」と明るく礼を言う。


「へへへ。いいってことよ。それで旦那、あっしは何をすればいいんですか?」

「ククク……まずは傷を癒すことだ……医者から聞いたがしばらく休む必要がある」

「そんなことはありやせん。現にこうして――」


 布団から出ようとするのを桐野は「無理をするな」と手を前に出して止めた。

 さくらも「まだ動いちゃだめよ」と心配そうに言う。


「でもよ、件の白衣の僧侶をどうにかするには……」

「貴様の出番は取ってある。安心しろ、必ず永須斎の仇を討たせてやる」

「……本当に旦那だけで大丈夫ですかい?」


 不安げな弥助に「我一人ではない」と桐野は言い切った。


「さくらがいる。無論、貴様が抜けた深淵なる穴は大きいがな」


 その飾らない言葉にさくらは思わず泣きそうになったが、ぐっとこらえて「そうよ! あたしを忘れないでね!」と強がった。

 弥助は苦笑して「悪かったよ」と手を合わせた。


「それじゃ、さくらに任せて休んでおくか。旦那、無理しなさんなよ」

「フハハハ、貴様は傷を癒すことだけ専念しておけ。では吉報を待て」


 桐野とさくらが部屋を出ようとすると「さくら、ちょっと待ってくれ」と弥助が呼び止めた。


「えっ? あたし? いいけど……」

「我は外で待っている」


 珍しく気を利かせた邪気眼侍が出て行くと、弥助はさくらに「旦那のこと頼む」と真剣な顔で言う。


「旦那は無茶をするきらいがある。なるだけ負担を減らしてくれ」

「弥助は本当に桐野のこと大切に思っているのね」

「そうだな。お前だってそうだろう?」

「ふふふ。そうかもね」


 さくらは居ずまいを正して「あたしに任せて」と頷いた。


「弥助に比べたら短い付き合いだけど、桐野の気が張っているのは分かるわ。それくらい白衣の僧侶が危ういんでしょ。だけどあたしは桐野の力になりたいわ」

「ありがとな、さくら。これであっしはゆっくりと休めるぜ」


 その後、少しのやりとりをしてからさくらは診療所を出た。

 すると外の塀に身体を預けていた桐野は「もういいのか?」と訊いてくる。


「ええ。待たせたわね……これからどうする?」

「まずは万屋に戻ろう。父上が何か残しているはずだ」

「残すって……白衣の僧侶の情報?」

「そうだ。奴につながる運命の糸だな」



◆◇◆◇



 はたして万屋に残されていたのは桐野政明の父、政春からの手紙だった。

 そこに書かれた内容は――芝居小屋でとある人物に会え。


「あ。演目は『少納言』ね。あの忠蔵が主役よ」

「ほほう。白い幸福を食べられぬ者か」


 何の因果か分からないが、かつて邪気眼侍が救った役者が演じる芝居小屋で会う。

 奇妙な運命を感じながら桐野とさくらは芝居小屋へと向かった。そして指定された席で人物を待つ。


「――捻じ曲がった性根を直すのは、松の木を正すのと同じである」


 台詞を仰々しく発している忠蔵に観客は気を取られている。

 人物を待っているさくらでさえ、ついつい引き込まれていった。

 最近では名人と謳われている忠蔵の芝居はそれほど魅力的だった。


「――いやあ。凄まじい演技ですね。工夫も光りますが、個性も出てきました」


 ふいに隣の男が桐野に話しかけてきた。

 いつの間に隣にいたのだろうか。もしかしたら最初からいたのかもしれない。

 そんな風に考えながら「ククク……そのとおりだな……」と桐野は肯定した。


「知っていますか? 忠蔵は今や『邪悪流』と言われているようですよ。不気味な拵えが人気を博して流派となっています。うふふふ。これも団五郎の指導のおかげですかね」


 不思議と桐野しか聞こえない声量だった。

 周りの観客が忠蔵の演技に飲まれているのもあるが……


「邪悪か。ま、我にしてみれば不本意ではあるがな」

「おや。どういう意味でしょうか?」

「我は善悪や正邪を超えた存在だからだ」


 そう言いつつ、桐野は男を観察する。

 随分と若く見える。下手をすれば十代かもしれない。

 ぎょろ目で鼻が高く、士分と分かる格好をしている。背丈は普通だが姿勢がいいので大きく見える――


「そんなにじろじろ見ないでくださいよ、桐野政明殿」

「ククク……やはり貴様が白衣の僧侶に苦難を与えられし者か」

「その大仰な言い回し、噂通りの邪気眼侍ですね」


 男はにっこりと微笑みながら「名乗らせてください」と軽く頭を下げる。


「私は側用人の畑山竜二郎といいます」

「ほう。その若さで幕閣に君臨しているのか」

「誤解を招いているので説明します。そこまで大きな権力はないんですよ」


 あくまでも取次役なんですと竜二郎は言う。


「今の将軍様から多大な信頼を得てはいますが、しかしその信頼が仇になるとは思いませんでした」

「率直に訊ねるが……奴からどのような脅しをされている?」

「すみません。言えないんです。少なくともこの場では。それに初対面のあなたを信頼するほど、私は不用心ではないんです」

「……その用心深さがあるのに、どうして弱みを握られた?」


 鋭い指摘に竜二郎は笑顔を消した。

 それから困った顔で「白衣の僧侶が一枚上手だったのです」と肩をすくめた。


「将軍様を第一と考えていましたが、自分の身をおろそかにして、足元をすくわれるとは思いませんでした」

「……まあいい。それで貴様は何を望むのだ? その弱みを消すことか? それとも白衣の僧侶を潰すことか?」

「弱みのことは私がなんとかします。あなたは白衣の僧侶をお願いします」

「そう願いたいが……生憎、白衣の僧侶がどこにいるのか分からん」


 桐野が不気味に微笑むと「白衣の僧侶が企んでいる計画を教えます」と竜二郎は応じた。


「彼は阿芙蓉を日の本中に売り捌く……悪意を持ってね」

「なんだと?」


 阿芙蓉、つまり麻薬を蔓延させることが目的と聞いた桐野は「かの者、とうとう狂気に至ったか」と呟く。


「そんなことをすれば、日の本は停滞するだろう」

「私は滅んでしまうと考えます。白衣の僧侶は安価でばら撒くつもりです。武士どころか百姓でさえ無気力になってしまう」


 竜二郎は「あなたに頼めば解決してくれると政春殿がおっしゃっていました」と言う。


「白衣の僧侶の居場所は私にも分かりません。しかし阿芙蓉の動きを探れば可能性が出てくるでしょう」

「…………」

「それでは、任せましたよ」


 そう言い残して、側用人の畑山竜二郎は去っていった。

 芝居に夢中となっているさくらを見つつ邪気眼侍は珍しくため息をついた――

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