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邪気眼侍  作者: 橋本洋一
25/29

火消しの根性 其ノ陸

 邪気眼侍と悪徳商人が同時に命じたとき――真っ先に動いたのは大城だった。おそらく桐野がこの場における敵の首魁だと判断したのだろう。刀を抜いて一直線に向かい、桐野を袈裟斬りにしようとする。


 しかしそれを防いだのは相棒の弥助だった。彼もまた刀を素早く抜いて――弾くように大城の斬撃を跳ね上げた。大城は鍔迫り合いせずにそのまま大きく後退した。


「……おぬし、以前の覆面の男か」

「なんで分かるんだよ……ま、あんたがそれほどの達人ってわけか」


 弥助は八双の構えを取り、大城は下段に構えた。膠着状態になったのを見て、桐野はおみよと共に喜平治たちの元に下がった。


「クククク……我が相棒よ、万事任せたぞ」

「委細承知……って言いたいんですけどね。あいつ相当やりますよ」

「負けることは許さん。何故なら――我が相棒は最強でなければならぬ」


 何の根拠もない、聞こえによっては子供のわがままのような発言に弥助は「しょうがねえなあ」と苦笑する。


「そんじゃあ、旦那のために勝ちますか」

「……見苦しい主従関係だな」


 大城の全体から多大な殺気が放たれた。

 弥助は刀を握り直した。


「ちゃちな応援で、この俺に勝てるとでも言うのか……?」

「ちゃちな応援じゃねえよ。旦那の応援なんだ。勇気百倍、闘志万倍だ」


 犬歯を剥き出しにして大きな笑みを見せる弥助。

 大城は苛立ちを覚えて――下段に構えたまま、弥助に斬りかかった!


 一般的に言う斬り上げの攻撃だが、基本ゆえに誰でもできる斬撃だが、大城の斬り上げは半端なく速かった――ほとんど防ぐ時間などなかった弥助は「うおおおおお!?」と驚きながらも間合いから逃れ、右腕に軽い怪我で済んだ。


 しかし軽い怪我としても斬られたことには変わりない。腕からの出血は多少ある。一寸近ければ筋を斬られてしまっただろう。


「前より速くなってやがる……」


 誰に言うでもなく、呟く弥助は八双の構えのまま、じりじりと間合いを詰めていく。先ほどの斬り上げを見ても怯まないのは、己の実力に自信があるからだろうか。


「何を見惚れているのです! 大城先生以外はおみよを奪いなさい!」


 二人の達人の鮮やかな動きに圧倒されていた浪人たちは、大黒屋の言葉にハッとして火消したちが固まっているところへ、大声を上げながら一斉に突撃した。


「ふん。貴様らなど……対策済みだ!」


 桐野が素早く手を上げる――事前に打ち合わせたように、火消したちが纏を槍の如く前面に突き出した。


「なんだと!? おい、止まれ――」


 先頭の浪人が悲鳴そのもののように叫ぶが、人は急に止まれない。ましてや手柄を焦っている者共ならば勢いづいている。数人が纏にぶつかり倒れてしまった。


「クククク……これぞ、邪気眼の力だ……!」


 無論、これはそんなんじゃなく、桐野の突拍子もない思いつきなだけである。しかし怪しげな格好をしている桐野の言葉は、今この空間では真実になり得る――


「くそ! そんなもの、斬って――」

「火を浄化せし者共よ! 一斉に叩け!」


 纏を天高く掲げた火消したちがそれを浪人に振り下ろしていく。本来、火事の延焼を防ぐための道具だが、桐野の指示により立派な兵器になっていた。


「痛え! ちくしょう、こんなの割りに合わねえ!」

「逃げるぞおい!」


 戦意を失くした浪人たちは散り散りになって逃げていく。

 今回の勝因は浪人たちが互いに非協力でまとまりのないことだった。あくまでも個人戦を想定していた彼らに対し、桐野は団体戦で挑んだ。土俵の違うやり方を選んだのだ。


「お前たち! 逃げるんじゃありません! せ、先生!」

「……悪いがこちらはこちらで手一杯だ」


 大城はそう言いつつ、弥助との戦いを楽しんでいた。一方の弥助は「はあはあ、なんて野郎だよ……」と焦っていた。

 前日の勝負と異なり、絶対に倒さなければならない。しかし大城は強すぎた。これでは……


「行くぞ……!」


 大城の短い宣言で、かの浪人は大振りの上段斬りを放つ。弥助はなんだこりゃ、避けるのは容易いぜと一瞬油断した。


 そう。一瞬だけ油断してしまったのだ。

 大城の斬撃は弥助の下がった距離まで届いた。およそ弥助の頭蓋を叩き斬れる――間合い。


「ふっざけんな! オラァ!」


 自分が殺されそうになったのを自覚した弥助は恐怖と斬撃を跳ね除けようと――自分の刀で横払いした。それから飛ぶように斜め後ろに躱した。


 確実に斬れたはずの攻撃。

 大城は「やるな」と笑った。

 弥助は「なんだ、あの刀は……」と驚いた。


 大城の剣術は無外流の免許皆伝である弥助をして見たことがない。おそらく刀が伸びるように見えるのは、足運びによるものだと弥助は分かっている。独特の動きはそれに由来するだろう。


 けれども、分かった上で大城の刀は止められない。こうなればこちらも怪我承知でやらねえと――弥助は覚悟を決めた。


「無外流――いや、俺流奥義」


 弥助の闘気が一段と上がった――それに気づかない大城ではない――中段の構えのまま、一足飛びに大城へと近づく!


「う、おおおおお! 舐めるな!」


 大城は何の策もない――彼にはそう思えた――突撃に怒りを覚えて、弥助の攻撃を返してやろうと、敢えて刀を下げた。わざとこの場面で隙を作ることで、返し技を繰り出そうと企んだのだ。


「……あんたがそう来るのは分かっていたよ。こんだけ長く戦ったんだからな」


 弥助の呟きが何故か明瞭に聞こえた――するりと自分の胸元に刀が入ったのを大城は感じた。

 弥助は緩急をつけて大城の攻撃、つまり返し技よりも先に片手で突いた。先の先を制す技、弥助の言うところの俺流奥義『刀鏡』が決まった――


「ぐ、ふ……!」

「あんたは強かったよ。一生忘れねえ」


 弥助はさらに胸を突こうと力を入れた――



◆◇◆◇



「それで、あんたの相棒の怪我は大丈夫なのかい?」

「……良くはないな。医者に縫わせたが、治るまで相当の時間を有すだろう」


 あれから数日が経ち、桐野と喜平治は刑場にいた。柵で囲まれたその中て、役人たちが粛々と準備をしていた。無論、処刑の準備である――


「だけどよ。全ての元凶の大黒屋金兵衛は流罪で済んだのに、あの女は……」

「なんだ。前は火あぶりにしろと息巻いていたではないか」

「数日過ごせば情ぐらい移っちまうよ」


 桐野は「大黒屋が流罪になったのは奴が大金をはたいて逃れたからだ」と明かした。


「世の中金が全てではないが、金で解決できることもある」

「はん。世知辛い世の中だぜ」


 しんみりしてしまった空気を変えようと考えたのか、喜平治は「大城って浪人、どこ行っちまったんだろうな」と言う。


「胸を突かれたのに、よく無事だったよな。どうしてだ?」

「簡単な話だ。我が相棒は片手突きを放った。しかし普段と勝手が違ったのだ」

「勝手が違った? ますます分からねえ。今日のために気合いを入れ直したって――」

「あの大城という浪人と刀を交えたとき、我が相棒は右腕に傷を負った――」


 軽傷だが、片手突きをするのには不十分となる怪我だった。奇しくもその怪我のせいで弥助の奥義は失敗し、大城に逃走の好機を与えてしまった。


「そんで苦し紛れの横薙ぎが、あの弥助さんの腹部を斬って、みんなが驚いている最中に大城は退散した……」

「凄いというより凄まじいというべきだな。生への執着に関しては」


 そこで会話は止まってしまった。

 おみよが現れたからだ。

 白装束を着て、役人に連れられて、それでも覚悟を決めていたから、一切涙を流さずに運命を受け入れていた。


「やるせねえよ。他の悪党共は生きてんのに、あの女だけが――全部被りやがった」


 喜平治の悲しみを桐野はただ黙って聞いていた。いつもの大仰な喋りは鳴りを潜めていた。


 やがておみよは木にくくられ、足元には藁が置かれていく。

 ふとそのとき――おみよは顔を上げた。

 桐野と喜平治、二人と目が合う。

 おみよは――うっすらと笑った。


「……できれば、助けてやりたかった」


 桐野の飾り気のない言葉に、付き合いの短い喜平治でも驚いた。思わず邪気眼侍の顔を見る。

 桐野は本当に、悲しそうな表情を浮かべていた。喜平治は何も言えなくなる――


 やがて火がつけられて、おみよはあの世へ逝った。

 彼女が成仏したのかは分からない。

 しかし、邪気眼侍の関係者だけは冥福を祈っていた。

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[一言] さあ、大黒屋の流刑地に邪眼を放つのだ、邪気眼侍よ!
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