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邪気眼侍  作者: 橋本洋一
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さくらの覚悟 其ノ弐

 桐野と弥助に助言と勇気をもらったさくらは、さっそく件の武家――竹野家へと向かった。どうやら話は道重から通っているらしく、すんなりと家に迎え入れられた。


 とは言うものの、竹野の者は普段とは雰囲気が異なっていた。居間で詳しいことを聞こうとすると、いつもは饒舌な竹野家当主、典安は押し黙ったまま何も話してくれない。その妻の幸江も何から話せばいいのかと言い淀んでいた。


「……君の父や母が祈祷と祝詞を上げても、解決しなかった」


 ようやく話す気になった典安。重苦しい空気をさくらは感じながら「父と母に力がないわけではありません」と一応の否定を見せた。


「ただ相性が悪かったのだと思います」

「そうだといいがな。それでは、案内しよう。ご両親からは詳しいことを聞けていないと思うから、実際に見てもらったほうがいい」


 奇妙な言い回しだとさくらは思ったが、有無を言わせない空気だったので、黙って従った。幸江も同行するらしい。三人は屋敷の奥へ向かう。そして、地下へ通じる階段の前で典安は止まった。


「どうか、驚かないでほしい。一番娘が恐れることだから」

「娘……ええ。母から聞きました。その……」

「娘は呪われている。それも一目見れば分かるはずだ」


 階段を下りるとひんやりとした温度を感じる。冷気、と言えばいいのだろうか。

 日の差さない空間なのだから当然だろう。

 しかしさくらは少しだけ不安な気持ちになってしまった。


 階段はちょうど十五段で終わり、目の前には扉があった。

 それを典安が引く――さくらは息を飲んだ。

 そこには座敷牢があった。つまり誰かを閉じ込めているのだ。


「あ、あの。ここは……」

「幸子。あなたの呪いを解いてくれる人よ」


 さくらの戸惑う声を無視して、幸江が震える声で座敷牢に話しかける。

 すると奥のほうで寝ていたのか、奇麗な着物を着た少女がゆっくりと格子へ近づいた。

 先ほど驚くなと言われたばかりだが、その少女を見てさくらは驚愕した。


「――っ!? その姿!」


 驚くのも無理はない。

 その少女は雪のように白い肌と髪、そして真っ赤に染まった眼を備えていた――尋常ではない異形な姿。


「……あなたも、私を見て、驚くのね」


 人と話していないのか、しゃがれてゆっくりな喋り方。

 さくらは、彼女が人とかけ離れた姿なのに、言葉が喋れることが恐ろしかった。

 何も言えずにいると、幸江が「さ、幸子。この人が祈祷してくれるそうよ」と恐る恐る言う。


「今度は絶対、解決――」

「できるわけ、ないわ……みんな、いんちきだもの」


 小馬鹿にするような笑み。

 それでいて全てを諦めているような笑み。

 まるで冬の空のみたいに乾いた笑みだった。


 さくらは真っ白な少女――幸子に「これから、祈祷を始めるわ」と努めて冷静に言う。

 ちらりと一瞥しただけで幸子は何も言わない。

 どうせ無理だと思っているようだった。


 さくらは神具を用意し、座敷牢越しから祝詞を唱え出した。

 内心は自分にできるのだろうか、と疑っていた。


「祓え給い……清め給え……神かむながら守り給い、幸さきわえ給え――」

「…………」


 幸子の視線が強くなっていく。

 さくらの声に怯えが入り混じっていく――


「……やめて」


 幸子が祝詞の途中で口を挟んできた。

 思わず止めてしまうさくら。


「ど、どうしたの……?」

「そんなもの――何の効果ないわ」


 幸子はさくらを睨みつける。

 まるで詐欺師を糾弾するような眼だった。

 その視線が――さくらを怯ませる。


「私の肌や眼が、そんないんちきで治せるわけないわ」

「そ、そんなこと――」

「――黙れ! 黙れ黙れ、黙れぇ!」


 座敷牢の格子に手をかけながら、唾を飛ばし、食って掛かる幸子。

 異形な姿と相まって――さくらは「ひぃ!?」と後ろに下がってしまう。

 少女が狂気をむき出しにして、暴れる様は空恐ろしいものだった。


「いんちき! もう二度と来るな! 役立たず!」

「さ、幸子! 落ち着いて、落ち着いて!」


 母の幸江が宥めるが一切聞かなかった。

 すっかり怯えてしまったさくらは典安に連れられて――居間に戻った。

 こうしてさくらの初めて一人で行なった祈祷は、失敗に終わってしまったのだった。



◆◇◆◇



「はあ。もうどうしていいのか、分からないわ……」

「そりゃあ大変だったな。ま、茶でも飲めや」


 次の日。

 さくらは万屋に来ていた。

 桐野と弥助に助けを求めに来たのだった。


 しかし生憎、桐野はどこかへ出かけており、留守番をしていた弥助と二人で話していた。

 弥助は従者である。巫女が祝詞を挙げて成功しなかったことに対し、何らかの代替案を出せられない。

 だけど話だけは聞けるので慰めになるような言葉を投げかけていた。


「その白くて眼が真っ赤な女の子、呪われているのか?」

「そんな感じはしなかったわ……もし呪われているのならお父さんやお母さんがなんとかしたから」

「じゃあ呪われていないわけだ」

「単純に考えればそうだけど……」

「あっしは直接見ていないからよく分からねえ。でも呪われてねえのに祈祷とか祝詞をやられたら嫌だろうな。癇癪を起こすのは当たり前だ」


 強面で頬に刀傷のある弥助が、案外まともなことを言うので、さくらは意外と常識人なのねと思ってしまった。

 二人であれこれ話していたとき、万屋の戸が開き、桐野が帰ってきた。

 両手いっぱいに怪しげな品々を抱えている。


「おかえりなさい旦那……ってまた変なの買ってきたんですか?」

「ククク……深淵なる闇より購入してきた……」

「あのじいさんは詐欺師ですよ。旦那は騙されているんです」


 詐欺師という言葉に、さくらは幸子に言われたことを思い出す。

 暗い表情になってしまった彼女に、桐野は「なんだ、居たのか」と声をかけた。


「それで、件の課題は成功したのか?」

「ううん。大失敗しちゃった」

「……話を聞かせろ」


 桐野はいつもの席に着いて、さくらを促した。

 弥助に話したとおりに、さくらは事情を説明した。

 するといつになく真剣な表情になっていく桐野。

 最後まで話したさくらに対し、桐野は言った。


「……貴様は今まで、この万屋で何を見てきた? 何を学んできた?」

「えっ? そ、それは……」

「異形な姿で恐れを抱くのなら、我はどうだ? 恐ろしいと思うのか?」


 全身黒尽くめで眼帯をしている邪気眼侍の桐野。

 そんな彼に今は恐れを抱かない。むしろ普通の恰好をしたら驚くぐらいだ。

 桐野と幸子に違いはないとすれば、どうして――


「どうして、あたしは幸子を怖がったんだろう……」

「そうだ。それこそがその娘の『呪い』の本質だ」


 呪いという言葉を強調した桐野。

 続けて「貴様は幸子という娘を見ていない」とも言う。


「白い肌に真っ赤な眼。確かに異形だ。呪われていると思われても仕方ない。しかし、呪われていないとしたら? それが娘の特性だとしたらどうだ?」

「特性……」

「あるいは個性とも言い換えられるな」


 桐野は「もう一度娘に会え」と厳しい声で言った。


「真の意味で貴様は娘と対話していない。娘が何を望んでいるのか。それを問い質すのだ。さすれば――この事件は解決する」


 さくらは脳天から雷を打たれた気分だった。

 そういえば、自分は幸子と会話していない。

 呪いと決めつけて、祈祷をしただけ、祝詞を唱えただけだ。

 それが何の解決になるんだろう。

 少なくとも、幸子自身は望んでいない――


「ありがとう、桐野」


 さくらはにっこりと笑った。

 それは覚悟を決めた者の笑みだった。


「あたし、幸子と話してみる。一対一で、話してみるよ」


 桐野はしばらくさくらを見つめて、それから怪しげな笑みを見せた。


「ククク……ようやく至れたか……」

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