合同競技会・紺碧の雷人と徒花の欄外編
今回は早かった。とにかく早かった。
めちゃプロット無視でノリで上げた話なので、なんらかの矛盾がありましたら、コソッと教えて上げて下さい。
ちなみに。
シンフォニアもお読み下さっている奇特な方々の為に、本編よりも苦労したパロディをあとがきに載せています。
足掛け3ヶ月ぐらいかけた、会話のみのお話です。
これでギリギリ文字数。
削って削って、考えて考えて。
本編はいいですから、あとがきの感想下さい(汗
「あはは……はぁ、手加減なさすぎだろ、あの二人」
目の前で轟々と荒れ狂う二色の力を見下ろしながら、シャクナゲは大きく嘆息を漏らした。
強襲してきた『二』と『四』の副官をやり過ごした後、二人に首を絞められながらもニコニコしていた自らの副官を眺めやり……試合開始して間もなく、仮説競技場となった広場一帯が『紅』と『蒼』二色の力で、まっさらに平らげられていく様を、少し離れたところにある廃ビルの一室から見やりながら。
歓声がいつの間にか悲鳴に変わり、班長同士の試合に対する興味が恐怖に変わるのを見れば、顔が引きつるぐらいは仕方がないだろう。
観戦していた人々の避難指揮を取る為に、声を枯らして叫ぶ昔馴染みの男を見やりながら、頭を小さく掻きむしる。
「まぁ、二人にはいいストレス発散になっただろうけれどね。代償がちょっとデカ過ぎる感じはするけど」
何やら叫びながら力をぶつけ合っていく二人の少女には、もはや周りの事など一切見えていないのだろう。紅の稲光が空間を熱く染め、蒼の煌めきが周囲を無差別に冷却していく様は、一種の異界のように感じられる。
すでに競技会とは名前ばかりで、全力でのガチンコバトルと化している事は明らかだ。少なくとも現在試合をしている二人には、辺りの様子が見えてはいないだろう。
それを引きつった笑みで見やってから、そろそろとその場から逃げ出そうとして──自分の副官に首根っこを掴まれた副官二人組の少女には苦笑が漏れる。
──あの二人を応援して煽ったりなんかしたら、ああなるぐらいは分かってただろうに。またまだ甘いのかな?
そんな思いを笑いでかみ殺してから、そっと小さく伸びをした。
「さて、話があるなら聞いておこうか?どうせ競技会は中止、再開の予定も第二回の予定もなくなった。
そして今ここには誰もいない。ここなら気楽に話せていいだろ……『碧兵』」
自らの背後に佇み、ジッと見据えてくる緑髪緑眼の男に向かい合いながら。
『碧兵コガネ』。またの名を雷人コガネ。
黒鉄結成以来でも、最強のエレキネシストであり、五班において最大戦力の一翼でもある男。彼は間違いなく黒鉄でも最高位に当たる能力の持ち主であり、現在進行形で迷惑を振りまいている二人の少女よりも強いであろう変種。
主な役職にこそ付いてはいないものの、彼の力を疑う者は誰一人としていない。『幻影のアゲハ』に並ぶ五班の最高戦力として、誰もが認識している古参の黒鉄だ。
今まで主に拠点防衛のみに携わってきたから関わる機会自体なかったが、その力は関西軍の精鋭部隊である『近衛』にも劣らないだろうと言われているほどだ。
もしコガネが前衛部隊所属だったのなら、今は亡き『錬血』に代わる『近衛殺し』の異名をも手にしていただろう……それほどの力を持っているのである。
その性格も、どこか冷静が過ぎる印象がありながらも意外と熱くなりやすいからか、その能力の割には同じ班所属の『幻影』よりも親しみやすく、何度かシャクナゲとも同じ作戦をこなした顔なじみであった。
そのコガネが、戦闘においていつも身に着けている濃緑の外套と、皮を重ねた軽鎧を身につけたまま、全身から緊張感にも似たプレッシャーが放っていた。
「シャクナゲ。競技会において貴方とぶつかる事が決まった際、私は手加減をするべきかとカブトさんに質問した」
「ふぅん?」
その声からも緊張感が感じられ、シャクナゲはさらに漏れ出そうになった溜め息をこらえながら視線で先を促す。
「もちろん『今の貴方』を舐めていたワケではない。侮ってなど断じていない。貴方は間違いなく『黒鉄のシャクナゲ』だ。今のままでもあなたは『黒鉄』の呼び名を冠したほどの人物だ」
「……お題目はいいよ。納得がいかないからこそ、そんな物騒な出で立ちでそこにいるんだろ?」
そんなシャクナゲの言葉に、コガネは思わず息を呑み──小さく頷いてみせる。
「だが、真っ向から向かい合っての戦闘ならば『今の貴方』よりは私の方が強いハズだ。それでも『この街で貴方が負ける事などあってはならない』……そうだろう?」
「そうだね。俺の肩にかかる看板は簡単には下ろせない。下ろしちゃいけないものだ」
誇らしげと言うにはどこか倦怠感が含まれたその言葉に、コガネは小さく眉をひそめるが、それを気にした様子も見せずにシャクナゲは続ける。
「この街で戦うにおいて、俺は不敗でいなくちゃならない。常勝じゃなく不敗。最後の一線を突破されない為の防衛線でなくてはならない。それが『黒鉄のシャクナゲ』に望まれた在り方だからね」
「だったら何故、私は手加減をしろと言われなかったのだろうか?これは勘違いをされたくないのだが、別にそれが嫌だったワケじゃない。この街の為だというのなら衆目の前で無様に負けてもみせよう。しかし、何故『好きにすればいい』などとカブトさんは言われたのだ?」
「侮られているのか、はたまた信頼されての事なのか、それが分からないからここで直接闘り合って確かめてみよう……そういう事かな?」
その言葉にコガネは小さく頷き、軽く手をかざした。
紺碧の雷が走る、碧兵の碧兵たる由縁の力を集めてみせながら。
「私は不器用なんだ。分からないまま放ってはおけないし、今の自分の力を試してみたいとの欲求もある」
「……最初の理由は分かるよ。でも力を試してみたいって考えは危険だよ」
「知っているさ。私ももう新米じゃない。それくらいは十二分に承知しているよ。それでも私にはこうせざるを得ない。私はいざという時に三班を抑える為の力として、三班の剣と楯と呼ばれるあの二人に、いつまでも後塵を期しているワケにもいかないのだっ!」
シャクナゲはその言葉に耐えきれなかった嘆息をついに漏らし、ゆっくりとホルスターから銃を抜く。
自らの銘となった二丁のオートマチック。無限の空圧弾を放つ異物を。
「コガネはカブトと本当に良く似てるよ。不器用過ぎて、たまに周りを顧みなくなるところとかそっくりだ。
──手加減はいらないな?」
そしてその言葉を合図にシャクナゲは駆けた。
真っ直ぐコガネに向かうなどといった真似はしない。脆くなっていた壁を銃でいくつも穿ち、そこを鉄板で補強された頑丈なブーツで蹴破るとそのまま一気に駆け抜ける。
「ちっ……啄木鳥っ!」
そんなシャクナゲを追うかのようにコガネは収縮した雷球を放ち、それが手応えなくコンクリートに霧散された感触に舌を打つ。
すでにシャクナゲの気配は微塵もなく、この廃ビルの影に入り込むかのように消え失せていた。
薄暗い程度の屋内で、その壁を蹴破った際の粉塵と、紺碧の雷が走った一瞬の閃光に、先ほどまではっきりと感じていた気配が溶け込んだかのようにも感じられた。
そこまで状況を把握して、かの『黒鉄』がどういった闘い方を得意としているかをザッと頭の中で模索すると、思わず彼は歯を噛み締める。
黒鉄のシャクナゲは生粋の戦闘能力者だ。その無限の銃弾に限りはなく、射撃能力だけじゃなく身体能力もかなり高い。
しかしコガネは知っている。
いや、昔から廃都で戦ってきた者ならば誰でも知っているだろう。
黒鉄のシャクナゲは戦闘能力に優れただけの戦士などではなく、戦闘技能に優れた技能者なのだという事を。
例えば彼は、何度となく敵指揮官を『暗殺』といった形で討っている。部隊の頭脳だけを狙い、的確にそれを成し遂げている。
しかし、暗殺というモノは力圧しで出来るモノばかりではない。彼が銃を使うからといって、狙撃が簡単なワケでもないのだ。
狙撃には、的確に風を読み、流される弾道を読む能力が必要になる。例えメートル辺りミリ以下のぶれも、距離が伸びればセンチの誤差となるのだ。いかに『シャクナゲ』が通常の弾丸ではなく、圧縮した空気を放つといえども、それは無視出来ない要素となる。
そして風を読む為には地形を知り、風見を立てて風を測り、時間ごとのビル風なども計算する必要がある。
もちろんそれだけではなく、敵指揮官もほとんどが変種なのだから、気を張り詰めている時に狙撃を行っても十中八九が失敗する。
人を外れた感覚と身体能力、あるいは変種固有の能力を持つ相手に、遠距離からの狙撃などは成功率のかなり低い暗殺手段だと言えるだろう。
それでも彼が狙撃を何度か成功させているのは、彼が『圧倒的に敵の隙を突く』事に長けているからだ。
気を抜く時、油断する時を見定める力が高く、また弱味を見せてそれらの状況を作る事に長ける。待つ事を苦痛とせず、確実を期せるだけの精神力がある。
直接的な戦闘でもそうだ。
シャクナゲは決して自ら隙を見せず、隙を狙い続け、相手の隙を作る事に長ける。自らの気配を消し、呼吸すらも絶ったかのような隠行で敵を攪乱し、二手も三手も布石を置いた上で、確信を持ってから仕留めにかかる。
彼が攻めに転じた時には、すでにチェックメイトがかかっている、という事もザラだ。舐めてかかり、自ら罠に飛び込んだ関西軍の部隊を、長らく黒鉄として活動してきたコガネは何度も見た事がある。
──この場所が厄介だったか。
そんな相手をよく知るからこそ、思わずそうコガネは臍を噛むが、すでに状況は手遅れだった。
シャクナゲの気配は、確実に僅かな闇へと紛れてしまっている。
その上、外から流れ込んでくる『紅』と『蒼』の戦意や能力の余波が、コガネの感覚器官を狂わせる。
能力でもって探索の輪を広げようにも、今いる廃ビルの方向へと『避難してきている人々の気配』が邪魔をするのだ。
──なるほど、全てが計算上の事、というワケか。
この場所に避難した事も、そして実際の試合の前にコガネがやってくる可能性も考慮に入れて、絶縁体まみれであるコンクリートのビルへと入ったのだろう。
人がおらず、誰の目にも止まらないここは、秘密裏に事を済ませたいコガネにとって都合のいい場所であった以上に、シャクナゲにとっても理想の戦場だった。
そう、この場所は間違いなくコガネにとってはアウェイであり、シャクナゲのフィールドだ。
──そうでなくては。
それでも怯みそうになる心に薪をくべ、俄然やる気を燃やしながらコガネはゆっくりと精神を集中していく。
音はない。喧騒は聞こえない。外から流れ込んでくる力も、外の二人の能力による高低まちまちな外気も気にならない。
そう心を鎮めて、自らが内に秘める『紺碧の雷』をゆっくりと高ぶらせ、くすぶらせていく。
辺りには気配一つない。
待てども動きは感じられない。
思わず『すでにこの場を離れたか』という考えに傾きそうになる。安易に心を緩めそうになる。
見事すぎる隠行は、コガネを持ってしても恐ろしさを感じるほどだ。
──いくらでも待とう。かの高名な黒鉄を、ここまで不利な状況で相手取れたのだ。下手に勝負を焦る必要もない。組み合わせで本来行うハズだった準々決勝をここで行っているだけだ。
最高のモノにしなくては、五班唯一の本戦出場者の名前が泣こう。
そう心を定めて、誰にも邪魔をさせないと決めて──ゆっくりと自らの内へと力を静めていく。
一気に最高の力を出せるように。
無駄に警戒し過ぎて、能力を損なってしまわないように。
我慢比べだと自らに言い聞かせながら。
そして──しばらく外の喧騒のみが辺りを占めた後、最初に動きを見せたのは姿を消した黒衣の男だった。
最初に軽い発破音のようなモノと同時に、脆くなっていたらしい天井が崩れた。それを避けながらコガネが窓際に寄るのを待っていたかのように、割れたガラスをさらに粉々に砕きながら何者かが飛び込んでくる。
「ちっ──!!」
それに軽く舌を鳴らしてから、雷を向けようとして……その窓を破ってきたモノが、ビニール紐で括られただけのスチール椅子だと理解すると、即座に注意を四方へと飛ばす。
しかしその時には、ぶち抜かれた天井を時間差を持って飛び降りてきた男が、粉塵に身を紛らわせるかのような低い姿勢で、その手に握った黒鉄色の二丁の牙を向けていた。
「帝釈……天輪っ!!」
咄嗟の反射に近い反応で、指先に雷の矢を引き絞り放つ。
肉体を持つ者には、絶大な殺傷能力を持つ紺碧の雷。それを手加減抜きで放ったのだ。
思わずコガネも、力を放った直後に『やり過ぎた』と舌を打つ。
相手は敵対するヴァンプではなく、同士たる青年だ。当然殺してしまうワケにはいかない。瞬時に冷静さを取り戻すも、放った雷は閃光の速さを持って青年に迫り──
その青年は、腰元から金属製のナイフを引き抜いて、顔のすぐ後ろに放り投げると、黒い外套に頭を隠すようにしてそのまま雷のすぐ真横をすり抜ける。
雷は耐熱性に優れ、耐電性にも優れた外套や、電撃を通しにくい人体ではなく、放り投げられた金属製のナイフ──避雷針代わりとしたナイフに真っ直ぐ向かい、その標的に当たった直後に炸裂する。
それを碧の光を背に駆ける男は、第二波を放とうと一度解いた集中を再度高めていくコガネへと一気に距離を詰めていく。
コガネが牽制代わりに雷の壁を張ろうとするも、その距離と男の速さの前ではすでに間に合わない。使わずに溜めておいた力が形となる隙もない。
その碧色の煌めきを逆光にして、ニッと歪められた口元をコガネは見た。
片袖脱ぎで頭まで覆ったその黒い外套の下で、かすかに笑みに歪んだ口元が印象に残った。
幾つかの布石でコガネの集中力を乱しただけで、ロクに策もなく突っ込んでくるなどとはまさか思わなかった。
自らが放った雷を全く恐れた様子もなく、そのすぐ真横をすり抜けるようにして、駆けてくる存在がいるなどとは考えた事もない。
そんな思考にほんの一瞬──刹那にも満たない間、気を取られた瞬間、外套に覆われた肩からの当て身を食らわされ、吹っ飛ばされるとコガネは膝を付く。
その強烈な衝撃を受けても、なんとか倒れ込まない事で意地を見せても、勝負が決した事は自覚していた。
ここまで態勢を崩している自分を、いま相対している男が見過ごすハズもない。
「俺の勝ち、かな?」
脱ぎ捨てた外套が押し当てられ、それ越しに固い何かが額に当てられる。
黒い自動拳銃。
不敗を誇る、最強の黒鉄と同じ銘を持つ、二丁一対の武器の銃口を。
「……あぁ、私の負けのようだ」
「気は済んだかい?」
コガネの言葉を聞き、シャクナゲはその銃口を外すと、エレキネシストであったコガネ相手には大活躍だった外套をぞんざいに肩へとかけ、膝を付いていたコガネにそっと手を差し出した。
「済んだワケがないだろう。こんな無様な結果、カブトさんやアゲハには言えそうにない」
「……そうだな、笑われるだろうな」
憮然として返すコガネに、シャクナゲはククッと漏れ出そうになる小さな笑いを口内でかみ殺した。
恐らくカブトは、自らの友人の勝利を喜びつつも、なんと声をかけていいのか困ったような顔をコガネに向けるだろう。
アゲハはアゲハで、露骨に落胆したような表情を見せながら、コガネにプレッシャーをかけて遊ぶかもしれない。
その二人を相手に、小さくなったコガネが頭を垂れている様を想像して、笑ってしまったのだ。
「クソっ、この三年でかなり強くなったつもりだったのに」
「強かったよ。間違いなくこの場所じゃなく、競技会で戦ってればコガネの勝ちだった」
「俺はここでもあなたに勝てるつもりでいたんだっ!」
ムキになったのか、フンっとばかりに顔を逸らすコガネに、シャクナゲは思わず浮かんだ苦笑だけを返した。
『碧兵コガネ』
黒鉄が誇る、最高のエレクトリッガー。
雷人とまで呼ばれる雷使い。
そんな彼が新人だった頃、当時の新人教育係であり、黒鉄一の鬼教官であった『錬血』に、『訓練しても大した使い手には成長しないだろう』と言われていたなどとは、今の仲間達は思いもしないだろう。
『生き残るすべだけを叩き込んで、死なない方法を教えるぐらいしか出来そうにない』と評価されていたとは、今のコガネを知る者には想像も出来ないハズだ。
あの暴走特急だった猪武者、『紅のカーリアン』ですらも一端の黒鉄に育て上げ、他にも何人ものコードフェンサーを鍛え上げた『錬血のミヤビ』が、唯一その眼鏡を曇らせた男……それが碧兵のコガネだった。
ミヤビの教育係としての優秀さを知る古参の者ほど、今のコガネの成長ぶりには目を見張る。
なにしろ今では、当時からその『錬血』と同格と見なされていた『幻影のアゲハ』と共に、五班の最大戦力とまで言われているのだ。
それは偏にコガネの負けず嫌いと、その性格にとっては最大の美点である、『努力を全く惜しまない』という姿勢から生まれたモノである事を、シャクナゲは知っていた。
錬血とまで呼ばれたミヤビでも、そんなコガネの内面まで計る事は出来なかったのだろう。そのひたすら真っ直ぐに自らを鍛え上げてきた実直さゆえに、カブトからは弟分として非常に可愛がられ、読めない性格をしているアゲハからも、からかいがいと頼りがいのある仲間として認められているのだ。
「次だ。次こそだ。三年……いや、一年以内に、どんな状況であれ、場所がどこであれ、あなたを超えるだけの存在になってみせるっ!」
そう叫ぶように言い捨てると、コガネは背を向けた。それでも最後に軽く黙礼だけを残す辺りが、コガネのコガネらしさだとシャクナゲには思えた。
悔しさに歯を噛み締め、同僚達になんと報告していいものか悩んでいるであろうに、どこでも実直さを捨てられないのだ。
完璧にガラスの欠けたビルからその身を翻した姿にも、敗者としての憂鬱よりも悔しさに向き合う真っ直ぐさが見て取れる。
「ほんとさ、コガネも厄介なヤツだよ」
それを最後まで苦笑で見送りながら、シャクナゲは小さく溜め息を吐く。
「それに次こそはって意気込みは結構だけどさ、次はどうやって……どんな機会に、俺と闘り合うつもりなんだよ」
それなりに離れた場所で吹き荒れる紅と蒼。
それを見やりながら、この後始末は完全に二班副官と四班副官に任せてもいいのだろうか……などと考えながら。
「ねぇ、シャクってさ、結構バカだよね」
「なんだよ、カーリアン。相変わらずいきなりだな」
「だってさ、一人で将軍にケンカ売りに行ったり、賞金首のクセに一人で日本中から仲間集めたりさ、普通やんないでしょ?」
「いや、カーリアン達を廃都に連れてきたのは俺だけど、他にも何人か出てたんだよ。確かにアカツキに振り回されてやらされた感はあったけどさ」
「でもミヤビとかアゲハは出てないんでしょ?なんでシャクだけそんな役割を請け負ったのよ?」
「……他のヤツらは、みんな『廃都から出たら腹が痛くて死んじゃう』とか、『顔に包帯巻いた女に仲間になってと言われても相手はひくだけでしょ』とか言って、嫌がったんだよ」
「その仮病の使い方はミヤビらしいけどさ、アゲハの場合、包帯取ればいいだけなんじゃないの?」
「…………」
「あれ?なんかマズった?アゲハの包帯ネタは地雷だったりした?」
「……あぁ、まぁ、その、なんだ」
「アゲハって口元しか見えないけど、絶対美人なタイプだと思うんだけど」
「その、な。アゲハの顔は……」
「あ、なんか傷があって隠してるとか。詮索しちゃ悪かったかな」
「いや、そうじゃなくてな。
……実は俺も見た事がないんだ」
「はっ?ないの?」
「ない。でも古参黒鉄達の間じゃ詮索しちゃいけないって事になってる」
「なんで?」
「なんでって……ミヤビに教わらなかったのか?スイレンの浴衣へのこだわりと、スズカのニット帽、アゲハの包帯。この三つには触れちゃいけないって」
「あ、スイレンのは聞いた。スズカは前に直接聞いたし」
「……ミヤビの中で、あの件はなかった事になってるのか」
「あの件?」
「──昔、好奇心が強く、我慢の効かない黒鉄がいたんだ」
「ミヤビみたいだね?」
「その黒鉄は、アゲハの素顔に興味を抱いた。普通の黒鉄ならそういった事には触れないんだけど、そいつはおかまいなしヤツでな」
「……ミヤビ?」
「色々画策して見てやろうとしたらしいけど失敗続きで、ついに酒の力に頼る事にして、アルコールを山ほど持って部屋に押しかけたらしい」
「…………」
「次の日、結果が気になった俺は聞いたんだ。そうしたらミヤ──その黒鉄はこう言った」
「……ミヤビでいいじゃん」
「『あたしはなんにも見てない。なんにも知らない』ってな」
「…………」
「それからアゲハの包帯は、手を触れちゃいけない領域になった」
「……賢く生きたいね」
「……そうだな」